23 大師長
保食、
二人が
これは、
こちらには巨石を組んで作られた文字通りの門がある。中央大講堂は、東門南門のどちらから登っても同程度の距離の場所に
西側には、そもそも半在家の信者が多く居住していたが、近年は更に民が増えていた。その多くが、水源汚染を受けて避難してきたものである。
北側は
間もなく中央大講堂へ至ると言う頃に、前方から駆けつけてくる姿が散見された。瓊高臼付きの黄師達である。
「
拱手しながら膝を折る彼等に、
「
「ありがとうございます」
軽く頭を下げて見せると、黄師達は「皆様お待ちです」と先を
中央大講堂はやや急な斜面に
保食が脚を踏み入れると、そこには見慣れた男の顔が待ち受けていた。
ぐ、と胸がつかえる。歩みを止める。
「
麻硝の表情は――硬かった。
保食の表情もまた厳しい。じっと麻硝の片目を見据えたまま一つ首肯して見せる。彼の眼帯姿はいくら見ても慣れる事がない。外套の内に隠れているので左腕の損傷を目に入れる事はほぼないが、やはり彼を前にすると、その事実を忘れ去ったままにしておくことは出来なかった。彼が負傷を負ったのもまたこの瓊高臼山なのだ。
「……
麻硝の礼に、紅江は頭を振る。
「いえ、これで
「保食」
かつかつと長靴の踵を鳴らしながら近づいた麻硝が、その声音を低くした。
「――何故戻った」
身も蓋もない言葉に保食は真っ向から答える。
「決まってる。あたしが、あたしを生きるためだ」
麻硝は、その美貌を溜息交じりに歪めながら、視線を
「俺はね――これ以上娘を
「勝手な事を。……あたしは、一度たりとてあんたの娘になった覚えはないよ。人を身代わりにしないで」
「お前が去ってくれていれば、後の事は俺で引き受けられたんだよ。――思う者と共に生きてゆくという道を、お前には示したつもりだったし、俺は、そちらを選んでほしかった」
「は」と、保食の唇から失笑が漏れた。
「いい加減にして。人を後悔の復讐に使わないで」
「――復讐、か」
「非情に徹した結果がああだったんでしょう? だったら、あたしにも最後までそうしなさい」
麻硝の右眼が、悔恨の色を浮かべて、ゆっくりと伏せられる。
「沙璋璞は殺さない。
「あたしに言わなくていい。そんな事は上層部でだけ話して」
「ほんとうに、残念だ。――お前に
保食の肩を軽く叩くと、麻硝は「行こう」と常になく固い声で言い切った。
大講堂の内には更に扉がある。そこを空けて
保食は彼等には一瞥もくれずに堂内中央へ進み入ると、大階段の半ばに
それは、白一色の
保食はこくりと生唾を飲み込む。
「
「待ちくたびれましたよ、
月桃、と呼ばれた姮娥は、にぃ、と
ゆっくりと
月桃は伏し目がちに一階にまで下り来ると、小首を傾げながらにこりと再び笑んだ。
「
極めて――極めて上品な声での問いに、保食はぐっと詰まる。その様を見るや、月桃は器用に片眉だけを上げて「おやおや」と笑った。
「その様子だと、やはり殺せませんでしたか。情に厚い人ですね、貴女は」
「月桃殿」
横から麻硝が口を挟む。
「
「分かっていますよ。これでも十二分に感謝の意を示しているつもりなのですが」
ころころと笑ってから、すぅとその眼を細める。
「毒と知って水を汚したり、子を成しにくいと知って凌辱したり、不死と知って切り刻んだり、男心を
大講堂の内がしん、と静まり返る。誰も何も口に出す事はできなかった。彼の麾下達ですらそれは同じだった。
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