44 代わりに託す
その言葉で、
「
「はい。
その言葉が意味する事を、長鳴は瞬時に理解し、伏せた
「そう、ですか」
八重は、険しい表情のまま李毛を見た。
「
李毛は、鋭い眼差しのままこくりと首肯して見せた。
「如艶もまた落ちました。現在は
長鳴の喉が「ひゅっ」と音を立てる。
「なん、ですと」
「
「――ん?」
八重が眉間に皺を寄せた。
「待って、返還って何? その大将軍さんは、自分が玉座に着くんとちゃうの?」
「仮預かりのおつもりですね」
「え? え? では、誰を玉座にお着けになるのですか?」
「それは無論、先の白皇の遺児に」
がたん! と椅子を引っ繰り返して八重が立ち上がった。
「うっっそやん⁉」
「八重」
さすがの動揺に落ち着くよう
「そんな――そんな都合よく動く? それ、
「そうですね。現在帝壼宮には白浪より使者が
流石に言葉を失い、八重は呆然と立ち尽くす。気持ちは長鳴も同じ――否、それ以上だったかも知れぬ。
熊掌が八重の代わりとなった時には、もうこれで誰の命の保証もできないと、長鳴自身も死を覚悟した程だった。しかしこれは想定外が過ぎる。
「――ほんまに、なんなん、その大将軍さんは」
「ああ、そうでした。閣下から口頭で伝言を預かっております」
李毛が晴れやかに笑って長鳴に視線を向けた。
「
「――……と言われてもなぁ」
「西の端」の浜を行く
わからない。
しかし、大将軍が
長鳴の背筋は寒くなる。
出来過ぎているのだ、あまりにも全てが。
ここまで
己が
しかし、これまで自分達が
溜息が出た。
「西の端」の断崖沿いに海岸へ向かうと、やがて長鳴は見慣れたあの
穿ち孔はかなり以前に
穴を
その中には幾つもの壺が並べられている。そして表には汚い字でその中に何が入っているのかが書き付けられていた。
それが
邑長邸で八俣が仕事をする時、長鳴は決まってその様子を物陰から盗み見ていた。八俣はいつもそんな長鳴に気付き、ふっと笑って自分の
調合の細かな妙を手解きしながら、八俣はあれこれと長鳴に語った。
「人にでけて自分にでけへんものがある事を恥じたらあかんで。自分にでける事を一生懸命にやったらええんや」
こくりと小さく頷いた自分の頭をなでながら、「ええ子や」と八俣は笑った。頭に乗せられた手が大きくて暖かくて、長鳴はなぜか泣きたくなった。八重の中には、時折彼の面影が見え隠れする事がある。
八咫が八俣から、こういったように事細かな指導を受けていたとは考え難い。つまり彼は父の仕事を盗み見て関心があるものだけを拾い上げて勝手にモノにしていったのだろう。実に彼らしいと長鳴は笑った。
籠に幾つかの壺をつめると、大き過ぎる上背を持て余しながら、なんとか長鳴は物置小屋から這い出した。そして顔を上げて――一気に血の気が引いた。
そこに、一人の男が立っていた。
男は、かつてここで出会った男と同じぐらいの
長鳴に引けを取らぬ上背に、右頭部から頬にかけて赤黒い
男は、ふうわりと微笑むと、微かに小首を傾げて見せた。
「――あれ、それ、もう知られていたんだね」
男は笑いながら、その場ですっと片膝を突いた。威圧感や敵意がない事を示したのだろう。
「こんにちは」
ゆったりとした微笑みと声に、長鳴の警戒と毒気が消えてゆくのがわかる。
「貴方は、どなたですか? 見たところ、
「――僕は、瀛洲邑長代理の
ぱっと、男の目が明るく輝いた気がした。
「ああ、じゃあ君が長鳴くんだね。熊掌と梶火の弟さん。お話は色々うかがっています」
兄二人の名がするっと男の口から
「ああ、大丈夫かい?」
長鳴は後頭部を抑えながら、涙目になりつつ
「はい――お見苦しい真似を。あの、あなたは?」
「はじめまして。僕は
長鳴の胸が、どくりと大きな音を立てた。
――蓬莱が来たら、熊掌の代わりに託す。
これがそうか。自分はこの男の
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