二十五
「誰」
「あたしよ」
言うと同時にバタンと戸が開いて、黒い、大きな、熊のような物体が戸外の闇から部屋へ
「今晩はア」
と、そう言う声がして、その西洋人が帽子を取った時、私は始めて「おや、この女は?───」とそう思い、それからしみじみ顔を眺めているうちに、
するとナオミは、その水色の柔らかい衣と頸飾りとをゆらりとさせて、
「譲治さん、あたし荷物を取りに来たのよ」
「お前が取りに来ないでもいい、使いを寄越せと言ったじゃないか」
「だってあたし、使いを頼む人がなかったんだもの」
そう言う間も、ナオミは始終、体をじっとしてはいませんでした。顔はむずかしく、真面目腐った風をしながら、脚をぴたりと
「ねえ、いいでしょう、二階へ荷物を取りに行っても?───」
と、ナオミの幽霊はそう言いました、が、その声を聞くとやはりいつものナオミであって、確かに幽霊ではありません。
「うん、それはいい、………それはいいが、………」
と、私は明らかに慌てていたので、少し上ずった調子で言いました。
「………お前、どうして表の戸を開けたんだ?」
「どうしてッて、
「鍵はこの前、ここへ置いて行ったじゃないか」
「鍵なんかあたし、幾つもあるわよ、一つッきりじゃないことよ」
その時始めて、彼女の紅い唇が突然微笑を浮かべたかと思うと、
「あたし、今だから言うけど、合鍵を沢山
「けれども
「大丈夫よ、荷物さえすっかり運んでしまえば、来いと言ったって来やしないわよ」
そして彼女は、踵でクルリと身を翻して、トン、トン、トンと階段を昇って、屋根裏の部屋へ駆け込みました。………
………それから一体、何分ぐらい立ったでしょうか? 私がアトリエのソォファに
トン、トン、トンと、再び威勢よく階段を降りる足音がして、その新ダイヤの靴の爪先が私の眼の前で止まりました。
「譲治さん、二三日うちに又来るわよ」
と、彼女は言うのです。………眼の前に立ってはいますけれども、顔と顔とは三尺ほどの間隔を保ち、風のように軽い衣の
「今夜はちょっと本を二三冊取りに来ただけなの。まさかあたしが、大きな荷物を一度に
私の鼻は、その時どこかで
私はナオミが何と言っても、ただ「うんうん」と
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