14 鬼射へ
*
荒野の只中、馬から降りた一人の男があった。
ゆっくりと数歩進んでから、静かに土へ膝を突いた。手を伸ばして転がっていた物を拾い上げる。灰と白の筋と光沢が浮かぶ丸い玉。それは
水泥の視線は、そのまま地面の上をゆっくりと這う。
あたりには複数の玉が転がっている。その一々を拾い上げると、丁寧に懐に仕舞った。
立ち上がりつつ、水泥は辺りをゆっくりと見渡す。大丈夫だ。騎影は見当たらない。
ふわりと微笑んだ。
「
数珠玉の代わりに、懐に入れていた紙と木炭で作った硬炭棒を取り出した。それで文字を書き付けると、肩に捕まらせていた
遠く遠くへ羽ばたいてゆく翼を見送ると、水泥は再び馬上へ戻った。
「
にやりと笑う保食に、水泥は苦笑を返した。彼女がそう言うならば、それで正しいのだろう。保食は昔から勘が鋭く、否な予感がすると言うもの程よく当たった。
「うん、そうだね」
保食は庭へ視線を向けた。朝霧の
七日の滞在を終えた禁軍が去った後、保食は大本営へ、鵠は第二拠点へ向けて走らせるという。
「ぼくはどうすればいい?」
「予定通りだ。――が、少し寄り道を頼みたい」
言いながら保食は、かさりと一枚の紙切れを懐から取り出した。
「密書、だね」
「こちらの動向を誘導するための偽装だ。第二拠点へ向かう道中でこちらからの追手を待ち受ける手筈だろう。だから、お前には鵠の後から距離をあけて付いて行ってほしいんだ」
「鵠を
微笑みながら問う水泥に、保食は庭へ向けていた視線を戻し「そうだ」と断言した。
「鵠には知らせていないの?」
「まさか、戻り次第言うさ。七日の夜の内に、あたしが馬を乗り換える中継拠点まで先に馬と荷を運ばせる。あいつは夜目が人一倍利くからな」
「注目され
「――ああ」
水泥は腕を組むと、ふふ、と声に出して笑った。
「本当の理由は?」
保食はちらりと水泥に目をやってから、「
「五日六日は
「七日目の昼にいつも来るのが変わるかも、と?」
腕組みをした保食は、濡れ縁の障子に、とん、と肩を預け、頭を僅かに傾けた。
「上手く事が運べば、
「だから、
「――わかった上で聞かせる事になれば、
水泥は一つ溜息を吐いた。
「ねぇ保食。君にも自分の命と体の使い道を選ぶ自由があるはずだよね」
「それは前にも聞いた」
「君の本心はどこにあるの」
「あたしが選んだのは仙山だ」
「自分の望む事くらい、自分自身には認めさせてやりなよ」
「――
「ねぇ保食。
ぎり、と保食が歯噛みしたのが聞こえた。
「――わかってる。そんなことは」
「保食」
「わかった上で、あたしは決めてる」
「……うん」
ふっと、強い息が保食の唇から吐き出される。さらりと
「鵠が禁軍に
保食の言葉に、水泥はふわりと笑った。言葉の意味を理解する。
「わかった」
「
――苦しい顔をしていたな。
ごめん、と
自分に対しては、もっと心置きなく傲慢でいてくれて良かったのに。
水泥は保食の言葉通り、一人馬に
保食は、それ以上自身の本心に付いて何も答えなかった。
だから、水泥ももう、それ以上考える事はよしたのだ。
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