第9話長い一日の終わり

「……ミー?起きてー!」

何か声が聞こえる。

同時に身体を揺さぶられている気がする。

重たい瞼をゆっくり上げるが少し眩しく、また閉じたくなる。


「タクミー!おーきーてー!」

俺は完全に意識を取り戻した。


「……ん?あぁフレイか。」


目を覚ました俺を見ていたフレイはため息混じりに「はぁ…やっと起きたね」と言った。


俺は確か飯を食い終わって、それで満足して寝たんだった。


「みんなは…もう食べ終わってるのか。」

周りをみると飯が載っていた皿は空っぽになり、フレイはオレンジジュースを飲んでいた。


「あれ、2人は?」

気づけばアルカとマグネスタが席にいなかった。

トイレか?


「2人なら"会計は金持ちのタクミに任せて貧乏な私たちは先に帰っておくね"って言い残して帰ったよ。」


…マジか。

マグネスタの事は分かるが…アルカよ、アンタは仮にも騎士なのになんて事言うんだ。


「そうか、分かった。そういえばレシートみたいなのは無いのか?」


「ちょっと待ってね」

フレイは席から立ち上がって通路に立つとテーブル横にバインダーがフックに吊るされていた。


「ストロンイノトゥペルのオーガニック焼き、甘味キャルノの酢合わせサラダ、ギュレストゥペルの野菜煮込み…うん、これがそうみたいだね。」

バインダーを確認したフレイはそれを俺に手渡した。


「それじゃあ会計して出るか」

俺を前にレジへと向かうと若いケモ耳が着いたお姉さんが待っていた。

会計をお願いすると素早く料金を提示してきた。

ちなみに今回はこんな感じだ。

・ストロンイノトゥペルのオーガニック焼き:650トレ

・甘味キャルノの酢合わせサラダ:300トレ

・ギュレストゥペルの野菜煮込み:540トレ

・ブレイスタトゥペルの叉釜焼き盛り:750トレ

・スコットリの八宝菜:400トレ

・オレンジジュース:100トレ

・麦酒×2:400トレ


合計で3140トレになった。

俺は金貨しか持ち合わせていなかったので金貨4枚、つまり4000トレを渡した。

お釣りは銀貨8枚と銅貨6枚の860トレになった。


お釣りを受け取った俺は妹を連れて店を出た。

外は夕日の光に包まれていた。

昨日よりかは明るかった為、今のうちに宿を探すことにした。

だが、文字は読めない。

なのでその辺は妹に任せることにした。


店をでて15分ほど歩いた所に大きな宿があった。

さっさと中へ入ると店員が何名様かと聞くので2人と返した。

どの部屋でも空いていると言うので適当に2階の部屋を選んだ。

ちなみに料金は金貨1枚、1000トレだそうだ。

金を払うと代わりに鍵を渡され、さっさと部屋に向かうことにした。

ここまでで割とお金を使った。

ギルドで43万3000トレだったのが、42万8860トレになっていた。

いや、資金が多いからそこまで減ったようには思わないが、やっぱり食事は金がかかるものだ。


部屋番は205だ。

さっそく鍵を扉に突き刺し、右へひねり回す。

すると扉に掛けられていたロックは解除された。

さっさと扉を開けて入室すると、一つだけ太陽光が差し込む窓からオレンジの光がこの一室を照らしていた。


部屋の隅には白いダブルベットがあって備え付けの小さなキッチンもある。

割と大き目なクローゼットもあって、風呂はないもののシャワー室も完備。

肝心なトイレは...部屋には無いらしい。

部屋のど真ん中に置かれたお洒落な洋風なテーブルの上にはしおりの様な紙が置かれていて、わざわざ”トイレは各階の突き当りに男女分かれている”と知らせてくれている。

まぁこれを読んだのは言うまでもなくフレイなんだが...


俺も早く文字が読めるようにならないとな。


そろそろ日もかなり落ちてきて部屋もそれに伴って暗くなり始めた。

「こういう世界観なら蠟燭とかに火をつけて照明代わりにしてるんじゃないのか?」

俺は小さな部屋を歩くと玄関・ベット・キッチン・シャワー室にそれぞれ一つずつ蝋燭ランプが吊るされていた。


今の俺には火をつけることも出来ないので、ここは妹に頼んでみる。


「はい、終わったよ!」

ささっと火をつけてくれた。

詠唱もなしで凄い!と言いたいところだが、ちょっとした火を起こすくらいなら別に詠唱なしでも不思議はない。

「おう、サンキュ」


アレから日は完全に山に隠れ、少しの星が夜空で輝いていた。


「あのさフレイ、文字教えてくれない?」

妹は「えー?なんで」と少し嫌そうに言った。


「俺もお前も地球から来たのにお前だけ難なく読めてるんだからさ、教えられるでしょ?」


「教えられるけど…そんなに難しくないよ。カタカナ感覚で覚えればいいだけだよ」


カタカナ感覚とはなんだ。


「この世界はカタカナを崩して再構築したような文字になってるの。読み方も日本語と同じように読めば問題ないんだよ。」


「なるほどね。でも言われてみれば確かにそうだな。」


「だから、頑張ってね?」


「ふざけんな」


カタカナ感覚とはそういう事だったのか。

結局妹は先にシャワーを浴びると言って行ってしまった。


って!

「おい、服はどうすんだ?!」


服なんか1着も買ってないから変えなんてないのに。

そう思ってるとシャワー室から籠った声が聞こえる。

「お兄ちゃんの可愛い妹はシャワーに時間をかけちゃうから、その間に買ってきてよ!」


あー、そういう事か…

「分かったよ。買ってくるから待ってろよ?」


今日は宿で休んでおこうと思っていたのにいきなり服を買いに行くことになってしまった。

1度下に降りて宿の店員に服屋の場所が何処かを聞いてみると、なんと隣にあると言う。


一礼した後宿の正面玄関から飛び出して左どなりの服屋に入った。

右側は男物で左側は女物が並んでいて、非常に分かりやすい。

「近くというか、隣にあって良かった。」


自分の分も無いのでさっさと適当に白いTシャツ・黒いボクサーパンツ・灰色のジーンズを左腕に抱える。

ただ女物を買うにあたって物色していたら店員に声掛けられたりしないか不安だな。

と、考えていたら店員さんが歩み寄ってきた。

フラグというフラグでも無いが、回収早くないか?


「どうされたましたか?」

近寄って方のは女性店員だった。しかも若い。

この国は若い人が多いみたいだな。

ギルドでも飯屋でもそうだったが、皆若い。


「妹の服を買いに来たんですけど、何を選んだらいいのか分かんなくて」


「それなら身長だけでも教えてもらえませんか?」

身長を教えてくれと言われたので適当に150㎝と答えた。


「ふむふむ...わかりました!少し待ってもらえますか?」


「え、えぇ」


俺が困惑気味に返答すると店員は店の奥へと入っていった。

と思っていたらすぐに手に複数衣服をもって帰ってきた。

「お客さん。妹さんにはこれがよろしいかと思います!」


店員が持ってきたのは白Tシャツ・白ブラジャー・白パンティ・紺色のジーンズだった。

まぁ、俺には何も分からないし店員がいうならそれが一番なんだろう。

俺のと妹の分を合わせて7点で16000トレだったので直ぐに支払って店を出た後は宿の部屋に戻った。



ささっと部屋に入るとバスタオルを巻いた妹がテーブル近くの椅子に座っていた。

「ん?終わってたのか」


「ちょうど終わった所だよー」


「じゃあこれ。」


服が入った袋を手渡すと自分の服だけ取り出してシャワー室で早着替えをした。

行ってすぐ帰ってきたと思えば俺に一言言いたそうな顔をしていた。


「お兄ちゃんってもしかして変態なの?」


「いきなりそんなこと言うなよ!」


「だってブラもパンツもぴったしだもん。」


あぁ、そのことか...


「それはアレだ。店員さんに聞いたら用意してくれたんだよ。」


「え、もしかして私のスリーサイズを...?!」


「言ってないし知らないよ!身長は?って聞かれたから”150㎝くらいです”って答えただけだよ。」


「ほんとかなー?」

語尾を少しだけ伸ばしながら俺が嘘を言っているんじゃないかと疑いの目でじっと見てくる。

「ほんとだよ。じゃ、俺シャワーするからな。」

俺はじっと黙って見つめる妹を無視してシャワーを浴びた。



10分ほどでシャワー室から出ると妹はベットにひれ伏していた。

「もう寝たのか。」


俺もさっさと髪を乾かし、体についた水滴を拭きとってTシャツとパンツをこの身に履いた。

そして忘れずにジーンズも履く。

完璧に装備を着用した俺は椅子に座って窓を眺める。

とくにこれと言って真新しいものが見えるということは無いが、やはり異世界の星空は常に煌びやかでないといけない。

現実の都会のように常に明るく街を照らすところでは星の美しさが損なわれてしまう。

もちろん、そこから見える星たちが”汚い”や”醜い”と思っているわけではない。

ただ、そんなに明るいところで見る必要もないんだ。


この国のように少し薄暗い方が、丁度良い。



いつの間にか町の明かりも少なくなって、夜空は一層輝いて見えた。

いや、これが本来の姿だ。


「綺麗だな。こんなに綺麗だと思う夜空はいつぶりなんだ…」

俺はテーブルに左肘を着いて左手で顔を支えるようにして窓の外の景色をずっと見ていた。


右手が自然と無意識に俺の髪の毛を触る。

俺はそれで髪が乾いた事を知った。

この世界にドライヤーなんてないと思うし、自然乾燥が当たり前になってきそうだ。


「乾いたなら寝るかぁ…」

椅子から立ち上がってベットに近づく。

ベッドには仰向けで大きく股を開けて気持ちよさそうに涎を垂らしながら寝ている妹がいた。

外見は別物だが中身は妹そのもの。

妹に欲情を抱くような馬鹿な俺ではない。

俺は妹をゆっくり壁際に転がして、空いた場所に身体を預けた。

あー。

ふかふかベットだ。

気持ちがいい。

これならすぐ眠ってしまいそうだ。

まぁ眠りたくないということではないが...


「ま、明日のことは明日考えるか...」

一度体を起こして毛布が二人に掛かるようにして、俺は妹とは反対方向に顔を向けてその瞼を閉じた。

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女性騎士に守られるのは嫌ですか? 澄豚 @Daikonnorosi

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