85 それが鸞成皃の正体だ
その言葉の意味を最初に理解したのは
その唇が――音もなく「まさか」と
今、
臥雷の耳の奥に、あの日の少年の叫びが
――いっ、厭だ! 止めてくれ! 食国と一緒に行くんだって、俺達はっ……
悲痛な顔で、絶望の眼差しで臥雷を、
そのあまりの危うさに震えた。
万一――万一この
一瞬でそこまで考えた臥雷が食国の名を呼ばおうとして視線を向け――そこで止まった。
食国の表情には――一切の色がなかった。
それに気付かずか、
「お前、まさか本当に知らなかったのか?
「――馬鹿な事を言っているのはお前の方だろう、梶火」
ぼそりと、何の感情も含まれない、あまりに冷たく暗い言葉に、臥雷の肝がぞっと冷えた。
「は?」
食国の眼が――更に暗く淀む。
「
「な―――なに?」
食国は、
「確かに、相応に年を取ったんだろうな。多少面立ちは変わっていたよ。でもな、
その、あまりに独特で特徴的な
この食国の報は、自分がこれまで聞き知っていた事とは明らかに食い違っている。しかし「神域眼」の能を疑う事はできない。視認したと言うならば食国は確かにそれを見たのだ。
「――なあ梶火、お前、
「千鶴って、
「
「千尋……って、そいつが何なんだ?」
ぎり、と食国が歯を食いしばる。
「員嶠が崩壊した後、その残党が身を寄せたのはどこだ?」
梶火は瞬きをしてから、すっと息を呑んだ。それはつまり寝棲の辿った道のりだ。即ち。
「――
食国はこくりと首肯してから、酷く冷たい眼差しで
「千尋は、ずっと仙山にいたんだろうよ」
そこで食国は、ふっと
「――少し考えれば、簡単に思いつく事だった。千鶴の夫だったのは
叔父の子ならば、それは従兄弟にあたる。つまり血縁だ。尚の事その存在は軽々しく語られるはずもない。
「それとな梶火。八咫が
「おい、食国それは」
「
「――そうだな」
梶火は歯噛みした。それは確かに
ざわりと悪寒が走った。
今初めて思い至った。
あの時、梶火は確かに八咫の事として隋空と語り合ったが、もし、もしも隋空が語っていた者が自分の描いていた者ではなかったとしたら?
――なかったとしても、筋は通るのだ。
通ってしまうのだ。
「そう――それが
改めて
「あいつは――千尋はな、自分の禁軍の麾下達だって
食国のその内心に去来するものは
梶火の顔が更なる困惑に歪む。万一食国の言っている事の方が事実であったならば、その子供が
その種を
梶火が言葉を失っていると、背後から「公」という声が届いた。臥雷だ。
「――
「事実だ」
再びの食国の断言に、皆が息を呑んだ。
「あれ程までに似た他人がいるというならば親族だろう。確かに八咫と
確かに、その通りだ。梶火が「そうだな」と
「――なあ梶火。つまりお前は、
「……ああ。そのためにも俺は直接この
食国は、酷く難しい顔をして両腕を組んだ。
「――素戔嗚は、神、つまり『神域』の存在だ。だから神の係累でなければ、そもそも視認自体ができない」
「見えない、のか」
「ああ。そして接触もできない。五邑では、五感に関わる事であの存在を捕らえ理解する事は絶対に無理だ。つまりお前達は実体としてあれと併存し得ないんだよ。ただあちらの絶大な力だけがこちらに影響を及ぼす。あの
と、突然、広間の内に、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます