87 八咫瓊勾玉
梶火は……絶句していた。
悟堂の
自分が望んだ事だ。望んで
決して失えない者を失う苦しみ。それが、あの
自分がやった。
梶火は僅かに俯いて拳を強く握った。
と、臥雷がその段になって、
「臨赤殿」
「――……なんだろうか」
「
「否、それはこちらの言うべき事だ。内輪の事で恥を
「――折角助力の申し出と共にここまで運んでいただいたのに、この
「そうしていただけるのならばありがたい。我々としても今後の方針がある。素戔嗚を捕縛する具体的な手はない、黄泉比良坂も開けないでは――助力を維持するにしても、我々優位に話を進める手札があまりになさすぎるのでな……」
「――正式なやり方でなくて良いのならば、
梶火は首肯しつつ視線を臥雷に投げた。
「――それについては多少聞き及んでいる。
臥雷は、ちらと臥龍を見た。臥龍は静かに眼を伏せた。息子に譲る事に決めたらしい。臥雷は小さく吐息を零すと再び真っ直ぐ梶火を見た。
「そうです。だから五邑は死ねる。
重い溜息が我知らず漏れた。もう、父の顔を見る事はできなかった。
「では、その時に異地に降りた者を助けたのは誰なんだ? 瓊高臼から降りたという事は、あの山に侵入したという事だろう? その上、瓊高臼に記録まで残されてるなんて、ちょっと考えられないんだが」
梶火の問いに、臥雷は臥龍へと視線を向けた。
「――それは、俺も聞いておきたいところだ」
臥龍は自身の息子に、次いで食国、それから梶火へと視線を巡らせた。それから
「大師長だ」
「
臥雷の叫びに、臥龍が
「――
「『神域』の者ならば、潰されずに異地に降り立てるという事か?」
「月桃曰く――ですが」
臥雷が頭を振った。
「じゃあ――じゃあ、なんであいつは赤玉を取り返しに行かなかったんだ⁉ なあ親父⁉」
「――それこそ、あれにとってはどうでもいい事だからだ」
さすがの答えに、臥雷も息を呑んだ。
「どうでもいい、だと?」
「そうだ。あれはただ、気が向いたから我々を助けたんだ。その結果、異地に天変地異が起きようがどうでもいいのだ。そして、その結果我々が禁を犯した事を異地側に知られ、囚われたままの赤玉の立場がどう危うくなるか、という事すら、どうでもいいと考えている」
「――あの大師長は、本当にそこまで狂っているっていうのか?」
「だろうな」
ぼそり、悟堂の吐き捨てるような言葉に、全員が目を向けた。悟堂は顔を
「あんたら、月桃の親が誰か知ってるんだろ」
「――
答えたのは食国だった。悟堂は困ったように、へにゃりと笑った。
「公よ、これに関しては、黙っていた事を詫びる」
「――
「ええ。あなたの出生にも関わる事ですのでね」
「話せ。聞いてやる」
悟堂はおかしそうに笑いながら、自身のその口元を
「これは誰も知りはすまいよ。
「割られた⁉」
梶火の叫びの前に、悟堂の冷たい目が、はるか遠い過去を映す。
「これは俺が璞蘭から直接聞いた話だ。――赤玉は
思わぬ言葉に食国はその
「――かあさん、に?」
悟堂の目が、じっと食国に
「あんたと月桃は、赤玉の種なんか継いじゃいない。あんたらはそれぞれ八咫瓊勾玉を継いだんだ。あんたのその左耳にぶら下がっているそれは、異地の帝から赤玉に渡された恋文替わりの
悟堂の指先は食国の
「そして月桃は赤玉の八咫瓊勾玉――つまり赤玉の核の半分を持って生まれてきている。だからあれは真の神であり、あれ自身が真の赤玉の後継なんだよ。――もうずっと、赤玉の核は
「それじゃあ――月桃が不死石を生み出す事は」
「当然可能だ」
「じゃあ――じゃあ何故やらないんだ」
「だから、そこの
悟堂はじっと食国の目を見据えた。
「赤玉の核で不死石を発生させる事ができれば、最悪赤玉本人を取り戻す必要はない。本当は赤玉は、それを見越した上で自身の核を半分残していったんだ。己が二度と帰れなくともいいように、とな」
食国は険しい物を眉間に刻みながら、
「――問題は、それを引き継いだ人間が、不死石を作り民を救う事に対して全く関心も頓着もやる気もなかった、と」
「そういう事だ」
悟堂は首肯した。
「――確かに、『神域』の者であれば異地に入っても
「本当に、破滅と
悟堂は――何故かとてつもなく優しい眼差しで微笑んだ。
「赤玉を取り戻す事に最も執着していたのは、他でもない、
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