47 生命線
「
「あの、どういう――
水泥は微かに目を伏せた。
「彼が――
その言葉に、長鳴は眉間を
「それに関しては……本当に、不徳の致す限りです」
八重がちらと視線を送り「それはもううちが制裁したんやから終わりにしとき」と
そんな二人の様子に、水泥は笑む。
「『梶火と長鳴がいてくれたから、
はた、と夫婦そろって視線を水泥へと向ける。
「八咫は、ずっと八重さんのことを気がかりにしていましたから」
「うちのことをですか?」
「別れ際が――辛い物になってしまった事を悔いていました。置いて行ってしまったと」
言葉の意を汲み、八重は頭を振る。
「あれは――仕方のないことです。兄々のせいやない」
「はい。ですが彼は見たものを丸ごと忘れられない人だから――最後に見た八重さんの目を忘れられなかったそうです」
わずかに唇を開いた後、八重は下唇を噛んだ。
「――それは、おかんも言うてます。あの二人は、おんなし目ぇを持っとるから。おかんも忘れられんと……父の最期の姿を」
「……ええ。それも八咫から聞きました。お母さまもずいぶん苦しまれているのではないかと案じていましたよ」
三者の間に沈黙が落ちる。
この場にいない、稀有な目を持つ二人の負った、想像も付かない苦しみを思った。
ややあって、水泥はゆっくりと唇を開いた。
「本当に重い
「それで――今
唖然とした長鳴の言葉に、こくりと
「八咫以上に正確に現状を把握し、本懐達成のために計画を立て実行に移せる者はいません。ですから仙山は彼の計画に乗ったのです。単刀直入に申し上げます。ぼくは瀛洲の
長鳴がぐっと緊張で姿勢を正したのが伝わる。
「それは、
「はい。最終的には、ぼくがその任に当たる事になっております」
迷いのない水泥の答えに、長鳴の顔からざっと血の気が引く。
水泥が、す、と隣に置いていた布の包みを取り上げ紐解く。
「その為に持参した刀がありましたが、この通りの有様です」
中には、刀身の折れた刀が一振りあった。八重の顔がああ、と引き
「完全に折れてしもてますね」
「はい。ですので、一から刀を打たねばなりません。ですので、鍛冶場をお借りしたいのです」
「――成程。そういうことでしたか。理解しました」
溜息交じりに長鳴が微笑んだ。
「
「はい。そういう計画です」
水泥はゆっくりと首肯しながら、『環』と贄の仕組みについて説いた。
ううむ、と長鳴は青い顔を引き攣らせる。
「……それは、つまり、あなたの頭蓋骨と脊椎を、あなたの身体から引き抜くための儀式を僕が行う、という意味ですよね?」
その問いに、水泥は満面の笑みを浮かべた。
「その通りです」
八重がひっと悲鳴を上げる。
「いやや! あんたなんでそんな話笑ってできんの⁉」
「ああ、すいません。性分でして――よく身内の者にも気味悪がられました」
「あたりまえやわほんまに! さぶいぼ立ったわ‼」
八重が騒いでくれたのは、却ってよかった。長鳴は今にも嘔吐しそうな様子である。やはり微笑みどころは考えなくてはならないらしい。
――うまいつもりだったんだけどなぁ、笑うの。
自覚と他者評価は得てして合致しないものらしい。そう学んだ水泥は、ぽりぽりと後頭部を掻いた。
「本当にすみません、気味の悪い思いをさせてしまって。でも別に素手で骨を引き抜くとか、そういった事をお願いするわけではありませんから」
「そう、でしたか」
眉尻を下げた長鳴が「ほぅ」と溜息を吐く。
「ある儀式を執り行えば自ずと骨は肉体から抜けます。この儀式に使われるのが
「あなたが打たれたものだったのですか」
「はい。敢えて粗悪品に仕上げてありますが」
「ん?」と長鳴の片眉が浮いた。
「敢えて――と
「はい」
水泥ははっきりと答えた。
「「
「月桃?」
「はい。黄師の大師長です。
あの、
「あの
しん。と室内に長い沈黙が落ちた。
八重も長鳴も、水泥が口にした言葉の意味を理解できなかった。否、したくなかった。しかし一度耳にしたものをなかった事にはできない。長鳴が眼を閉じて天井に顔を向けた。
「あの、聞き違いだったらお
「文字通りの意味です。月桃は、この広大な国土を文字通りに
八重がこめかみに手を当てつつ、もう一方の手を水泥に向けてかざした。
「まって、ちょっと待って。その人、確か
「そうです」
「なんでそんな人が国が亡ぶのを望むんや。――民はどないする気なんや」
「月桃は、民を含め全てが滅びる事を望んでいるのです」
「待って⁉ 意味がわからん‼」
悲鳴に近い絶叫を上げて八重は頭を抱えた。
水泥は厳しい表情を八重と長鳴に向けた。
「それは我々にも知れません。しかし、結果的にこの月桃の望みと、素戔嗚の望みが引き起こす事態は合致するのです」
「――は?」
もう吐息に近しい音が八重の喉をかすれさせる。
「
水泥は、自身の手の中の折れた刀剣をゆっくりと撫でてから、再び布で包みなおし、隣に置いた。
そう。水泥は破砕牙と寶刀の関係を知っていた。
知った上で、梶火が破砕牙について言及した時には答えなかった。
これが――全ての生命線であったからだ。
「……破砕牙と寶刀の関係については、
「蓬莱に」
水泥がこくりと頷く。
「
そこで長鳴が片手を挙げる。
「あの、先程も
「ひとことでいえば、「
膝の上においていた諸手を持ち上げ、水泥は両拳を握る。
「「
「死んでも、ですか」
「はい。死んでもです。絶対厭です。今現在、仙山の大本営は
水泥は次いで、自身の両拳を開き、上に掲げるようにして見せた。
「
「断言できる理由を
長鳴の問いに、水泥は折れた刀の包みにそっと手を触れさせた。
「――
「交換条件……ですか」
水泥の目が、
「月桃は、顕現の肉体と、素戔嗚自身を『環』で縛る事を必ず要求します」
「な、なんて?」
「すさ、え、神を縛ると……?」
水泥の眼光が、そのまま二人に向けられる。
「あれは
長鳴の背に
「それ、は……まさか、半分以上、『色変わり』がない男を……新しく寶刀で切り、『環』にする、ということです、か?」
「現時点で帝壼宮は大将軍の掌握下にある上、月桃は
ぐ、と包みを握りつつ、水泥は大きく息を吸い込んだ。その目の奥に、鋭い光が
月桃の手元に残されていた『環』はあと一つきりだった。それは
絶対に、あれの望むようにはさせぬ。
決めた。必ず全てを
「
水泥がわずかに
長鳴は、こくりと生唾を
水泥は、月桃の手元には、と言ったが、実のところ、現時点でもうこの国には『環』に使える骨がないのだ。
それは、熊掌がやったことだ。
熊掌が、方丈にあった『環』足り得る骨を全て破壊した。
そして、そうするよう求めたのは――他でもない長鳴自身だった。
では、新たに『
他でもない、自身と――
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