65 化物
国境に接するとあって、城の守りは
馬から降りると、すぐさま馬番がこれを引き取りに来た。馬の首を叩き労をねぎらっていると、
「遅かったな」
「悪い」
梶火はかすかに口元を笑ませて顔を向けた。
「騎久瑠様。
声を発したのは儀傅。拱手は両者がそろって
「お疲れ様です。
その言葉に、両親は顔を見合わせ安堵の表情を浮かべる。そんな彼等を見て梶火もまた
「そうか。翠雨、良かったな」
「はい」
翠雨が微笑んで
騎久瑠が視線を梶火へ向ける。
「
「ああ――いや、隊の休息の手筈を確認してから」
「それも済ませてある。そういう煩雑な事はこちらに任せろと言ってるだろうが。お前の脳はもっと別の事に注力しろ」
苦い顔をした騎久瑠に、梶火は苦笑しながら再び「悪い」と口にした。未だに騎久瑠とは、役割と立場が逆転する以前の癖が抜けない。
儀傅、翠雨とはそこで別れ、梶火は騎久瑠と共に難海城に入った。ここに来るのは二年ぶりの事になる。歩を進めるにつけ、行き合う兵や城の者が拱手しまたは平伏するのは、何も騎久瑠がいるせいばかりではない。はるか以前から難海において梶火の扱いは
はじめ、謁見の間に通される事を想定していた梶火は、騎久瑠がその
「すまんな。まだ多少取り込んでいるらしい。私室に案内するように言われている」
「いいのか」
「問題ない」
私室は城の最奥にある、いわば州長家族の為の空間である。騎久瑠は口元を歪めるようにして笑った。
「というか、まだ完全には、臨赤に
「成程」
「ああ見えて一応は州を背負っている自覚と自負はあったらしい。非礼を詫びる。ヤツが退路を護る事を許してやって欲しい」
珍しく娘としての立場で物を言う騎久瑠に、梶火は笑いを噛み殺しながら「ああ」とそれを受け入れた。
間もなく二人は
入室すると、
「久方ぶりだね、
梶火は無言で蕭隋空に拱手した。
「無沙汰をした。随分手を貸してもらったようで。感謝する」
隋空は「うん」と頷きながら微笑んではいたが、彼らしくもなく厳しいものをその表情に
そこで、ついと
「阿琴。
隋空の言葉に一瞬騎久瑠は不快に眉根を寄せたが、これはつまり退出を
梶火は進められた椅子に座すと、改めて隋空の顔を見た。
「体調はどうだ」
「どうにもこうにも、ここのところの状況変化もあってね。なかなか一息
苦笑する隋空が数回咳き込んだ。「いや失礼」と口元を覆った
「もう少し持ちこたえてくれ。弟が更に効くものがないか研究と調合を進めているから」
「ありがとうね。でも、大丈夫だよ」
「何言ってんだ。まだまだあんたには長く生きて働いてもらわなきゃならねぇんだよ。
「君は真っ正直でいいな。君が
梶火は苦笑した。
「それ、絶対あいつの前で言うなよ? 今度こそ本当に帰ってこなくなるぞ」
「
梶火は思わず
「あんた、気付いてたんか」
「まあ、それなりに長年親と州長なんてものをやっているからね」
隋空は、手巾をその手に握りしめたままだ。それ程咳き込みが
「辛くなったら言えよ。出立は明日の予定なんだ。多少なら時間の融通も利く」
「ああ――ありがとうね」
手巾を認めた梶火に気付いたらしい。隋空は苦笑しながらそれを懐に納めた。
「馬鹿な配下と娘を祝福するには、まだ時期が悪い。僕が見届けられなければ、君に後を委ねたい」
「それこそ馬鹿言うな、絶対俺の方が先に死ぬぞ。
にやりと笑ってみせた梶火に、隋空も力なくではあったが、楽し気に笑った。
「――さて、ではそろそろ本題にはいろうか。僕に何を聞きたいんだい?
隋空の表情は、気負いはなけれど、じっと梶火の内面を見据えていた。これが騎久瑠の言う、抜け目がない策士というこの男の本質なのだろう。梶火は椅子の上で背を丸めた。膝の上で手を組む。
「あんたは、
隋空はおもしろそうに笑うと、傍らにおいていた杯から水を一口飲んだ。
「
「ああ」
梶火はふっと笑う。
「
隋空の目が薄く細められる。
「ねえ梶紫炎。彼は、本当に白の遺児を玉座に据えられると考えていると思うかい?」
「さあな。それは俺には分からん。実際に大将軍様と対面してお話しした訳じゃねぇからな。――だが、やる気で行動してきたのは間違いないだろうよ」
「ふふ」と隋空は笑った。
「実に君らしい言い回しだね。さて、あの男について僕がどうみるかだが――」
す、と細められた隋空の目は――刃物のように冷えていた。
「――あれは、
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