二十一
最初私は、姉が彼女の意を含んで隠しているものと邪推したので、いろいろに言って頼んで見ましたが、だんだん聞くと、事実ナオミはここへ来ていないらしいのです。
「おかしいな、どうも、………荷物も沢山持っていたんだし、あのままどこへも行かれるはずはないんだけれど。………」
「へえ、荷物を持って?」
「バスケットだの、
「それで当人は、ここへ来ると言って出たんですか」
「当人じゃあない、僕がそう言ってやったんですよ、これからすぐに浅草に帰って、人を寄越せッて。───誰かあなた方が来て下されば話が分ると思ったもんですから」
「へえ、なるほど、………だけどとにかく手前共へは参りませんのよ、そういうことなら追っ附け来るかも知れませんけれど」
「だけどもお
と、そうこうするうちに兄貴も出て来て言うのでした。
「そりゃどこか、お心当りがおあんなすったら外を捜して御覧なさい。もう今まで来ねえようじゃあ、ここへ帰っちゃ来ますまいよ」
「それにナオちゃんはさっぱり家へ寄り付かないんで、あれはこうッと、いつだったかしら?───もう二た月も顔を見せたことはないんですよ」
「では済みませんが、もしこちらへ参りましたら、たとい当人が何と言おうと、早速どうか僕の所へ知らして
「ええ、そりゃあもう、あッしの方じゃ今さらあの児をどうするッて気はねえんですから、来ればすぐにも知らせますがね」
上り
「さて、どうしたらいいんだろう? どこへ行っちまったんだろう?」
───私はほとんどべそを
「これはきっと熊谷の所だ、あいつの所へ逃げて行ったんだ」───そう気がつくと、ナオミが昨日出て行く時に、「だってあたし、それじゃ困るわ、今すぐいろいろ入用なものがあるんだから」とそう言ったのも、なるほど思い
苦しい時の神頼み、───私はついぞ神信心をしたことなぞはなかったのですが、その時ふいと思い出して、観音様へお参りをしました。そして「ナオミの居所が一時も早く知れますように、明日にも帰ってくれますように」と、真心
明くる日の朝、私は七時に飛び起きて近所の自働電話へ
「ああ、坊っちゃまでございますか。まだお休みでございますが、………」
女中が出て来てそう言うのを、
「誠に恐れ入りますが、急な用事でございますので、ちょっと
と、押し返して頼むと、暫く立ってから電話口へ出て来た浜田は、
「あなたは河合さんですか、あの大森の?」
と、
「ええ、そうですよ、僕は大森の河合ですよ、どうもいつぞやは大へん御迷惑をかけてしまって、それに突然、こんな時刻に電話をかけて甚だ失礼なんですが、実はあの、ナオミが逃げてしまいましてね、───」
この「逃げてしまいましてね」と言う時、私は覚えず泣き声になりました。非常に寒い、もう冬のような朝のことで、寝間着の上にどてらを一枚引っ懸けたまま慌てて出て来たものですから、私は受話器を握りながら、
「ああ、ナオミさんが、───やっぱりそうだったんですか」
すると浜田は、意外にも、いやに落ち着いてそう言うのでした。
「それじゃあ、君はもう知っているんですか?」
「僕は昨夜
「えッ、ナオミに?………ナオミに昨夜遇ったんですか?」
今度は、私は前とは違った胴顫いで、体中がガクガクしました。あまり激しく顫えたので前歯をカチリと送話器の口に
「昨夜僕はエルドラドオのダンスに行ったら、ナオミさんが来ていましたよ。別に事情を聞いた訳ではないんですけれど、どうも様子が変でしたから、大方そんな事なんだろうと思ったんです」
「誰と一緒に来ていましたか? 熊谷と一緒じゃないんですか?」
「熊谷ばかりじゃありません、いろんな男が五六人も一緒で、中には西洋人もいました」
「西洋人が?………」
「ええ、そうですよ、そうして大そう立派な洋服を着ていましたよ」
「家を出る時、洋服なんぞ持っていなかったんですが、………」
「それがとにかく、洋服でしたよ。しかも非常に堂々たる夜会服を着ていましたよ」
私は狐につままれたように、ポカンとしたきり、何を尋ねていいのやらかいくれ見当が付かなくなってしまいました。
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