第7話鉄腕の大男

ギルドを出たあと3人でアルカおすすめのお店を紹介された。

店名を「夜のヤジェスター」と言う。

夜のヤジェスターは城門の窓口にいたシェーンさんが経営しているお店だ。

なんでもアルカが昔からお世話になっているお店だそうだ。

きっと良い雰囲気のお店なんだろうな。



「ここがおすすめのお店で、夜のヤジェスターって言うのよ!」

店の手前まで来たところでアルカは店の看板を指さして言った。

俺の感覚ではまだ15時くらいなのに窓からは中の暖かい光が漏れだし、男たちの活気ある声が届いてくる。


アルカは「早く入ろ!」と言って1人だけ足早に入店した。


「俺達も入ろうか」


「うん!」


アルカの後に続いて俺とフレイも入店した。

すると中には何十個とテーブル席が設けられており、ほとんど冒険者たちで埋まっていたが、目の前でアルカが店の制服を着た店員と話していたので近寄ってみると丁度席の話をしていた。


「アルカ、席はどうするんだ?」


「私たちは1番奥のところにしましょう。ここでは少しうるさ過ぎるしね?」


「私もアルカに賛成ー。ちょっと耳が痛くなってきたよ…」


「大丈夫かフレイ。」

おいおい、中身は妹とは言え身体は大精霊なんだから耐えてくれよ…


「うん、大丈夫…」

妹の背中を擦っていると店員が「奥でしたらテーブル席がありますので、こちらへどうぞー!」と声がかかったので、アルカを筆頭に席へ案内された。


通路の右手に6人ほど座れるテーブル席に案内され、対面にアルカ、手前に通路側からフレイと俺が座った。


「ご注文が決まりましたら奥のカウンターベルでお知らせください!ではごゆっくり!」

店員はそう言って両手をお腹に当てて一礼したあと仕事に戻って行った。


というかこの世界にカウンターベルなんてあったんだ。

てっきり声を掛けて店員を呼ぶのかと思ったが…これは注文しやすいというものだ。

もう一度周りに目を向けてみると、天井には高そうな照明をぶら下げている。

壁にはニカっと笑いながらジョッキを持ったお姉さんの絵が貼られている。

そして目の前にはいつの間にか大剣を背負った大男がアルカを見て立っていた。


うん、誰?


男は俺たちの席に来たと思えばいきなりアルカに話しかける。

「お、よう!アルカ。ここで会うのは久しいな!」

なんだ、アルカの冒険者仲間だったのか。


「マグネスタじゃないか!久しぶり!あれから義手の調整は上手くいったのか?」

男は大剣をテーブル横に縦置き、アルカの隣に座って話を続けた。


「まだ少し調整しなきゃいけねえーな。魔物狩りの時は問題ないんだが、弱い力で物を掴もうとしても大抵のものを割って壊しちまうもんだから困ったもんだ。」

彼の左腕をみると銀色の鉄の腕がある。

それが義手なんだろう。


「あの、彼は誰なんです?」

俺が聞くと大男は"あぁ、すまなかったな"と言って俺に顔を向けた。


「俺は冒険者のマグネスタ・ジェイスロードだ。見ての通り左は義手なんだ。まぁその話は後でしようや。お前さんたちはもう決めたのか?」

おっと"義手の話は飲み食いしながら話そうや"的な事を言っているな?


「いや、俺達はそもそもここが初めてで。このお店のおすすめとかあります?」


マグネスタの方は直ぐに答えてくれた。

「ここが初めてってんならアレがオススメだぜ?」

と言って壁側に立てかけられていたメニューを手に取り、ページを数枚めくってある1つの絵を指さした。


「これだ!"ストロンイノトゥペルのオーガニック焼き"だ。ここに来たなら絶対食べるべき料理でな、熟練の冒険者もこよなく愛する絶品料理なんだぜ?」

えーと、ストロンイノトゥペルってなんなんだ?

難しい顔をする俺を察したのか、アルカは答えてくれる。


「ストロンイノトゥペルって言うのは頭に角を2本伸ばした体長3mを超える4足双角獣の事だよ。」


「デカイな…」

名前に"イノ"ってあるし連想でイノシシが出てきた。

もしかしてイノシシのデカイ版っていう風に捉えれば良いのか?

もしそうだとすればかなり美味しいはずだ!

猪肉はそのままだと臭いが気になる物だけど、しっかり臭み取りさえすれば口の中で甘くとろけだすような美味を感じる味わいを堪能できる。

それに豚肉と違って脂がしつこいと思う事もないというのが特徴だな。

まさか、最初のお店でそんな豪華な異世界飯を食えるとは...

絶対それだけでお腹いっぱいになってしまうはず!


「じゃあその、"ストロンイノトゥペルのオーガニック焼き"を食べたいな。後、飲み物とかちょっとしたサラダとかある?」

流石にステーキ肉みたいに少し厚い1枚肉が美味しそうに焼かれて目の前に出てくるだけだろう。

それだけだと腹は満たされないし、食事のバランスとしても悪い。

そう思って他のものは無いかと聞いてみたのだが…


「お前さん、そのナリで結構食うんだな!意外だぜ。いいぜ、教えてやるよ!」


なんか予想外の返答が混じって帰ってきたな。

まぁ、どうせ"ステーキ肉2枚でーす!"とかだろう?それくらいならペロッと平らげてやる。


「まずはサラダからだな。俺はサラダはあまり口に入れないが…コイツなんてどうだ?」

マグネスタはサラダのページを開いて指し示した。


「これは?」


「これは”甘味キャルノの酢合わせサラダ”ってやつで、サラダとしてはかなりの旨味がある癖して口当たりがさっぱりしてんだよ。」


「甘味キャルノって言うのはなんです?」


「それについては私が話してあげよう!」

そう言ってフレイは少し大きな胸をポンと叩いて説明し始めた。


「甘味キャルノっていうのは元々”精霊国スレマンティグ”の初代大精霊国王のスレマンティグ様が作られた野菜で季節に左右されず伸び伸びと生長するのが特徴なの!そして昔から精霊貴族達の間では僅かに滲み出る甘味とその葉のシャキシャキってする食感が人気で毎年大量に栽培されてるの!」


「あれか、要はキャベツって事だろ?」


「あー、そ、そんなところね!」

フレイ...いや、妹はなんでそこを自信満々に話せるんだ?

こっちに来た時にでも知識を植え付けられたのか?

だけど、どういう物かは分かった。

しかし知っている食べ物の名前なんかは全然出てこないな。

キャベツを見ても毎回甘味キャルノって言わないとなぁ...


「じゃあ俺は、"ストロンイノトゥペルのオーガニック焼き"と”甘味キャルノの酢合わせサラダ”を食べてみようかな?」


「お、いいじゃねーか!アルカとそっちのお嬢ちゃんはどうするんだ?」


「私は”いつもの”でいいよ」


「うーん、私はこの”ギュレストゥペルの野菜煮込み”が食べたいな!」


「よし、みんな決まったな!俺も”いつもの”頼むか!」


二人も要望を出すとマグネスタは自分の食べたいものを決めてカウンターベルを使わずに”姉さーん!ちょっとー!”といって店員を呼び寄せ、四人の注文を伝えた始めた。


「ストロンイノトゥペルのオーガニック焼きと甘味キャルノの酢合わせサラダ、”ギュレストゥペルの野菜煮込みを一つずつ。俺とアルカは”いつもの”で頼むよ」


店員は注文を復唱して厨房の方へ戻っていった。


「あとは料理ができるのを待つだけだ!その間にお前さんが聞きたかった俺の左手の事を話してやる。」

やっとマグネスタの左手についての話が聞けると思うと少し楽しみだ。


「今日は確か3月22日だったか?なら丁度2か月前の話になるな。隣国に大きな森が有るんだが、そこで運悪く幻影獣ブラッドグロゲウスと出会っちまったのさ。俺とアルカは冒険者の中でもかなりの腕利きでAランク相当なんだが、奴は俺たちがまともに戦って勝てるような相手じゃなかったのさ。アルカがヘイトを買っている隙に俺のこの大剣でぶった切ろうっていう算段だったんだが、”何か”に大剣ごと弾かれちまったのさ。俺の存在に気付いたアイツは俺をその鋭い爪で攻撃してきやがった。俺もバランスを崩してはいたがなんとか数回は持ちこたえた。ただその後俺はアイツがあの長い尻尾でも攻撃してくると思わなくてな、見事に俺の鍛え上げた左腕を吹き飛ばしていったのさ。」


「Aランク相当の冒険者でも勝ち目がないとか、なんでそのまま戦ってしまったんです?ソイツが出たという情報だけでもギルドに伝えれば...」

俺は思ったことを口にしていた。

最初から勝ち目のない戦いに挑んだところで死ぬだけなのに...


するとすぐに彼からの返事があった。


「実は俺もあの場から退きたかったさ。ただ、アルカも奴に目を付けられて退くに退けない状態だったからな。仕方なかったってやつだぜ。」

それもそうか。

確かに彼が言うことは正しかった。

仲間を見捨てるなんて事、出来るわけがない。

俺だって同じような状況なら仲間を助けようとあがくだろうしな。


「でその左手はその場で処置はしたの?かなり痛かったと思うけど」

妹の質問にはアルカが口を開いた。


「マグネスタの左腕は私が簡単に初級魔術で処置を施したわ。ただ、相手も中々見逃してくれなくて、私たちは隙を見てその場から撤退したわ。」


「私もその時居合わせればよかったなー。」


「もう過ぎたことだから気にすんなよ嬢ちゃん!」

かなりいい話を聞けたが...義手はどこで手に入れたんだろう。


「その義手はどこで作ってもらったんです?」


「ここからだとどの方向になるんだっけか、アルカ?」


「タルバットからなら南南西の方向だな。」


「まぁその方向へ行けば技進国バルゲットがあるんだが、そこの気前のいい兄ちゃんに作ってもらったのさ。頼んで一週間もしないうちに完成したから驚いたもんだ!ハッハッハッ!」

彼は軽く笑っているが、腕を無くした時点で笑えない!


「俺も今日冒険者になったのでそういう話が聞けたのは良かったです!体の一部を失うっていう事にはならないように頑張ります!」


「お、結構気合入ってんじゃねーか!気に入ったぜ!そういえばお前さんたちの名前、聞いてなかったよな?これからも世話になるかもしれねーからな。教えてくれよ」


「俺はタクミ・ヤマアラシで、隣が」


「大精霊王フルバケット2世の実妹、フレイ・フット・フルバケットだよ!よろしくね!」


「お前さんたち、タクミとフレイ、よろしくな!」


こうして俺たちの会話はひと段落着いたのだった。

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