3 薫香
用件は簡潔である。
使いが庭先で片膝を突きつつ奏上する。女は、それを
つまらなそうに
ぞっとするほどに美しい女だ。その身に血の通う事を疑われる程の美貌である。当代随一と言ってもいいだろう。その作り物めいた肉に生があると
「わかった。下がって」
女のにべもない言葉にも慣れたもので、長邸付の下男は頭を一つ下げると、
女は唇を曲げながら視線を上向けた。見やる
次の瞬間、鳥が
やはり、烏か。
頭をばりばりと
毎度の事だが、この酒は
間違いなく、璋璞は明日もここへ保食の様子を見に来る。だから酒を抜く訳にはいかない。これが半年に一度、
それを始めたのは、
浩宇は、
蓬莱が『色変わり』なき娘を出した事がない――というのは、勿論
そうであったとしたら、それはあまりに不自然極まりない。
そんな
それを真実として押し通す事を可能にしたのが、仙山から持ち込まれた特殊な丸薬だった。
それを作ろうとして生み出された物ではない。本来は飲み過ぎた酒を早く抜くような薬はできないかと
それは、吐息や体臭から酒精を消し去るという、なんとも
その存在を知った浩宇は、その狐に似た目を輝かせた。
強い酒を浴びる程に飲み、その上でこの薬を飲めば、
やはりというか、当然というか、保食は昏倒した。
成人男性の酒量と幼児に与えてよい分量が同じである訳がない。
保食の母にしこたま殴られて、浩宇はすごすご帰って行った。が、
あれは、そういう男なのだ。
狐面で、どこか抜けていて、腹立たしいのになぜか憎めない。この蔡浩宇という
ある程度の分別が付くようになって後、保食は、改めてこの浩宇という男について考えてみた。この男は、保食の事は邑に残したのに、自身の妹は仙山に逃したのだぞ。身内優先も
――が、やはりどうしても憎む事が出来ない。
保食が内密にでも仙山に加われたのは、浩宇が許諾したからだ。これだけいう事を聞いてきたのだから少しぐらいは
本来、浩宇がこうも必死になって薬の分量を探ったのは、保食の命を白玉の犠牲にしない為である。そんな事は重々承知の上で、保食は我を通したし、浩宇もそれを受け入れた。
周りからどう見えていたかは知らない。だが少なくとも、保食にとって自分達の関係は全て納得ずくのものだったのだ。共犯、と言ってしまっても良いくらいの。
重い溜息をもう一つ
すると、先程からその様子を見ていた男が、部屋の壁に肩を預けながら、呆れたように笑った。
「保食よ、お前、よくもまああれだけしどけない姫君を
鵠の言葉に、保食は舌を打ちながら先程も蹴った
「
切った
「おお怖。今のその面、
「なに? 今から爺の前で実はわたくし兵でございの開帳しろっての? あんた、
「心配すんな。お前一人いれば逆にあっちが壊滅するわ」
額に浮かんだ汗を袖で拭いながら、先程璋璞にそうされた事を思い出し、再び眉間に皺を寄せ、自身の掌に視線を落した。そこには一つだけ残しておいた紙包みがあった。
カサカサとその包みを開き、しばらくそれを静かな眼差しで見つめてから、細い指先でつまみ上げ、ひょいと口の中に放り込んだ。
「――あまい」
包み紙を手の内で握りつぶし、保食は腕を組むと柱に頭を預けて、
口中でからころと固く甘いものを
――甘い
あれは、何時頃から始まったのだったか。
保食の硝子のような瞳が庭先を見つめる。
戦場の璋璞は、悪鬼の如く強い。
あれ程勇猛果敢で、血の香りこそ相応しい男が甘い香を
春の間際は、戦を呼ぶのだ。
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