88 これは、五百年なんて話じゃない
「
「赤玉を異地に奪われる事になったのは、あいつが赤玉を「
「それは」
悟堂は、やはり視線を向けもせず言葉を紡ぐ。
「
「――ちょっと待て師範」
梶火が
「赤玉が異地で、ええと、白玉の八咫瓊勾玉を受け取っていて、それを食国の母親に渡していて、それが今、この食国の耳についてる奴だっていうなら――赤玉と白玉は、一体いつ出会ってるんだ? 赤白ってのは、異地の帝と如艶に強制的に交換されたもんじゃなかったのか? あいつらは、一体、いつどこで――一体、どの段階で出会ってるんだ? いや待て、そもそも今、赤玉の核を半分に割って異地に残してきたと言わなかったか? 赤玉は核を一体いつどこで割ったんだ?」
梶火の目が目まぐるしく動く。これは、違う。これは自分達が今まで理解し、想定してきた話とはまるで違う。五百年の間続いてきたと信じてきた根幹が――大きく崩れる音が聞こえた。
「いいか梶火。これは、五百年なんて話じゃない。赤玉が異地に繋がれたのは、今から七百五十年も前なんだよ」
悟堂がその言葉を紡ぐが早いか、食国の「
「申し訳ない、
瞬間、梶火の左足首に熱が走った。弾かれたようにそこへ視線を送ると、そこに光が走ったのが見えた。光は高熱を放ち足首の周りを
がちん、と重い音と共に、そこに
「おい‼ 待てお前ら⁉ これ、これまさかっ……!」
次の刹那、全身の力が抜け、がくんと床に身体が落ちた。右腕を背後に捻り上げられる。梶火は、臥雷に抑えられていた。その左足を捕らえていたのは――『環』だ。
「梶紫炎⁉」
叫んだ
梶火に背中を向けたまま、食国は大きく息を吸い、そして吐いた。それからやや間を置いて、横顔だけを梶火に向ける。
「聞かせた以上は返せなくなった。――梶火。意味は分かるよな?」
「おい食国こら!」
「僕は
「――お前、正気か?」
「ああ」
「八咫を見す見す殺していいってのか」
食国の視線が、微かに下がった。
「―――梶火。お前は僕に玉座の器ではないと言ったな。そして僕自身もまた姮娥を治めるに足る資格はないと言った」
ふ、と軽い笑みが漏れる。
「統治はしない。そんなものは人たるお前等がやれ。民草の生きるか死ぬかなど個々人の持って生まれたものによってまちまちだろうが。食わねば死ぬなら食えるようにしろ。病に
食国はゆっくりと立ち上がると、その場に
「僕がするのは君臨だ。お前達は僕の血肉と名を
次の瞬間、食国の姿が
「騎久瑠‼」
騎久瑠の首の後ろで、食国が
「ねぇ、君。
「は、」
騎久瑠は硬直したまま、身動きすらできずにいた。その
「――君、八咫を喰ったの」
「――は、はい」
「そう」
食国の眼が――丸く見開かれる。
「騎久瑠逃げろおおおお‼」
梶火が叫ぶが早いか、騎久瑠と食国の間に紅炎が割り入った。食国が紅炎の首筋に獣の如く喰らい付く。ばりばりばり! と生々しく筋の裂ける音とともに、紅炎の血肉と皮が食い破られた。
血相を変えた騎久瑠が紅炎の名を叫び、その身体を掻き抱きながら首を抑える。だが、どれだけ止血しても血飛沫が止まらない。
「――ほんとだ。こっちからも八咫の味がする」
食国は――全身を返り血で赤に
ただ、その瞳だけが
恐怖、畏怖、絶望、そして憎悪に満ちた目で見上げる騎久瑠を、食国はただ静かな目で見下ろしていた。それがふわりと膝を付く。同じ目線でじっと騎久瑠を見据える。
「おいしかったでしょ、八咫は」
ぼそり、と
「お――食国、お前」
「一体誰の許可を得て人の物に手を着けたの。だめでしょう? あれは頭の先から爪の先、骨の髄まで僕のものだ。僕以外があの血肉を
さらりと赤い衣を鳴らして食国は立ち上がった。臥雷に抑えられた梶火の横を通り過ぎ様に、一瞬だけ立ち止まった。
「ねぇ梶火」
自身の名を呼ぶ食国の横顔が、僅かに俯いていたように梶火には見えた。
「――お前も、完全な『色変わり』だったらよかったな」
食国はそのまま静かに歩を進めた。その後に
重い音を残して閉ざされたそれは、揺らぐ事のない食国の決断を暗示しているように思われた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます