86 黄泉比良坂を開くには
「師範、あんた、何笑ってんだ」
悟堂は拳の下で笑いを堪えながら、「なるほどな」と
「つまり、お前の希望を叶えるためには、
それだけの事を一息で言ってのけると、悟堂は、その深く
その目はもう、一切の嗤いを棄てていた。
「――非常に申し訳ないが、お前の言っている黄泉比良坂を開く手立てはもう存在しない」
「存在しないとは、どういう意味だ」
きつい声音で問いながらも、梶火の背筋には薄ら寒い物が伝う。
悟堂は、明らかに様子がおかしかった。見開かれた目が、梶火を見ているようで見ていない。どこか、はるか遠い何かを悟堂の目は映していた。
「
悟堂の瞳に浮かんでいたもの。それは、絶望というよりも寧ろ、
「いいか、
そこには――
「それが盛大な間違いだったんだよ」
笑みが、歪む。堪えるように歪む。その目が赤くなっているのは果たして落涙を堪えているからか、それとも憤怒が噴き出すのを必死で
そしてその唇から、溜息のような嗤いが零れた。その手が悟堂自身の額に導かれる。
「――――師範」
「もういいや……いいよ。教えてやるよ梶火。よく聞いとけ。黄泉比良坂を開くにはな、天照の許可を得た四方津を
悟堂は額に手を当て目を隠したまま、皮肉な嗤いを零し続けた。
「残念だったな。俺は既に『神域』に入っている上に
「悟堂」
ぽつりと静かに食国が名を呼んだ。「悟堂」と再び呼ばわったが、悟堂はもう、食国に視線を向けなかった。
「やっぱり、
「―――……ああ、ねぇ」
悟堂はゆっくりと手をおろすと、皮肉な嗤いを浮かべたまま、漸く食国と目を合わせた。
「そうですねぇ。嘘でしたね、あれ。本当に申し訳ありません、公」
「四方津っ……貴様――‼」
食国の隣で臥雷が腰を落とし抜刀しかけた、怒りのあまり肩が震えている。食国が「よせ!」と止めた。
「しかし公!」
食国は首を横に振る。
「まだだ。最後まで喋らせろ」
皮肉気に片頬を歪めながら悟堂は「お優しい殿下に感謝いたしますよ」と呟いた。
「まあ、ざっと二百年前までだったら本当だったんですけどね。――方丈に残された文献は、ひらがなでも、カタカナでも、白文でも書かれていない。あれは神代文字だ。神の文字だ。だから『神域』に入った者にしか読めない。――あんたら知ってるだろ? そもそも俺が神代文字なんぞを読めるようになった二百年前の経緯をさ」
臥雷が
それに気付いているのかいないのか、悟堂はゆっくりと自身の両掌を見るように掲げた。
「他の四邑に伝わったものは、異地の帝の手の者が用意した文献だが、方丈のものだけは違う。――あれはな、異地の帝とその手の者が
「あちらも丸きり一枚岩じゃねぇ、という事か」
梶火の呟きに、悟堂の顔が――ぎらりと鋭い光を目に浮かべた。
「その通りだ。――なあ、お前、あの時聞いてただろうが。俺はもう、青を側においておければそれでいいんだ。赤玉も白玉も、瓊瓊杵も素戔嗚も知ったこっちゃねぇわ。『神域』に入った者の寿命は五邑のそれからは逸脱する。お前があと五十年だかそこらでくたばった後も、俺と青は死なねぇ。――残念だったな。待つ事にかけちゃ俺は執念深いんだよ。
「四方津悟堂‼」
「臥雷‼」
叫んだ臥雷をまだ食国が止める。流石の臥雷も小刻みに
「公。これ以上は駄目だ。白浪として認められん」
食国は険しい眼差しのまま、無言で臥雷を睨んだ。
「好きにしろ」
言うと、食国は臥雷に背を向けた。
二人のやり取りを目を
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