60 神度剣
中から姿を現したのは刀だった。先の折れた物とは
長鳴の胃の
「長鳴くん。ぼくは「
長鳴の手前で水泥は腰を落とした。
間近に見る抜き身の刀は、背筋が寒くなる程に美しかった。
「今回、道祖神像を三体、
ちらと水泥の視線が差すのは刀掛台だ。そこにはその残りという二振りがあった。
次の瞬間、
「
「見ていてください」
づ、と音がしたような気がした。
長鳴の頬と目に赤い物が飛んだ。思わず飛び
「何と言う事を!」
慌てて
「切れました」
「見ればわかります!」
「つまりこれは――「
「――は、え、なに?」
長鳴は、その時確かに水泥の口の
その目も何時になく輝いている。それは、物を作り出す者の
血飛沫の飛んだのは長鳴だけではない。水泥自身の着物もしとどに赤黒いものに汚れている。しかし、彼は満足そうに笑った。床に落としていた布の上に
「ぼくは、『神域』の者です。生まれついてそうでした。この顔の
「――なにを」
水泥は、今度は傍らに手をやった。彼の手が取り上げたのは短刀だった。
「――これは、
「は?」
水泥はそれでやはり自身の左腕――次は上腕にその刃を引いた。「やめてください!」と思わず長鳴が叫ぶ。
――しかし、今度は何も起こらなかった。
否、違った。斬れはしている。斬れた
水泥は小さく首肯してから、その刃で自身の
「これは――」
「長鳴くんは、「
長鳴はきつく手拭いを締め直してから、つと手を水泥から放して、自身の膝の上に両拳を置いた。
「――ええ。知りません。恥ずかしい事ですが、我々は、
水泥は「いいえ」と微笑んだ。
「無知は恥ずべきに
静かだが、それでいて、今しがた彼自身の肉を割いた刃のように鋭い言葉に、長鳴は小さく息を呑むと「はい」と首肯して見せた。
「長鳴くん。
「――寶刀は、純潔でなければ切れない」
水泥は首肯した。
「「
長鳴は頷いて見せた。
「対して、「
水泥は、自らの傷口に巻かれた手拭いに手を添えた。
「「真」と「擬」の違いは、神の切断の可不可。この一点にかかります。
水泥は、「真」の短刀を脇に置くと、再び大太刀の方を取り上げた。それを長鳴に手渡す。長鳴は、両掌で刀を受け取った。掌の上でひやりとした刀身が、水泥の血を纏ったまま、またぎらりと輝いた。
「
ぽたり、と、止血したはずの手拭いから一滴の血液が滴り落ちた。刀の上に落ちたそれが、他の血と交じり合う。
「つまり、
長鳴の喉がこくりと音を鳴らす。
「それは、つまり、どちらも殺傷具としては不完全だと」
「そういうことになります」
と、次の瞬間。長鳴の手の中で、寶刀の表面の血がすっと消えた。まるで刀身に血液が吸い込まれたかのようで、長鳴は息を呑んだ。
「これは――」
「この不完全を撤回し、全てを斬断し得るには、純度の高い
水泥は困ったように笑った。
「そして、この刀で本当にそれが可能かどうか確かめるためには、先に上げた条件に該当する者を試しに斬るしかない」
長鳴は、こくりと嚥下した。
「――それは、つまり」
「今のぼくを殺せる刀は誰でも殺せるという事です」
水泥は、ふふふと声に出して笑った。
本当に、心の底から喜んでいる事が分かる笑い声だった。自身の鮮血で染まった手拭いを、心から嬉しそうに見つめながら。
「すごいな。本当に出来てしまった。長いこと色んなものを作ってきましたが、これ程の達成感を得られたのははじめてだ」
言いながら、水泥はふいと視線を長鳴に向けた。長鳴の表情は、酷く苦し気だった。
「どうしました? 長鳴くん」
「つまり、あなたは」
長鳴の言葉に、水泥はただ笑って首を横に振った。
「これ以上は、どうか。――知っても知らなくとも、結果は変わりませんから」
その一言で、長鳴はそれ以上の問いを封じられてしまった。
長鳴は、ただ黙って俯いた。
葛藤があった事は間違いないだろう。しかし、彼はそれを自身の中に封じてそのまま逝く事を決めている。そう、目が語っていた。
「ああそうだ、長鳴くん、ここを見てください」
指で示された
「これは――
「そうです」
水泥の指先が刀身をなぞる。ゆっくりと、その感触を確かめるように
「「真」の寶刀は、自らその刀身に名を現すそうです。「
「ぼくに与えられたこの人生は、幸福です」
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