「今にう一人へ来て寝るそうじゃが、お前様と同国じゃの、わかの者でぬりものたび商人あきんど。いやの男なぞは若いが感心にじつていい男。

 わたしいま話のじよびらきをしたやまごえった時の、ふもとの茶屋で一緒になったやまばいやくというやつあ、けたいの悪い、ねじねじしたいやわかいもので。

 ずこれからとうげかかろうという日の、朝早く、もつとせんとまりはものの三時ぐらいにはって来たので、すずしいうちに六里ばかり、の茶屋までのしたのじゃがあさばれでじりじり暑いわ。

 よくばりいて大急ぎで歩いたからのどかわいてようがあるまい、早速茶を飲もうと思うたが、まだ湯がいてらぬという。

 うしてその時分じゃからというて、めつひとどおりのない山道、朝顔のいてる内にけむりが立つ道理もなし。

 しようの前には冷たそうなながれがあったからおけの水をもうとして一寸ちよいと気がついた。

 それというのが、せつがら暑さのため、可恐おそろしい悪いやまい流行はやって、さきに通ったつじなどという村は、から一面にいしばいだらけじゃあるまいか。

(もし、ねえさん。)といって茶店の女に、

このみずはこりゃ井戸のでござりますか。)と、きまりも悪し、もじもじ聞くとの。

(いんね川のでございす。)という、はてめんようなと思った。

(山したのほうにはだい流行はやりやまいがございますが、このみずは何から、辻のほうから流れて来るのではありませんか。)

うでねえ。)と女はなになく答えた、ず嬉しやと思うと、お聞きなさいよ。

 に居て先刻さつきから休んでござったのが、右の売薬じゃ。の又まんきんたんしたまわりと来た日には、御存じの通り、千筋の単衣ひとえくらの帯、当節は時計をはさんで居ます、きやはんももひきこれもちろん草鞋わらじがけ、ぐさ木綿もめんしきづつみかどばったのを首にゆわえて、とうがつを小さくたたんで此奴こいつさなひもで右のつつみにつけるか、べんけいの木綿の蝙蝠こうもりがさを一本、おきまりだね。一寸ちよいと見ると、いやどれもこれもこくめいで、分別のありそうな顔をして。

 これがとまりに着くと、おおがた浴衣ゆかたかわって、おびひろしようちゆうをちびりちびりりながら、旅籠はたごの女のふとったひざすねを上げようというやからじゃ。

(これや、ほうかいぼう。)

 なんて、天窓あたまからめてら。

おつなことをいうようだがなにかね、世の中の女が出来ねえと相場がきまって、すっぺらぼうになってもやつ生命いのちしいのかね、不思議じゃあねえか、争われねえもんだ、姉さん見ねえ、あれだ未練のあるうちいじゃあねえか、)といって顔をあわせて二人でからからわらった。

 年紀としわかし、おまえさんわし真赤まつかになった、手にんだ川の水を飲みかねて猶予ためらってるとね。

 ポンと煙管きせるはたいて、

なにえんりよをしねえで浴びるほどやんなせえ、生命いのちあやうくなりゃ、薬をらあ、そのためわしがついてるんだぜ、なあ姉さん。おい、それだっても無銭ただじゃあ不可いけねえよ、はばかりながらしんぽうまんきんたんいつちよう三百だ、欲しくば買いな、だ坊主にほうしやをするような罪は造らねえ、それともうだおまえいうことをくか。)といって茶店の女の背中を叩いた。

 わしそうそうにげした。

 いや、膝だの、女の背中だのといって、いけとしつかまつった和尚がぎようていおそれるが、話が、話じゃからは宜しく。」

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