13 嘘吐きだらけの、阿呆だらけ
――本当に、悔いはないな。
鵠の最後の問いかけに、保食は天を
ないと言えば嘘になる。思いを切り捨てるのは身を切る程に辛い。しかし誰しも皆何かを選び何かを
つまるところ、
つまらなかったのだ。
女の肉体に縛られ、女の皮を被せられ続け、生まれついての特性に支配されるだけの日々は、この手でも掴み取れるはずの物を保食から奪う。
冗談じゃない。
守られて満足で生きていけるように生まれ落ちていない。
この世は何時でも不均衡で不平等で、正義の
嘘吐きだらけの、阿呆だらけ。
ならば、迷いは桜の花弁のように散らしてしまえ。
胸は晴れやかだった。一粒を減らした数珠はきっかりと彼女の腕に合う。ようやく寸法があったのだ。自分には、あの一粒は余分だったのだ。
馬は行程を予定通り駆けた。
目的の地点まであと半ばといったあたりから、あたりにはぽつぽつと
これが、
簒奪の初期は戦を終わらせる向きに動いた事により
いかに不死に近く、食わずとも死なず、子を成さずとも滅びない民であろうと、苦しみは等しい。以前
彼等月の民と
更に
それはきっと不幸ではない。不運だ。
対して、死ぬ事も出来ず、永久に苦しめられ続ける月の民はどうだろうか。終われないという恐怖はどうだ。
これはきっと、文字通りの
保食は五邑であるからか、後者は絶対に嫌だなと思う。そしてきっと互いに相手に対してそう思っているのだろう。そんなものなのだ。
馬の歩みがさくさくと草を踏み出す。あたりの景色が少しずつ荒野から変わってゆく。周囲に雑木が増え、水の流れが聞こえる。身を隠せる場が増える。ようやくの思いで一息を吐いた。
その時だった。
びいんと、弦の張る音がした。途端全身が揺さぶられ、何が起きたのかを把握する前に馬が転倒し、保食もまた前方にその身を投げ出された。寸でのところで馬の背を蹴り巨体の下敷きになるのを避ける。が、着地の状態が悪く右足首を痛めた。
慌てて馬の様子を見ると、バタバタと
朦朧とした視界がゆっくりと戻ってくる。かすんでいたあたりの風景が再びはっきりとしてきたところで、目の前に一本の太い鋼鉄製の紐が張られている事に気付いた。そうか、これに馬が脚を獲られたのだ。下草に紛れて気付かなかった。
ざく、ざく、と下草を踏む音が近付いてきた。馬だ。馬に乗った何者かが近付いてくる。瞼をきつく閉じてから、何とか
―――――保食は
真っ先に目を引くのは、胸に届く
「――
捕まった保食を見て、璋璞は静かに彼女を見下ろした。ふ、と
「――お主が
「よもや、
保食は、ぎりぎりと
「あんた――いつから気付いてた」
保食の射殺しそうな視線を受け、璋璞は、ふ、と笑った。
「――お主の肉体は美しかったな」
「……何を」
「が、背筋は少々
指摘に、保食は息を呑む。
「割れた腹筋は、病弱な乙女には似つかわしくないし、あそこまで発達した大腿の内転筋は騎乗する者しか持ちえない」
「この、爺……っ」
「
ぎり、と歯噛みした。あれは、愛撫に見せかけて兵としての質を計っていたのだ。
ああ、本当に。
この男は、なんて……。
「教えてやろう。大隊が向かっているのは、
すぅと保食は息を吸い込んだ。
「――何」
「
「つまり、あの密書は、あたしの行動を誘う為の罠だったって事か」
鵠が捕らえられた。璋璞は確かにそう口にした。保食は全身を
――常人では抜け出せようはずもない。
「蓬莱にも、隊を一部戻した」
保食の形相が代わる。
「やめろ! 邑の者は関係ないだろうが‼」
「――なくはあるまいよ。それはこれより詮議する。お主が気に掛けるべきは、お主自身の処遇だろう」
冷ややかな眼差しに、保食の背筋が凍る。
「保食。お主はこれより
璋璞は手を伸ばすと、ぐ、と保食の
「お主が黙って大人しく着いてくるのであれば、蓬莱に
憎たらしい。
本当に、この男はなんて憎らしいのか。
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