31 言葉選ばんで
一瞬の間をおいて、
口の中が、一瞬で乾いたのが分かる。
意味は理解されたが、心が受け取れない。
「な、え、なに」
「正確には、外見上は女だが、女の具も男の具も
「それは」
「僕も長く知らなかった事だ。父は――父がどういったつもりでそうしたのか、正確な意図は僕にも分からない。南辰から聞いた事だけど、父は子供の時からこの
言葉にせずとも、その先に含み置く言葉は分かる。八重と長鳴の間に、怒りとも悲しみとも付かぬものが去来する。
――そしてそれは、何よりも誰よりも、当の
「兄上は、父上の事を卑怯だと言ったよ。その選択は
長鳴の
一つ深く吸い込み、吐き捨てるように、
「兄上は、自分が
ひっ、と八重の喉が鳴った。
「それは、うちの代わりにってこと?」
「うん」
「熊掌が、そう言うたん? 自分が器の継承者になるって?」
「そうだよ。さっき、間違いなくそう言われた」
予想だにしなかった言葉に八重の全身が震える。確かに、熊掌の布は微小ながらも『色変わり』してはいたが、歴代の事を思えば最上級に等しい黒を維持していた。だが。
「でも、それでもうちの方が」
「そう。君の方が器としてはより適格だよ。布を比べられたら、間違いなく
「ていうか、熊掌はもう死屍散華持ってないんちゃうん」
「――……。」
「熊掌が継承したとしたら、ににぎ? とかいうのが
長鳴は、そこから再び
堂の内にも外にも沈黙が満ちている。
事は何時でも突然に動く。本当の意味で人は、熟考して選ぶ時間など与えられないものなのかも知れない。何を選んでも必ず後悔は残るのだろう。本当に望む事が、決してその選択の先に繋がっていないと知っていても選ばざるを得ない時がある。
ならば、せめてこの手で線を引こう。
長鳴は、顔を上げた。
「――器にされる娘には、明文化されてはいないが、生娘である事が求められているのは知っているね」
「――それは、聞いとる」
長鳴は目元を大きく見張って、見返す八重の眼を受け止める。その眼は痛々しい程に赤く充血していた。
「あれは、本当は正確ではないんだ。本当は、白玉の器の切り分けは、未通の身体でなければできないからなんだ」
「――――――そんな、あほな」
「ああ。阿呆の極みだ! 俺だってそう思うさ‼」
初めて聞く長鳴の絶叫に、八重は息を呑んだ。
「だけど、それで器を回避したのが千鶴だ。――その結果として、方丈に子産みの為に獲られたわけだけどね」
八重は、じわりと眉間に皺を刻んだ。膝の上においた手を握りしめる。長鳴の言葉の意味が理解できない程子供ではなかった。
「なあ長鳴、熊掌は――もしかして」
長鳴は、長い逡巡の上、その言葉を紡いだ。
「兄上は、分割されない。されない事を前提として、自身で白玉を継承し、
暫時、沈黙が続いた。肌に刺さる程の沈黙があるとすれば正しくこれを指すだろう。
八重は大きく息を吸い込み、そして吐きながら言った。
「――そんで、あんたは、いや、熊掌は、うちにどうしろって言うてんの……?」
「俺の
長鳴は、八重の肩から手を外すと、拳を握りしめ自身の膝に叩きつけた。
「――なあ、長鳴」
長鳴は俯いたまま沈黙を守った。
「あのな、うちがまどろっこしいのん嫌いなんは、あんたが一番知っとるはずやろ」
「――ああ」
「言葉選ばんで。……それは、うちらで既成事実を作れって意味やな?」
がん! と長鳴は自身の膝を殴った。
「決めるのは君だって言ってやりたいよ。もし八重が器になる方を選ぶというなら、それを尊重すべきなんだろう……と思う。もっと時間が赦したなら、せめて君の意に沿う男を
それは、紛れもなく、八重の問いに対する肯定だった。
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