39 命は望んでこの世に生を受けない
「――あの野郎、本当にやる時はやるというか、加減を知らんと言うか……」
共通の知人の
「彼が前言を撤回したところを、ぼくは見た事がありません」
「ああ……だろうな。厭になるくらいよく分かる」
「その代わり、それが悪手でもそのまま進んでしまいますから、
「……それも目に浮かぶようだ」
「そうして失敗してきたという話をいくつも聞きましたし、実際ぼくもそれに加担してきました。――かなり大きな
「あいつは……」
覚えがあるのか、額を手で押さえた梶火に、水泥はふふと笑った。
「それでも、
その言葉に、梶火は額にかざした手の下で、大きくぱちりと
「迷いなく、拳を握りしめて、激しい逆流の中を先へ先へと進んでいく。あの姿に心
その発言に
「まるで、猊下に付いて回る
思わず零れ出た言葉だったらしい、翠雨が「ああ」と笑みを深くした。
「わたしの
梶火が苦笑してざり、と自身の頭を両手で撫で上げた。
「俺はそんな大層なもんじゃねぇよ。元はと言えば
「内側に入れたいと思ったからでしょう。私が儀傅でもそうしましたよ」
「そろそろやめてくれ。
肩を
「
「ええ。それは、安全な場所へ移すという事ですよね」
思いの外真剣な水泥の声音に、梶火がお、と片眉を上げた。
「気になるのはそこか」
「子供の安全は最大の懸念事項でしょう」
水泥は密かに、膝の上に乗せていた両の手を拳に握りしめた。
「ぼくも、
やや沈黙があってから、梶火は組んでいた脚を解くと姿勢を正した。
「どうも何か腹に一物を抱えたようなところがあったが、今の言葉は本音だな。――改めて貴殿を信じよう。
「ありがとうございます」
「
「どういう意味ですか」
「臨赤としては、何よりも希希を
梶火は立ち上がると、居間の片隅の
「これは――どういった訳か
「はい」
梶火の手が希希の頭に触れたまま、その動きを止めた。
「希希は、あの
「――囲い、をですか」
「
「歴代といっても、知られる限り州を
囲いはその大きさに比例して強度が弱まる。複数の州を丸ごと囲いきれる
つ、と翠雨がその場から離れた。奥の寝室へと姿を消す。その背を見送ってから、梶火は再び自身の頭部をざらりと撫で上げた。
「希希を本拠地に入れて、それを囲いで守らせる。そうすれば中にいる者は何があろうが守られる。――これから間もなく、全土を巻き込んだ
「それは
そう問うと、意外な事を言われた、と言わんばかりに、梶火が眉間に皺を寄せた。
「当たり前だろう? 何を
水泥は僅かに言葉に詰まった。
「なあ蔡殿。俺が思うに、命は望んでこの世に生を受けない。望むものを望むように、事前に
武骨で傷だらけの男の手が、ゆっくりと希希の髪を撫でる。
「はじまりが不自由で理不尽なものであるからこそ、生まれた後のこの世に
ああ、と水泥は胸を熱くした。この人は、やはり
八咫は彼一人で彼になった訳ではなかったのだ。
あれは、その周りにいたあらゆる人々をその幹の一部として
もし自分もその一部足り得たのなら、これ程幸福で幸運な事はない。
そうあれれば、この世に確かな証となるものを残せた一助として、胸を張って死んで行ける。
と、梶火が
「蔡殿。急な申し出をするが、俺達は今から
「それは、
「そうだ。
「危坐が――そうでしたか」
「どうされる」
「ぜひともお願いしたいと思います。ぼくももうこれ以上は遅滞できませんので、助かります」
「脚の状態は」
水泥は、少しだけ口元を笑ませた。
「問題ありません」
「では、出るか」
「はい。お世話になります」
「翠雨も、いいな」
「はい」
「昔取った
「何を言う。
「猊下はわたし共を買いかぶり過ぎなのです」
「期待している。儀傅ももうそこで待っている。というか、すまん、久しぶりの再会だというのに、待たせすぎたな」
梶火が視線で水泥を呼ぶ。従い共に表に出て、水泥は言葉を失った。
見慣れた前庭を埋め尽くすようにして、凡そ百の兵が小屋の外に待機していた。
梶火が声を上げると、兵の一人が一団から駆けてきた。兜を慌てて外しながら梶火が開けた戸を
起こされた希希が眼を
そこに見る
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