8 本気
「――
「ええ。水源汚染が我々の手による事、
指を折りつつ、
全く、楽観できる状態ではない。
「そこまで禁軍に
「ええ。加えて、近く第二拠点へ
鵠が皮肉な笑みを浮かべつつ腕を組んで一歩後ずさった。
「保食よ、それは
途端――保食が
「お前、何年私の
保食の物言いに、鵠は「はっ」と笑った。
「そうでした。――まあどのみち、璋璞の奴が本気で
保食は小さく首肯して見せる。
「本当なら、あんたには今すぐにでも第二に
その言葉に
「保食――爺は、お前に助かれと、その情報を与えたんじゃないのか」
「そうね」
思わず――持ち上げかけた手を、鵠は
「お前は、もう、動く必要ないんじゃないか?」
つ、と保食の
「――それはどういう意味?」
終に、鵠が「ち」と舌を打ち鳴らした。
「わかってんだろ。もういい加減、無理に自分を
「苦しくて
「お前っ!」
鵠は苦し気に保食の肩を拳で軽くたたいた。
「お前は、どうしてそう――いつまでも一人で重荷を背負い続けようとするんだ」
保食は――黙ったまま、自らの肩に置かれた男の
「仕方ないじゃない。たくさんの人に、たくさんのものを失わせたんだもの。あたしだけ、今更
「はっ」と吐き捨てるような
「なあ、保食。俺にだってわかるさ。あの爺は、本当はもう、とっくにお前に落ちてる。このまま大人しくここに
と、今度は保食がくつくつとおかしそうに嗤いを
「おい、保食お前」
ぎらりと、
「なあ
「――それは」
「
保食は鵠の腕を振り払った。
「あたしに、その二の舞になれっていうのか? 産めない事がバレて
「だから! それももう終わる事だろうが!」
「そんな事は確定してから言え馬鹿野郎‼」
「――う、保食」
「ふざけんなよ畜生っ……あの
苦渋に満ちた、見た事もないような保食の表情に、鵠は胸を射られた。ややあって、保食は引き
「
「保食……」
「そんな中途半端な男じゃないんだよ、あの男はっ……! あたしみたいに兵なのか器なのかはっきりしないようなもんとは違うんだ‼」
自嘲交じりにすら聞こえた保食の叫びに、
「なあ。――お前、おまえ、
「――なによ」
「そこまで、本気なのかよ」
二人の間に――沈黙が落ちた。
苦い。
と、次の瞬間。ずあっ、と、一陣の風が
酷い話だ。風まで
そんな鵠の顔を見てか見ないでか――保食は、
「あんたがそこまで
今度こそ、ふっつりと、鵠の内で何かが途切れる音がした。
「――だったら尚更じゃねぇか。保食。お前、本当にそれでいいのか」
低い鵠の声に、保食も顔を
「それでって?」
鵠は舌打ちする。
「皆まで言わせるな! 言っただろうが、爺もとっくにお前に落ちてるって。お前がその気になりゃ話は終わったも同然なんだよ。策が成功すれば『妻問い』だってなくなる。何よりそれで器を絶対に回避できるじゃねぇか。――お前の命をお前より俺が惜しんでてどうするよ!」
「――そりゃどうも」
「
ぐい、と鵠が保食の手首を
保食は溜息を
「くぐい」
「保食」
「――鵠。放せ。石を拾う。失くしてしまう」
「保食。ちゃんと話を聞け。ちゃんと俺を見ろ」
言い終わるや否や、保食は、真正面から鵠の眼を見据えた。そのあまりの
「見てる。ずっと見てきたし、聞いてきたよ。その答えがこれだって言ってんの。お願いだから分かってよ」
「分かってるさ! だから相手は俺じゃなくていいって言ってるだろうが! 頼むから本気で生き延びる最善策を考えてくれよ!」
「放して」
「いやだ」
「放せ」
「厭だ! お前が腹を
「鵠、だめだよ」
庭先から突如届いたその声に、二人ともびくりと顔を上げた。声が発せられたと思しき
「はぁ」と鵠の唇から
「お前、
「鵠」
水泥は、真顔で鵠を見詰める。「ああ」と鵠は頭を掻いて
「分かってるよ。冷静になれんかった。頭冷やしてくる」
「だめ。逃げないの。君のせいで千切れたんだから、石、ひろって」
「――ああ」
舌打ちしながらも、鵠は大人しく濡れ縁から庭へと降りた。
考えずとも、それは、実に不思議な光景だった。
大の男が二人、
保食は、濡れ縁に腰を下ろして足組みした。ぼうっとその様を
「――ねえ、鵠」
声を発した水泥に、
「なんだよ」
と、鵠が
「ぼくだって、厭なんだよ。保食が器に
「ああ」
「だから、ぼくが
「――ああ」
「贄のことは、ほんとうは言っちゃいけないんだけど、君だから話してる。意味わかってるよね」
「……すまん」
「これじゃ、後を安心して任せられないよ」
「だから、うん。すまん」
「保食にだって、誰と
「……お前は、
「逆に、誰とも交合しないことを選ぶ自由もあるはずだよね」
「命が掛かっててもか」
「かかってるから、尚更」
保食は呆れたように溜息を
「――お前等、仮にも当人の目の前で
二人は顔を上げて保食を見ると、やおら立ち上がった。歩み寄った水泥が、にこりと笑って保食に「手をだして」と
保食が両の掌を差し出すと、そこにばらばらと
「――すまん、保食」
「もういいよ」
保食はそれから水泥に目を向けた。
「ごめん、
水泥は柔らかく微笑んでから、小さく溜息を吐いた。
「ごめんはいらない。おれはね、保食に、ほんとうの自由をあげるためにいるんだよ。それは、おれが決めた事なんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます