52 出生
*
「――いややもう、ほんまにあった……」
「あったね……」
「
「あんな棚の裏側なんか見ないよ
地に膝と手をついたまま顔を上げられない八重の隣に長鳴も屈みこむ。
この夫婦は人一倍体格差が大きい。そんな彼等が共に並び地べた近くで
ここにどんなものをどれだけ納めておいたのか、八咫は詳細に水泥へ語って聞かせていた。道祖神は思っていたより小ぶりだったので、正直なところ三体あったのはありがたかった。
「しかしあれだね、これだけ丁寧に調合をやって保管まで完璧にやっていたのなら、お義父さんにも言えばよかったのにね、八咫は」
帰路の最中、籠の中身に視線を向けながら言う長鳴に、八重は間髪入れず「むりむりむり」と手を横に振った。
「めっちゃくちゃ相性悪かったもん、おとんと兄々」
「そうだっけ?」
「おとん性格めちゃくちゃ細かいから、間違いとかずれとかすっごい厭がるんな。ほんで、誰も気にせんような細かい所まで決め込んで兄々に全部叩き込もうとしとったんよ。調合の一欠けらでも過不足があったら怒鳴っとったもん。ほんで、兄々もそういうん嫌がるん。で、逃げて遊びに行ってしもて夕飯の時間まで帰ってけぇへんの」
「ああ……それは厭かもなぁ」
「うちがおかんと
ふっと長鳴が笑う。
「そう言えばそうだ。そんな感じだったね、八咫って」
と、二人の後から続く水泥が無言であるのに気付き振り返った。水泥は自身の
「どうしました?
「あ、いや――それだけ聞くと、ぼくが知る八咫は多分お父さん似だったんじゃないかな、と思って」
「ほんまですかー?」
けらけらと笑い飛ばす八重は、しかしそれ以上深く聞いてこようとはしなかった。恐らく心当たりがあるのだろう。
水泥は髪を掻き揚げながら、自身の
根拠あってのものではないが、あまりに気質の似過ぎた二人がいた時、両者は彼我を分けるべく、
より度合いが強い方がその特徴を伸ばし、弱い方は特徴を裏に引いて見せなくなる。近くにいればいるほど、離れられないほどに、そうなってゆく気がするのだ。
薬師として生計を立てていた父親の
そしてそれは正に、自分と
彼とはそれ程年が離れていた訳ではないが、兄のように
八重は、八咫が方丈の贄となるという話を聞いて、すぐは言葉を喪っていたが、やがて常の様子へと自らを立て直した。これも恐らくは深く考えないようにしているのだろう。考えても何かを変えられるようなものではない。
諦める事を知っている女性なのだ。
それは恐らく自身の立場を理解した上で生きてきた、その成育歴に基づく。
そして一見そうとは悟らせないのは、彼女なりの周囲に対する気使いであり、そうと知った上で敢えて口を挟まず彼女を見守るに徹している長鳴もまた、人の心に添う大切さを理解している人物なのだ。
彼等は、相互によい配偶者を得たのだろう。そう思った。
自由に使ってよいと用意された鍛冶場は、「西の端」のすぐ
結果として、制作の為に完全にその鍛冶場に籠り切りとなった。
水泥は本来、人と関わる事があまり得手ではない。だから、物を作る事を好きになった。人目を気にせずに没頭できる事があるのは、彼の心を安らがせた。
生来のものだが、顔面に負ったその赤黒い腫れに人の視線が集まるのは、やはり気持ちのいいものではない。年を経るにつれてそう言う事は減ったが、幼い頃は矢張り厭だった。
遠慮なく
そもそも、水泥の出生自体が特殊なものだった。
水泥に父はない。母が一人で産んだ。故に母方の物である
状況が変わったのは、やはり五歳の時の事だった。
一人取り残され、物置の片隅で一人過ごす事が増えた水泥の下へ、突然浩宇がやってきてこういった。
「これから、この赤子の子守りをしてやってほしい」と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます