11 吸い痕
璋璞の動きが突如性急な物に変わった。覆い被さる唇に唇を
襦袢の裾を脚で割られ、璋璞の手が内腿を這い上がる。僅かな恐怖と抵抗、抗い難い高揚、そして誤魔化しきれない悲しみが、涙になって
――これは、
保食は、ぐ、と腕に力を入れて璋璞の胸を押しやった。
「保食」
「璋璞様は、どちらへ向かわれるのですか」
「それは」
「私はどちらの方へご無事をお祈りすればよろしいのですか」
「――ならば、南南西に」
「そこへは、どうしても璋璞様が参らねばならないのですか?」
「俺しか動けんのだ。禁軍も
「――は?」
保食は全身に走った緊張が肌の上に現れないように必死でこらえた。聞き間違いかと思った。しかし、璋璞の眼は澄んでいる。偽りや誤魔化しなどは一切浮かんでいない。
「白浪、ですか」
「そうだ。白浪は
「あの、その、それは、皇が停戦を為された
「そうだ。その使者の護衛の大半が
ふと、璋璞の呼吸が変わった。ざわりと寒気が走る。いけない。ここまでだ。保食が白浪について知っているはずがないのだ。これ以上この話を続けるのは
今度こそ、本当に逃れようのない、息の止まりそうな口付けだった。
胸を推していた右腕が掴まれ、袖口から璋璞の手が這い入る。前腕から肘を辿り二の腕の更に奥までを
「璋璞、さま。いけません。これ以上は……っ」
「なぜだ。これは夢だろう?」
「璋璞さま……っ!」
胸元に降りた璋璞の唇が保食の心の臓の上に落ちる。小さな痛みと共に吸い
――俺には言われたくねぇかも知れんが、お前こそ惚れた男がいるんと違うか?
突如、遠い昔に聞いた
いやだ。こんな時に思い出したくない。
頭の芯が
と、その時、ふわりと甘い香りがどこかから漂い
保食は息を呑むと、眼を固く
保食は璋璞の意識が完全に失した事を確認してから、その手に握られた腰紐を取り返しつつ、熱く重い身体の下から這い
部屋に充満していたのは、生まれたばかりの赤子の体内に
呼吸を整えながらふいと顔を上げると、薄闇の中に立ち尽くす男の影があった。さっき閉めたはずの障子はわずかに開けられ、
影は保食に近寄り、腕を掴んで助け起こすと、彼女の手から腰紐を
保食はちらと背後を振り返った。璋璞は完全に気を失い横たわったままだ。その姿を確認すると、保食はさらりと落ちてきた髪を掻き揚げて溜息を吐いた。
「茶番を仕掛けた挙句に嗅ぎ薬で救出劇って――一体いつからこんなに手際が良くなったのよ、あんたは」
影は――水泥は、にこりと微笑む。
「それは、
「――随分と古い名前を持ち出すのね」
「古い? 彼は、懐かしむための過去なんてものに落ち着けるような、そんな可愛らしい物じゃなかったでしょ?」
やわらかな指摘に、「そうね」と保食は苦笑がてら肯定した。
「ねぇ保食、一応断っておくけど」
「なに」
「上がったのが悲鳴だったから
「……は?」
「だから、いらなかった?」
「――なにが」
「嗅ぎ薬。邪魔をした?」
保食は、ぱちんと手の甲で水泥の頬を
「あんた、こんなお膳立てをしでかしただけの仕事は果たせたんでしょうね?」
「もちろん」
保食は盛大に溜息を吐くと「ならいいわ」と吐き捨てるように零した。そして、眼の色を厳しくする。
「――白浪が月朝に使者を出していたとはな……道理で禁軍の動きが性急なはずだ」
「今夜中に動くかい?」
「いや駄目だ。
「そうだね。そう言うと思ったよ。大丈夫。しでかしただけの分は、ちゃんと働いたから」
保食は皮肉な笑いを浮かべた。
「本当に、腹が立つくらい仕事ができる男よね、あんたって」
水泥は、ただ黙って笑った。見慣れた感情を読ませない微笑に、保食は悪態を吐きながら髪をばりばりと掻いて、再び奥の間へと戻った。
「ぼくが運ぼうか?」
「いやいい」
眉間に皺を寄せてから、保食は璋璞を軽々と抱え上げた。足取り軽く
このまま邑長邸まで自分が運ぶから、
「――夢の中ですら、素直になれないなんてね」
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