6 烏が、中枢に辿り着いた
*
四日目の早朝に
淡く霧が
男の広く
柱の影から、
鵠の鋭い眼差しが、保食の
自然、うなじの可視が、深くなる。
保食は、その細い指先で自身の黒髪を
本当に
彼自身もまた、何度目か分からぬ溜息を
「――あの爺、
「まったく、私も
まるで
歩みを進め、保食の隣に鵠は立った。ちらと視線を向ける。頬が朱に染まっているのは紅のためではないだろう。全くの女の横顔だった。こんな顔を、この女は自分に向けた事がない。その事実に、鵠は腕を組みながら、くっと
「
限度、というその言葉が指す意味を、当然保食も知っている。微かに伏せられた目元を、長い睫毛の影が
匂うような色香だった。
保食からそれを引き出したあの
「――ねぇ鵠」
「なんだ」
「
鵠は、ふいと視線を
「さあな。だがこうと知れた以上、
長い溜息と共に保食は顔を
「あんたも本当しつこいね。あたしは梨雪にはやらせないって最初から言ってきた」
保食は
梨雪は既に
二人の婚姻によって、梨雪は、保険としての器候補からすら外された。結果として、彼女がそれまで背負っていた荷も、全て保食に投げ渡された事実は否めない。式の間ですら、梨雪はその表情を
それだけで、十分に保食には後悔が残っている。
折角好いた男と添えたと言うのに、折角の晴れの日だったというのに、あんな顔をさせていていい訳がなかった。
姉とも慕った人だったのだ。彼女は。
「お前も本当に、役務に忠実だな」
諦めたように鵠は苦笑を漏らした。保食の前につ、と何かを差し出す。細かくたたまれた
「何、これ」
「
思わず、保食は深く
「
「見せていない」
「どうして」
「見て判断しろ。俺は、お前に先に見せるべきだと思った」
保食は文を開くとその文面に目を通した。――途端、眉間を険しくする。ややあってから文を鵠に返す。
「処分しておいて」
「……いいんだな」
「ああ」
「だが、伏せたところで知れるのは時間の問題だぞ」
保食は、ついと顔を上げた。真正面から鵠の眼を射すくめる。
「水泥がこれを知る事はない」
常にない明確な言い切りに、鵠が息を呑んだ。
「おい、まさか」
「水泥を
その言葉の意図するところは明白だった。それは、
「どこで――
保食は視線を庭に投げたまま、小さく溜息を吐く。
「ここに来る前からだ」
鵠が苦々しいものを口の
「――第一の
「策の
「分かってるさ。――決定打はなんだ。聞いてもいいか」
すい、と保食の指先が南へ向けられる。
「『
「それに」
「――
鵠がびくりと全身を強張らせる。
「本当か」
保食はこくりと首肯して見せてから腕を組んだ。
「それ自体は一昨年すでに聞いていた。昨夜、沙璋璞も認めたから間違いはない。禁軍がここから撤収し次第、私は予定通りに動く。お前にも頼みたい事がある」
鵠は硬い顔をして、小さく頷いた。
保食は、文に書かれていた事を思い返し、内心舌打ちした。これは、そうでなくとも水泥には伝えられない。
水泥が作った
保食の
「――ねえ、女の命を
濡れた
そんなもの、どちらも
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