第8話異世界の猪肉
「お待たせしましたー!」
そう言ったのは可愛らしい店員さんだった。
・ストロンイノトゥペルのオーガニック焼き
・甘味キャルノの酢合わせサラダ
・ギュレストゥペルの野菜煮込み
料理の名前を復唱しながらテーブルに順次置かれていった。
そして彼らが頼んだ”いつもの”とやらも届いた。
「ジェイスロードさんはいつもの”ブレイスタトゥペル
それらを置いて、”ではごゆっくり!”という言葉と共に厨房へと戻っていった。
「注文してから10分も経ってないのにもうできたんですね!」
「ここはこの国では一番の人気があるからな。仕込みだって手を抜かずに頑張ってるらしいぜ。」
入店したときから思っていたが、ここは人が多い。
周りのほとんどは冒険者ばかりで、みんな飯を食って酒を飲んで笑って話してる。
一つのパーティーが退店すると扉のキィーという耳がこそばゆくなるような音共に新たな団体が入店してくる。
休憩する時間なんてありそうにない忙しそうなお店だ。
なのにこれだけの料理を10分未満で完成させるとは...料理人はかなりの腕前とそれなりの人数を雇い入れているんだろう。
「じゃあ、みんな食べよっか!」
そして一同は目の前に置かれた料理に向かって”いただきます”と言ってからそれぞれ箸やスプーン、フォークを使って食べ始めた。
じゃあ俺は最初にこの”ストロンイノトゥペルのオーガニック焼き”を食べてみようか!
香りは...いい!
網目状に焼き付いた猪肉の上にはニンニクチップがパラパラと散らばっていて、ニンニク醤油に近い香ばしい香りが鼻を通して俺の腹をくすぐる。
これは絶対おいしいとは思う。
ただ俺はこれを見てマグネスタが”お前さん、そのナリで結構食うんだな”と言っていた意味を理解した。
俺は精々猪肉が二枚焼かれて出てくるもんだと思っていたんだが、これは思っていたより4倍はデカい。
ただやっぱり肉料理と言えばこのボリュームこそが大事なんだ。
付け合わせの人参やトウモロコシより俺は肉がデカい方が好きなんだ!
俺は猪肉を左からナイフとフォークで切り分ける。
切り開いた分厚い肉の断面からは旨味が含まれた液体がジワッと流れ出す。
中に閉じ込められていた空気がもわっと顔に当たる。
一番左端の一切れをフォークで突き刺し、それを勢いよく口に入れる。
「...!」
分厚い猪肉を口全体で嚙み始めると秘められた肉汁が溢れ出す。
アツアツの肉汁が口内を火傷するほどに熱を高めていく。
”はふはふ”と口の中の蒸気を抜きながらも懸命に肉を噛み続ける。
すると今度は単純な旨味だけが舌を這いずり始めた。
肉単体の味ではなく、それを包んでいたガーリックソースと一緒に舌の味覚を震わせる。
噛んで噛んで口内で噛みちぎり、食道へと通した。
そして一言発した。
「うますぎるぞ!」
そして次の瞬間には二切れ目を口に運んでいた。
もう一度”はふはふ”としながら肉を噛み続け、旨味に酔ってしまった舌はもっと食わせろと俺の脳に訴えてくる。
舌の要望に応えるためにさっさと3切れ目を頬張った。
濃いソースが肉に絡みついて離れない。
あぁ...幸せだ。
気が付くと6つに切り分けていた肉は眼前から消え失せていた。
おそらく....いや、すべて俺が腹に収納したんだった。
付け合わせに人参とトウモロコシらしき野菜が載っていたのでそれも口に入れる。
これでメインを食したわけだが...
やはり量の問題なのか?まだ甘味キャルノの酢合わせサラダも残っているというのに食べようという気が出ない。
だが、せっかく注文したんだから食べなければもったいない。
自分より少し離れた位置に置かれていたサラダを猪肉が載っていた皿と入れ替えるようにして配置し、さっさとフォークで野菜たちを突き刺して口の中へ放り込んだ。
「おぉー!これはいい!」
ただ単に野菜にドレッシングをかけて上手いと思わせている料理ではないと一瞬で理解できた。
なぜならこのサラダには先の猪肉に勝るとも劣らない旨味を持っていながら、すごくさっぱりとした味付けになっていたからだ。
前に一度サラダの種類を調べていたことがあったが、これはオランダ風サラダというべき物だろう。
油濃かった口内が野菜を頬張る毎にさっぱりとしてくれる。
この味には脳も驚いたことだろう。
腹いっぱいでもう入らないと思っていた脳と身体が勝手に腕と手を器用に動かして口の中へ運んで行った。
運ばれた野菜たちは頑丈な歯に噛み千切られ、奥へと通されていく。
うまい。こんなにもおいしい料理が食べられたのは非常に幸運なことだ。
そして俺が頼んだ二品はすでにすべて俺の腹に収まった。
俺は一人で「ごちそうさまでした」と食事を済ませた。
舌に残った旨味の余韻に浸っていたところ、妹が声をかけてきた。
「どうタクミ、おいしかった?」
「もちろんだ。こんなにも美味い肉は初めてだ!」
「よかったね!」
妹もアルカもマグネスタもまだ食べている。
俺は少し目を閉じてこの旨味の余韻に浸っておこうかな。
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