はてしが無いからきもえた、もとよりひきかえぶんではない。もとところにはやつぱりじようらずのむくろがある、遠くへけて草の中へけ抜けたが、今にもあとの半分がまといつきそうでたまらぬからおくれがして足がすじると石につまずいて転んだ、そのときひざふしを痛めましたものと見える。

 それからがくがくして歩行あるくのが少しなんじゆうになったけれども、で倒れてはうんむしころされるばかりじゃと、わがで我身をはげまして首筋を取ってひきてるようにして峠のほうへ。

 何しろみちばたの草いきれが可恐おそろしい、おおとりの卵見たようなものなんぞあしもとにごろごろしてしげあんばい

 又二里ばかり大蛇おろちうねるような坂を、やまぶところつきあたっていわかどまがって、木の根をめぐってまいったがのことで余りの道じゃったから、参謀本部の絵図面をひらいて見ました。

 なにやつぱり道は同一おんなじで聞いたにも見たのにもかわりはない、旧道は此方こちらそうはないからこころりにもなんにもならず、もとよりれつきとした図面というて、えがいてある道はただくりいがの上へ赤い筋がひつってあるばかり。

 難儀さも、蛇も、毛虫も、鳥の卵も、草いきれも、記してあるはずはないのじゃから、さつぱりたたんで懐に入れて、うむとちちの下へ念仏を唱え込んでたちなおったはいが、息も引かぬ内になさけい長虫が路を切った。

 でもうしよせんかなわぬと思ったなり、これはの山のれいであろうと考えて、杖を棄てて膝を曲げ、じりじりするつちに両手をついて、

まことに済みませぬがお通しなすって下さりまし、なるたけおひるの邪魔になりませぬようにそつと通行いたしまする。

 らんの通り杖も棄てました。)としみじみたのんで額を上げるとざっというすさまじい音で。

 こころもちほどだいじやと思った、三尺、四尺、五尺四方、いちじよう、段々と草の動くのが広がって、かたえたにへ一文字にさつなびいた、はては峰も山もいつせいゆらいだ、おぞふるってたちすくむとすずしさが身に染みて気が付くとやまおろしよ。

 おりからきこえはじめたのはどつという山彦こだまに伝わるひびき、丁度山の奥に風がうずいてからふきおこる穴があいたように感じられる。

 なにしろさんれいかんのうあったか、蛇は見えなくなり暑さもしのぎよくなったので、気も勇み足もはかったが、ほどなく急に風が冷たくなった理由をとくすることが出来た。

 というのは目の前に大森林があらわれたので。

 世のたとえにも天生峠はあおぞらに雨が降るという、人の話にもかみからそまが手を入れぬ森があると聞いたのに、今までは余りがなさ過ぎた。

 今度は蛇のかわりにかにが歩きそうで草鞋が冷えた。しばらくすると暗くなった、すぎ、松、えのきところどころ見分けが出来るばかりに遠い処からかすかに日の光のすあたりでは、土の色が皆黒い。中には光線が森をとおす工合であろう、青だの、赤だの、ひだがって美しい処があった。

 時々つまさきからまるのは葉のしずくおちたまった糸のようなながれで、これは枝を打って高い処を走るので。ともすると又常盤ときわおちする、なんの樹とも知れずばらばらと鳴り、かさかさと音がしてぱっとひのきがさにかかることもある、あるいゆきぎた背後うしろへこぼれるのもある、それは枝から枝にたまってて何十年ぶりではじめてつちの上までおちるのかわからぬ。」

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