80 良い訳ないだろうが!
正面には、五段程の段差をつけて上がった
最初から服従の意を示しておいた方が話が早い。
ややあって、玉座の脇にある小扉が開いた。
頭を垂れたまま待っていると、さらりと
ややあって、
「臨赤殿。こちら
梶火はゆっくりと頭を上げて、そこに
「――おい」
静かに響いたのは、思いも寄らぬほどの
「臨赤殿……?」
恐る恐る振り返った
梶火は「はっ」と吐き捨てるような嗤いを
「これが
「梶紫炎、殿?」
「こいつは誰だ?」
ざっと音を立てて、間の両脇に並ぶ兵が一斉に槍を梶火達に向けて構える。騎久瑠達が梶火を背にして一斉に臨戦態勢を取る。
途端、玉座の前から「ああああ!」と
「だから! だから僕厭だって言ったんだよぉ‼」
肩から
「僕みたいな地味な奴に公の影武者なんか
頭を掻き毟りながら叫ぶ男に、「ふぅ」と盛大な溜息が零された。男と共に入室してきた、
「皆、控えなさい」
老爺の言葉に兵が一斉に構えを解く。
「否。大変失礼を致した。――
梶火が答えずにいると、老爺は一つ溜息を吐いて「うむ」と一人首肯した。
「これなるは白公の麾下の一人である
馬燦も続けて叩頭するので、梶火は小さく吐息を漏らした。ゆっくりと立ち上がる。
「顔を上げてくれ。
あまりに直截過ぎる物言いに、一瞬馬燦は面食らったが、その腹に一物も隠さぬ、からりとした口調に、ああ成程と感じた。これはただの武に秀でた支配者ではない。これは人心に添い、人心を掴むに長けた統率者なのだ、と。
刹那、馬燦と
梶火はそこで
「麾下もこれで全員という訳ではないだろう」
「
梶火が言い放つや否や、背後からばんと大きな音がした。振り返れば大扉が開け放たれ、そこから三人の人影が入って来る。
梶火の眉間が険しくなる。
三者は皆
問題は、その中央を歩む人影だった。
結いもせず、背後に流したまま腰に至る長さの白髪。そして青みがかった白眼。壇上に用意された影武者などより余程小柄な体格。鋭い射るような眼差しに、隠す事無く
明らかに肉感的な、想定の埒外の凹凸ある肢体に、梶火は思わずあんぐりと口を開いた。それでも――確かにその面立ちには見覚えがあった。
「おま――嘘だろ……これじゃ貧弱野郎って
次の瞬間、ぴくりと片眉を上げたその人物が――弾かれたように駆け出した。
眼を見張った梶火の眼の前から、白い影がそちらへ向けて凄まじい速度で飛び出した。
場に
ガン! と激しい蹴打音が室内に響く。
それは、振り下ろされた
しかし、その一打以上の物は続かなかった。一触即発の空気が流れたが、両者それ以上
ただ、ぎらぎらと鋭い眼差しで不敵な笑みを浮かべながら互いに睨み合っている。
口火を切ったのは――
「随分と出世したみたいだな、梶火。臨赤の猊下だ? まさかお前がそれだとは想像もしなかったよ」
「そのお言葉、そっくりそのまま返してやるよ殿下様。偉っそうに赤い衣でふんぞり返りやがって。ちっとも似合ってねぇってんだ。つかお前こそ完全に
「元気がありあまってるみたいで結構だ。ぺらぺらと無意味によく回る口だな⁉ なんなら無抵抗で
「そりゃ残念だったな!
ぎりぎりと言葉と顔だけはいがみ合っているが、そこに殺気怒気と言ったものは見当たらない。両者明らかに想定外の再会となった事に戸惑っているのを隠すための舌戦だった。
「――ねえ、あんた達、仲良いの? 悪いの? どっち?」
「「良い訳ないだろうが!」」
声を完璧に
――しかし、実際のところ、状況はそれどころではなかったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます