58 詳しくお聞かせくださいますよね
*
「――はじめてのお参りが済んだ後、母はこっそりわたしの結果を保管小屋まで確認しに来ました」
そう、きよ香はぽつりと
「事の発端は、
「――……そう、だったか」
「幼い頃はお参りに行かせたフリで。長じてからは酒癖と本人の気質のせいにして。使わせた布は燃やして捨てたそうです。父親にあたる大叔父は規則を曲げるのを嫌う人だったらしいですが、従兄弟叔父のお参りが成ったのは八歳を超えてからで、その時にはもう鬼籍に入っていたから、うまく……誤魔化せたのだと」
ない話ではない。突然変異的に、邑長の家系外にそういう者が出る事はある。
家系に前例があったならば、尚更だ。
きよ香は膝の上で
「従兄弟叔父本人は、結局最後までその事を知らずに
水泥は目を伏せて溜息を
その大叔母自身にも
また、これも知らぬ事であったろうが、例え男だろうと『色変わり』がなければその血統には注視が向くことになる。本人ではなく、その孫子に発現するかを見られるのだ。
もう
水泥の目は、きよ香の白い右肩に吸い寄せられた。肩と、それから二の腕までもがむき出しになっている。止血のため
きよ香の口元が、引き
「わたしの布を見た時の母の胸中を思うと――いたたまれません。だって
険しい顔で、「はぁ」ときよ香は溜息を吐いた。
「人と違うというのは、それだけ危険なの。だから、」
きよ香の手が自らの
「――命がけで、母も隠してくれました」
きよ香の手に握りしめられていたのは、色変わりしていない白と黒の布だった。
「
「――では、どうしてまだこの布を持っているのですか? 従兄弟叔父という人と同じく燃やしてしまえばもう誰にも気づかれなかったでしょうに……こんなもの、見つかれば命取りとなり兼ねない」
「母が!」
きよ香の顔に悲愴と怒りと切実が浮かぶ。きっと水泥を
「母が縫ってくれたものです! 他のものは全部焼けました! わたしにはもうこれしか残ってないの‼」
ぼろりと、その茶緑の眼から涙が
「母もそう、大叔母もそう! 母親だからわかるのよ! こんな狭い邑では些細な異端ですら命取りになり兼ねないの! 我が子が異質と知られたら、周りがどう扱いどう見なしてくるかなんて厭になるくらいわかるの。女は――そういうことを見逃しにしておけるほど鈍感にはできていないし、そうして生きてはいけないの! そんな
きよ香がぎゅっと握りしめた参拝布を自らの胸に押し付けようとした――のを、水泥はぎょっとして止めた。再び強い力で手首を握られたきよ香は、今度は胡乱な目を向ける。
「な――なんですか?」
「だったら尚更だ」
「え?」
水泥は真剣だった。
「そんな大切な品なんでしょう。気を付けて扱わなくては」
「だから、なに」
「自分の今の姿を見て」
水泥の視線がきよ香の胸に向かう。
「君の
ぱぁん、と、鮮やかな音が響いた。
水泥の視界の端で、ひらり、
それに視線を向けた。白と黒の布が、じわりと赤に
それから、ゆっくりときよ香に目を向けた。
きよ香は、その目に涙を
「馬鹿な事言わないで! あなたの血が穢れている? 人間の血はただの血よ! 赤くて生臭くて生きてる証拠! ただそれだけのものじゃない‼」
ああ。
水泥は、
その胸の内に隠し持っていた言葉が、
「ぼくは――
きよ香の目が、
「ど、ういう……ことですか」
水泥は目を開く事が出来ない。そのまま
「今更――人ではなかった事を悔やみはしませんが、この血に関してだけは呪っている。ぼくは君ほど強くはあれません。……生まれた事を呪う程には
水泥の両手が、そっときよ香の両頬を包む。
苦しい眼差しが乙女の両瞳に注がれる。ぽたぽたと、切り口からまだ鮮血は
「父は――ぼくの父親は、本当にどうしようもない
きよ香の手が、そっと水泥の両手をその上から包む。
「それでもあれを止めないと君を護れない……ぼくはもうそのほうが厭だ……!」
それはもはや、悲鳴に等しい
血の満ちた盥を間に挟み、二人真っ直ぐに見つめ合う。きよ香の視線がその時、
「そこまでおっしゃるならば、きっと何か意味があるんでしょう?
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