第5話 神速ターシュリー VS 稲妻サンダース

『カチッ!』


 その刹那、世界は6秒間だけ時間の流れが1/10になった。


 時の砂時計は1分計。

 姫には何の変化も無い。

 彼女以外全てが1/10のスピードになっているからだ。

 人や植物も含めてあらゆる生物が、空気や分子も含めて光さえも、全てが1/10のスピードでしか動けない世界にターシェリーは居る。


 1分計の砂が落ち切るまで、空気も吸うことができないから、酸素ボンベが必要なのだ。

 ターシェリーにとっては1分間だが、世界から見ると、その1分は10倍に引き延ばされた6秒間である。


 1/10になった世界で動くには、空気さえも壁になる。

 だから圧倒的に早くなる訳では無いが、それでも通常の2倍3倍のスピードで動けることは確かだ。

 その中で姫は、空気分子を掻き分けて必死に走る。



 切れた!


 世界が元に戻る。

 サンダースはもう少しだ。

 奥歯のスイッチを入れ、再び時の砂時計を180°回転させる。


『カチッ!』


 サンダースを追い越し、彼の前に立ち塞がるように立ち+3フルーレを構えたところで砂が落ち切った。


「いざ、尋常に勝負ですわ!」


 俺からしたら、スペシャルタイムの間に後ろから金属鎧で体当を噛まして、ゆっくり吹き飛ぶアイツをフルーレで串刺しにしてやれば良いと思うのだが、お嬢様だからそんな卑怯な手は思い付かなかったんだろうな。

 彼女は正々堂々と敵の前に立ち塞がった。


 サンダースから見たら全身赤紫の鎧が金髪をサラサラとなびかせて超スピードで自分の横を駆け抜け、立ち塞がれた様に見えただろう。


「めちゃはえーな! たった二人でアイツらを倒して来るとは、なかなかヤルじゃねーか、お嬢ちゃん。だが俺様もちったァ名が知れた悪党だ。その俺様とサシで勝負するにゃぁちーっとばかし早まったって思い知らしてやるぜ。覚悟しな!」


 言いながらサンダースは魔鉱石が入ったずた袋をドサッと落とし、背中から二本の鎌剣ハルパーを取り出した!


 ジャケットの両袖を引きちぎってニョキっと出ている筋骨隆々たる両腕は、鎌剣ハルパーを持ってより凶悪さを演出している。


 ハルパーとは鎌剣とも呼ばれるように、鎌の様に内側に刃があり、形はフック船長の鉤爪のようにクルッと円を描いている剣だ。

 使い方は鎌の内側に手首や首を引っ掛けて掻き切るための武器だ。よく斬れるように刃が曲がっているのだ。


 ターシュリーが神速の踏み込みで突きを放つ。

 更に突く・横に振る・引く・突く・バックステップ・踏み込みの突き・フェイント・突き!


 幼少よりフェンシングをたしなんでいる姫の猛攻を、ヤツはハルパーの弧を描いた刀身を使って見事に右に左にと弾いている。パリーってヤツだな。

 腐ってもゴールドクラス冒険者ってワケだ。


「今度はこっちからいくぞぉぉぉぉ!」

 大声で恫喝した破壊者グラップラーは、その場でいきなり土下座をした!


「さーせんっっっ、したぁぁぁっっっっ!!」

 破壊者グラップラーは地面に頭を叩き付ける勢いで土下座をしている。


「へ?」

 サンダースのあまりに予想外な行動に、一瞬思考回路がショートする。 


 しかし、それこそがサンダースの狙いだ。


「バーカ!」

 彼は土下座状態から一気に立ち上がり、メタリックに輝くワインレッドな美少女の横に回り込み、その首めがけてハルパーを振り抜く。


「きゃぁぁ!」

 ガキン!!


 並のスーツメイルならヘルメットと鎧の隙間には前面からの攻撃をカバーする為に、良くて顎カバーが付いている程度。大概は布一枚だ。

 後ろ半分の防御は無いに等しい物がほとんどだ。それは重量や予算の都合である事が多い。


 だからサンダースは相手の意表をついて隙を作らせ、鎌で首の後ろを狙った。それは彼が生き延びる為に体得した技術。


 並の鎧騎士なら首を持っていかれていたであろう。


 しかし姫のスーツメイルは特注品だ。

 襟を立てているようにも見える優美な曲線を描いたカラーは、優雅さと防御力と動き易さを兼ね備えていて、細部にも職人の魂が込められている。


 金持ちバンザイ!!


『カチッ!』


 サンダースとの力量の差を悟ったターシュリーは奥歯のスイッチを入れ、躊躇無く時の砂時計を回した。

 引き延ばされた時間の中で、彼女の口の中に酸素が広がる。


 1/10のスピードでしか動けなくなったサンダースのハルパーから首を抜くのは容易たやすく、そのままおっさんの左右の太股体を突き刺して6秒を終える。白『221』白『194』


 目の前のピカピカ小娘が急に尋常ではないスピードで動き出し、自慢のl鎌剣ハルパーくぐり、何の反応もできないまま2回突き刺されてしまった。

 先刻は完璧にさばけたハズなのに、この俺様がついて行けない異次元な動きをしやがるとは、一旦全体どんな魔法を使ってやがる?


「さぁ、今度こそ観念なさい」

 姫がフルーレの切っ先をおっさんの喉元に突き付ける。


「クッソ、俺様の負けだ」


 破壊者グラップラーイナズマ・サンダースは両手のハルパーを手放し、両手を上げた。


 2本のハルパーが地面にカランカランと音を立てて落ちた。


「サンビヴァン! この者を縛りなさい!」

「ガッテン承知の助!! 」

「何なの? その返事は?」

「何だか解らないけど、口から勝手に出たっス」


 二人が会話に気が逸れた瞬間を狙って、サンダースが奥の手のスキル『電光石火』を使い、一目散に坑道の奥に逃げていった。

『電光石火』はいわゆる『縮地』のようなスキルで、ある程度の一直線な距離を瞬時に移動できる。

 たいがいは攻撃時にイニシアチブを取るために使われるのだが、


「俺様のイナズマは『稲妻のような逃げ足』のイナズマよぉ! 覚えてろよぉぉぉ!」

 声だけが坑道の奥から聞こえてきた。


「『覚えてろよぉぉ』って、本当にそんな事言って逃げるヤツ居るんだ」

「あのような汚らしいおじさまを覚えておくスペースは、わたくしの脳にはございませんわ」


「ニャァーーーン」

『彼に逃げられてしまったのは残念だったけど、残った彼らの『悪意』を吸い取ろうではないか』

 いつの間にか姫の後ろに居た、二股になった長い尻尾の黒猫【にゃにゃーん】が二人の脳に語りかけてきた。

 にゃにゃーんの首には、20センチ程に小さくなったひょうたんがぶら下がっている。

 彼女はしなやかに歩いて近づいてくる。

 二本の尻尾はピンと立って、ゆらゆらと揺れている。


「ナーー」

『さあ、このひょうたんを使うのだ』

 にゃにゃーんはターシュリーの足に自分の首をスリスリさせた。


 姫が屈んで黒猫の首からひょうたんを取り外す。


「リリース!」

 解呪の呪文を唱えてると、ひょうたんはみるみる大きくなって、120センチにもなった。

 120センチと言えば皇帝ペンギンと同じくらいだ。

 そう思うと地面に置いたひょうたんは、ペンギンの様なたたずまいだとも言えなくもないな。


「サンビヴァン、それ持ってきてちょうだい」


 大きくなった皇帝ペンギン、じゃなくてひょうたんを指差し、ロマネッティ家のお嬢様はいつもの冷たい眼で言う。

 元々が侯爵令嬢で何事も命令して人にやってもらう事が普通の状態なので、慣れない人が見ると彼女の綺麗な顔立ちも相まって、冷たく高慢ちきな女に見える様だ。

 幼少の頃からずっと一緒に過ごしてきた俺には、もちろんそんな風には見えない。

 むしろあの冷たい眼がい! ゾクゾクする。


 俺はひょうたんの上から下に掛かっているロープに肩を通し、背負う形でひょうたんを持ち上げ、向こうで気絶している盗賊たちの元に運ぶ。


 倒れている盗賊たちの近くで巨大ひょうたんを下ろし、ひょうたんの口を彼らに向ける。


「姫、準備出来ました!」


「ひょうたんよ、その者らの悪意を吸い取りなさい」


 ターシュリーがひょうたんに向かってキーワードを唱えると、口元に空気の渦ができ、やがてそれは竜巻となって4人の盗賊を包み込む。


 すると4人の体から一筋の黒いモヤが出て来てひょうたんの中に吸い込まれて行った。


「な〜?」

『随分少ない量の悪意だね?』

 にゃにゃーんは地べたに座り込んみ、後ろ脚で首を掻き掻きしながら念波(?)テレパシー(?)で語りかけてくる。


「確かに。今まで捕まえた悪人より黒いモヤの量が少ないですわね。単純に悪意を持っていないとか?」

 手頃な岩に座って優雅に+3フルーレの手入れをしながらターシュリーが言う。


 俺は1人黙々と縛り上げた盗賊4人を一箇所に集めている。


 俺が壁に寄りかからせる格好で座らせている盗賊の男どもを、下からのぞき込む形で見上げている黒猫は言った。

「にゃ~ん」

『悪意を持っていないか。なるほど確かにそうかもしれない。悪事をしている事は承知しているが、それ以上にプライドを持って仕事をしていると言う感情の方が強い様だ。実に興味深い。後日サンプルとして収集する為に発信器を埋めておこう』


 宇宙人はサラリと誘拐予告をし、盗賊たちの足に猫パンチで発信器を埋め込んでいく。


 気絶状態にある4人の盗賊は、それぞれ赤文字『1』のライフポイントを落とした。

 気絶キャラへの攻撃は例え猫パンチでも『追い打ち攻撃をした』としてカウントされるのだ。

 

 一般的なライフポイントは『3~5』で、生まれてから生涯変わることはない。

 種族によっては『2』や『8』、『10以上』も確認されている。

 『0』になると死んでしまうが、一晩寝れば最大値まで回復する。

 

「これで良し。入口に居る鉱山ギルドと、冒険者ギルドへ報告に行こう」

 俺は主人であるターシュリーに完了の報告をし、盗賊たちを置き去りにして鉱山の入口に向かった。



 

 モウモウ・ミルクとその一味は、冒険者ギルドによって警備隊に引き渡され、投獄された。

 のだが、後日全員がそれぞれの牢屋のから忽然と姿を消したそうだ。

 それぞれの牢屋の天井は、綺麗な円形にくり抜かれていたらしい。

 




 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


〈あとがき〉

 【じょえ】どぇっす。


 稲妻の様な逃げ足のサンダースと言われるだけあって、その老獪な戦いぶりにターシェリーは終始先手を取られっぱなしでしたね(>_<)


 こんな変則的な戦いをするキャラは書いてて楽しいのですが、実に作者泣かせな嫌なヤローでございます。

 そうそうしょっちゅう出て来て貰ったら困ります(笑)


 モウモウ・ミルク一味は見事にアブダクションされました。

 次出てくる時はどうなってるんでしょうか?

 私も知りたいですw

 



 ここまで読んでいただきまして、ありがとうございます。


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それでは皆様ごきげんようよう!


 皆様に幸多からんことを。


 感謝しております。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

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