81 離れたら駄目なんだよ。どうしても
「
勢いそのまま大扉の外にまで押し出したというのが瞬時に知れる。廊下に仰向けで倒れ伏した
「――
「
流れるように暴言を
「……息災だったか」
「お陰様で、妊娠出産育児と全部仕上げられるだけの
「
「ええ、何の因果か。―――為すべきは為した。これで心置きなく貴様を
「
声を発したのは梶火ではなく、儀傅だった。
「手を離して下がっていろ胡儀傅。これは忠義の問題だ」
「忠義を語るなら尚更。猊下の顔に泥を塗るような真似はしないで」
自身の
「王翠雨。君の怒りは
翠雨は
「
「親父……」
ふと、臥雷は
そうか、と
胸の奥が、ぎりと引き絞られるように痛んだ。
と、翠雨が溜息を零した。大矛を収め、臥龍に向けて手を差し伸べる。
「――相変わらず、私より弱いんじゃ話にならないよ
「耳が痛いな。とても一時引退した身とは思えんよ」
苦笑すると臥龍は差し伸べられた手を掴んだ。引き上げられ立ち上がる。
「育児ってのはね、気力と体力を削る限界勝負なんだよ。飲まず食わず寝られずだ。戦場の方が交代がある分まだマシな時があるよ。――話を聞く余地がある事は分かった。何故白臣がこんな事になっちまったのか、きっちり説明してもらうからね」
「――話は済んだか」
後方から声を掛けたのは梶火だ。翠雨が振り返り頭を下げる。
「勝手をして申し訳ありませんでした。お叱りと処罰は全てが済んだ後に
「そんなもんはいらねぇから、向けるべき相手にだけ矛を向けるようにしてくれ。頼むぞ王翠雨少将。――あと胡儀傅。よく止めてくれた。腕は傷めていないな?」
言われて、儀傅は苦い顔をしながら翠雨の大矛を掴んだ右掌を開いて見せた。赤く焼け
翠雨は苦い笑みを浮かべると、会釈して大扉を
それまで黙って様子を
「えらく強いのが麾下に付いてるな」
「先の禁軍少将だ。臨赤では俺の次に強い」
「へえ、あれより強いって断言するんだ?」
「強いぞ。――強くならざるを得なかったからな」
その低い声色に、食国は一瞬言葉を
「食国、お前、あんまり縦には伸びてねぇな」
「二次性徴で
梶火が「ぶはっ」と
「確かに、お前の周りもでけぇのばっかみたいだしな。あ、さっきの替え玉は小柄だったか」
「も、って言うって事は、梶火もチビなほうなの?」
「もうちょっと言葉選んでくれよな……これでも気にしてんだから。壁だらけだぜ全く。
「――山じゃないか」
「山だよ、ほんとに」
梶火は苦笑に
ぐ、と強く力が
「――本当に、無事でよかったっ……!」
梶火の言葉と行動に、食国は一瞬目を丸くした。そして我知らず浮かんだ涙を誤魔化すようにぎゅっと
「あの時は本当にありがとう。まあ、ヘマをした結果こんな事になっているが、お陰で生き延びた。梶火も、みんなも、本当に、生きててくれて、よかっ……!」
もう
先般の絶望の涙とはまるで違う、凝り固まった心が氷解してゆくような、そんな涙だった。
あの日、信じて別れて、
生きて繋がった。
これ以上に確かな物などなかった。
ややあって梶火が食国を腕から放した。互いに若干
「食国。単刀直入に聞くぞ。――四方津悟堂は何処にいる」
梶火の低い声の問いかけに、食国が酷く難しい顔をした。一瞬目元を伏せてから顔を上げると、無言のまま玉座へとその視線を向けた。
梶火がその視線を追って目を向けると、玉座を覆う天蓋の片隅から、酷く
そのあまりの変わりように、梶火は己の眼を疑った。
明らかに三貫以上は肉を落としている。邑にいた頃は粗雑に伸ばされていた
ともすれば女としか見えないその華奢な人物は、ゆっくりと腕を組んだ。ふわりと柔らかく
「俺より強くなったって?」
梶火はぎりと
「――ああ。あんたを超える為だけに費やした八年だ。がっかりさせんじゃねぇぞ糞師範」
悟堂は――ふっと笑った。微かに、苦し気に。
「人が寝てる間に――やっぱりお前に持っていかれちまったか」
梶火の視線が一瞬外され、しかしすぐにそれは悟堂の眼を真っすぐに射た。悟堂の眼が、嗅覚が何を見抜いたのか、梶火も理解していた。していて、敢えて言った。
「離れたら駄目なんだよ。どうしても」
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