56 いい加減懲りろ
男女取り交ぜた四人は、
「
そう吐き捨てるように
浜上がりなのか、男共はいずれも尻っぱしょりだ。女だけが
次いで、
「傷モンの
「よせよ」と、その後ろから静かな声を発したのは、冷たく美麗な顔をした
「
静かな口調ながら、その優男の眼に宿る憎悪の火が一番ぎらりと重々しい。
きよ香は、静かに凍り付いた顔のまま、何も言い返そうとはしない。視線はいつかの
きよ香の、着物を、
「っ‼」
そう認識した瞬間に、水泥の頭にざっと血が
「あんな
その言葉が自身を指していると水泥が理解するのが早いか。もしくは男が言い終わるのが早いか。またはきよ香の右手から藤籠が落ちるが先か。――その
次の瞬間、「ごっ」という凄まじい音が響く。
きよ香が優男の喉を掴み、自らに引き寄せ額に頭突きをしていたのだ。
「あ」と、思わず水泥は喉を鳴らした。無意識だった。
唖然として二の足を踏んでいると、低い声音できよ香が言い放った。
「あの方は
「くっそ、このでぶがっ……」
再び、「ご」と凄まじい音が鳴り響く。
「
「こっ、この死にぞこないの
「ごっ」
「いっ、いたっ、きよっ、お前やめっ」
「松八」
「ごんっ」「ごんっ」
松八、と呼ばれた優男は、
「やめて……っ」
「まつや」
優男は半泣きできよ香を見上げ、他の連中は
凍り付いたきよ香の
「
「ひっ」と息を呑んだのは、その場にいたきよ香以外の全員だった。
無論、水泥も含む。
*
「見てた」
「――はい」
「……聞いてた?」
「――はい」
きよ香は「ふぅ」と溜息を零し笑った。
「いやなところ見られちゃったなぁ」
ならば――まあいいか、と思った。
二人、
「いい加減懲りろ」という言葉の後、その場を震わせたのは
否、それは水泥も同じだったか。
水泥が呆然と立ち尽くしたままでいると、すっくと立ちあがったきよ香は、近くに落としていた藤籠を取り上げた。不自由な脚で歩き出すと、するり、若草色の前垂れが解けて落ちた。赤茶けた髪の男の手に、その紐の端が掴まれたままだったのである。
きよ香の身に巻き付いていた不自由が、しがらみが、するり解き放たれたような、そんな風景にも思えた。
ゆるい坂道を
瞬間、きよ香はぎくりと震えたが、水泥がゆっくりと笑って手を差し伸べると、彼女もようやく全身の力を抜き、いつもの笑顔を浮かべて、そっと藤籠を差し伸べた。
中身の
「ふぅ」、ときよ香が溜息を
「ごめんなさい、本当にへんなところを見せてしまって」
小さな声での謝罪に、水泥は頭を横に振る。
「どこからどう見ても、君が一方的にやられていた。寧ろ、すぐに助けに入らなくて、ごめんなさい」
「わたしの……」
言いながら、きよ香の手が、額の傷を拭う水泥の手にかかり、そっと下に下ろす。
「わたしの
「え」
「
「そう、でしたか」
それが、八年前に
「ふふ」、と、どこか投げやりな笑いがきよ香の唇から零れ落ちる。
「――それで、色んなものが燃えました。それから、そのせいで
ぱしゃり、思わず
目を向けると、きよ香はうっすらと微笑んで、部屋の片隅を見つめていた。
「松八は、みつと、大きくなったら所帯持とうって約束してたそうです。でもあの火事で死んだ。――
「それは、君のせいじゃ」
「ええ。わたしのせいじゃない。でもわたしが
――ぴちょん、と、水泥の指先から落ちた
「
「――は」
「それまで二人で話した事なんて一度もなかったのに。大事な話があるというので何かと思ったら漁師小屋に連れ込まれて。そういう口実で、報復の為に
何を、と言うのは、さっき聞いた通りなのだろう。
「
なんの両方を、とは聞き返せなかった。
「
何を、とは言わなかったので、確認する事は
「しぃの爺ちゃんには、いっぱい
ぎゅ、ときよ香の眉間が寄せられた。
「――ぬか喜びさせて、がっかりさせてしまった。心配してくれていた奥様方に、一番申し訳が立たない」
「はぁ」と
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