40 換骨奪胎
別れ
希希たち親子の別れを見守って後、百人隊は半数ずつに分かれた。一隊は希希を
馬上で振り返る
一隊は、水泥が滑り落ちた崖の上へ戻るのではなく、森を迂回する道を行った。これが
森を抜けた先に広がるのは湿地だ。海の水が
水泥の疑問を表情から読み取った梶火が、にやりと笑った。
「
水泥が「あ」と口を開ける。
「まさか。あの死屍散華を解毒するという薬の出所は」
「お、知っているか」
「ぼくも買い求めましたので」
「おいおい。金はなるべく取るなと言ってあるのに」
「裏から無理を言って求めましたから」
「まあ、役に立てたようなら良かったがな」
湿地の中を歩兵と騎兵がゆく。この辺りはまだ
人もまた、合間に
馬体を隣へ並べつつ、梶火が改めて視線を水泥へ向けた。
「
「はい。かまいません」
「お前が
水泥はふふと笑った。
内心、自分と梶火の違いを思った。
自分は仕草一つで相手の口をするすると割るのを得意としているが、この梶火という男は単刀直入に知りたい事を問う。それで相手もつい答えてしまうのだから、恐ろしい話だ。今正に自分も答えようとしている。この男にはどうにも敵わないという気になる。生来の物なのか、後天的に身に着けたものなのか、なんにせよ、この男が大きな何かに護られているのは間違いない。そう結論付けた。
「そもそも、
「『色変わり』しない
「そうですね。それであっています」
「やはりか。――正直、一番邑に残っててほしかったと何度思ったか知れねぇよ、八咫の野郎は」
「猊下は……」
「
「では、梶火。あなたはいつから
「何時と言うなら火災が起きる直前だな。長と八咫の手引きで
「寝棲は、全てを伝えていったわけではなかったんですね」
「あの時は本当に時間がなかったからな。一刻も早くあいつらを邑から出立させなきゃならんかった。
「そうですね。あの、その岱輿の子孫という方は、白浪とは関係がない方だったんですか?」
「
「――はい」
双方、口中に苦いものを覚える。何度聞いても不快にならずにはいられない話だ。
「――寝棲の野郎は、一つの『環』の解除につき一人の贄がいると言っていた。だから、あと三体の
「ええ」と水泥は
「
「八尋?」
「員嶠で贄となった人物です。
「あ?」と梶火が片眉を上げる。
「仙鸞――八尋だと?」
「はい。員嶠邑長の嫡子だった人だと聞いています。つまり、
「……成程な。そりゃ親族に決まっているか」
「はい」
梶火は眉間を険しくした。
「ええと、それはつまり、
水泥ははっきりと首肯して見せた。
「はい。
断言に、梶火は重い吐息をこぼす。
「
「それが道理でしょう」
「――そう言えば、
「ふっ」と水泥は思わず笑った。
「どうした」
「いえ、僕の仕えていた娘がまるきり同じ事を言っていましたので」
「――それは、えらい物騒な発想をする娘だな」
「ええ。仰るとおりで」
思い出してついつい笑ってしまったが、すぐに気を取り直した。
「結論から言えば生きている男でなくてはなりません」
「――そうか」
「寝棲は、八尋氏を
「え」
「寝棲も長らく内密にしていた事ですが、黄師が八尋氏に対して説明するのを物陰に隠れて盗み聞きしたと。彼は当時十歳、小柄だったが故に見つからずに済んだと言っていました」
「黄師は、八尋氏になんと言っていたんだ?」
「贄に出来るのは、完全に『色変わり』しない、生きた男でなければならない。何故なら、
「『環』の――そうか、そもそもそれも人間の骨だからな。当然か」
溜息交じりの梶火の言葉に含まれる思いは苦々しい。水泥は微かに目を細めた。投げる視線の先では、太陽が赤く強く白く輝きだしている。夜明けが近いのだろう。
「理屈でいえば単純なのです。『環』を解きたいなら、『環』に新たな肉体を与えればよい」
「なに?」
「『環』は連結した頭蓋骨と脊椎で構成されています。なので、贄の肉体からこの部分を取り除き、残りの骨肉を『環』に与えれば人として成立し
「――は?」
梶火が顔を
「それは、まさか」
「はい。五百年前に『環』になった者達が贄の肉体を奪い取り、この世に黄泉返るんです。――姮娥に等しく、不死の者として」
梶火の口元が盛大に
「こんなに厭な気分になる文字通りの
「似た例が他にもあったらぼくだって厭ですよ」
珍しく鼻の頭に皺を寄せてから、水泥はすっと息を吸い込む。
「
「「かぐや姫の物語」の内容は、俺も八重から聞いている。あの書籍を
「そうです」
再びの風に
「
「――蓬莱の長が」
「残るは瀛洲の
「五――そいつらは異地の貴人だったのか」
「はい。異地の帝の本懐は『五貴人を不死者として黄泉返らせ、これらによって素戔嗚を捕縛せしめ、共に異地に帰還させる事』です」
「――素戔嗚を、だと? 妣國のか?」
「はい。あれはそもそも異地にありし神であり、荒ぶる武、そのものです。異地はそれを取り戻したい。なんらかの理由であちらも力が必要なのでしょう。――これは八咫が仙山に
「いや、確かにそれなら
梶火は思わずと言った態で自身の口元を片手で覆った。
「――そうなると、
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