エピローグ

島からボクらはどこまでも

『――こうしてチョロ助たちは、今日ものんびりお家に帰って行ったのでした』


「…はい、撮影終わり」


 カチンコの音と同時にブルースクリーンからチョロ助たちが離れていく。


「あー、疲れたあ。飲み物、飲み物」


「俺、もうカラカラがあ。お、ソーダがあるがあ。ウホッ。シュワシュワがあ」


「ちょっと、撮った映像の確認はしないのお?」


 休憩スペースで騒ぐチョロ助たちに、思わず夕の口元に笑みがほころぶ。


 ――そこは夕の自宅の一室を改築した、ガレージけん、撮影所。

 

 先日起きた出来事の後、チョロ助たちは日常生活に馴染なじみつつも、時折ときおり、夕に自分たちの【島】での生活について話をしてくれた。


 奇妙なキノコの話。声を記憶する花。

 本から出る虫。地面から出るたくさんの魚…


 それらの話はどれもが奇妙きみょうながらも愉快ゆかいな内容で、夕はそれらの話を聴くたびに、もし彼らの日常を一般の人たちに観せることができたら、どれほど楽しんでもらえるかを考えるようになっていた。



「――結論けつろんから言おう、当時の【島】の記録を一般に流すことはできない」


 それは機関のトップである、前橋博士の言葉。


 あの件以降も機関内での彼女の立場は揺るがないらしく、代わりに、何人かの政治家が汚職を機に辞職したことを夕はニュースで知っていた。


「【島】は国有のものであり、そこで撮られた映像は機密事項になる。公開することによる社会的影響は避けられず、ひいては彼らへの危険性も増すが――」


 そこまで話すと「しかしながら…」と、続ける前橋。


「例えば、彼らの外見が着ぐるみに似ていることを逆手にとり、なおかつ、話を元に再現性の高いセットを組み、そこで彼らの日常として撮影することについては問題はないと私は思っているよ?」


 ついで「その場合は、こちらの朝生くんも手先が器用だから、セットを喜んで作ってくれることだろう――できるよな、朝生くん?」と、問いかける前橋。


 それに「そうですね」と苦笑する朝生。


「俺も良いと思いますよ、それにチョロ助たちの【島】は、今も刻一刻と環境が変化していると聞きますからね。当時の記録としても使えると俺は思います」



「――やっぱりさ、当時の俺はあの家のことばかり中心に考えていたんだよな」


 そう答えるのは、次回に撮影する美術セットを組む朝生。


 今や前橋の秘書をしている彼は多忙たぼうな彼女のスケジュール管理をしつつ、時折ときおり時間を見つけてはこうして夕たちの撮影や家事などを手伝い、家族らしい会話をすることが恒例こうれいになっていた。


「どうしたら家族のためになるか。どうしたらもっと稼げるかばかりを考えて、ともかく必死にならないとと空回りをしていた…だから最初の仕事でコケたし、身につくものもつかなかったんだろう」


 そう語る朝生の横で『ねえねえ、聞いてよ!』とスマホから聞こえる声。


 みれば、夏休みに【島】で調査をしていたベルからで『やばいんだって、【島】に見たこともないトカゲが出たの!』とテレビ電話で映像を送る。


 そこには、突起が無数にある三十センチほどのトカゲがおり、彼らは二本足で直立歩行をしながら植物のあいだを掻き分けるように列をなして歩いていく。


「…早いなあ、もう新種しんしゅが出たんだな」と、夕。


「また、密猟者みつりょうしゃが入ってきそうな生物だな」とため息をつく朝生。


 聞けば、諸外国の密猟者や産業スパイが【島】に入り込むと、そのたびに島の生物の被害ひがいうそうで、朝生は彼らに駆除くじょや薬を提供する代わりに、チョロ助たちの生活費として、それ相応そうおうがく機関宛きかんあてに支払うようにしていたそうだ。


「まあ、今は落ち着いているし、彼らを養うのに十分な蓄えもあるからな…」


 そう、朝生がつぶやくなか「えー、何見ているの?」と、後ろで休憩していたチョロ助たちが映像に気づいたらしく、ドタドタと足音がする。


「はいはい、そっちの映像は後でみんなで見ていきましょう!」


 そう答えるのは今しがた風呂場でシャワーを浴びてきたポムりんで「じゃあ、チョロ助。もぐん太。午前中の撮影も終わったし、お昼を食べがてらに出かけますか」と二人に声をかける。


「うん、行こう」と、チョロ助。

「どこにいくがー?」と、もぐん太。


 それを聞くと、ポムりんは持っていたタブレットの地図をタップし「――私の希望は海辺のシーサイドレストランで食事をしてから海水浴をしたいんだけど…良いかな?」と、夕と朝生の顔を見る。


「それは良い提案だがー!」と、もぐん太。

「うわーい、浮き輪。浮き輪」と、チョロ助。


「――ん、まあ問題ないだろうな」と、それに同意する朝生。


「食事をして海水浴なら時間もかからないし、何より良い気分転換になる」


「んじゃあ、決まりー!」と言うなり、チョロ助はポムりんともぐん太と夕たちの手を取って瞬間移動をする。


 ――しかしながら、急に飛んだ先は海の上。

 

「ああ、もう。急ぐもんだから位置情報ポイントを間違えた」


 ポムりんの言葉と共に落下する一同。

 だが、足がつく前にチョロ助が「りゃ」と一声かけると割れる海。


「――水分子の位置をかえたのね」と、ポムりん。


「以前、雨が降っていた時にもしていたけど、やっぱり器用なもんだわ」


 ついで、仕切り直しの移動をしてレストランで軽い食事をし、海水浴へと出かけるチョロ助たち。


「うおー、向こうの山まで穴をほるがー!」


 そう言って砂の地面をきまくる、もぐん太。

「ほどほどになー」とその様子に夕は声を上げ、記録用のカメラを回す。


 ――画面の中で遊ぶのは、自由に遊ぶチョロ助たち。


「そういえば。先日から動画を投稿しているが、タイトルはあれで良いのか?」


 朝生の質問に「…ああ、俺は気にいっている」と夕。


「連中は【島】で生まれ、今は【島】の外で学んでいる。それは、連中が望んだことだし、その過程かていをタイトルにえたいと前々から思っていたんだ」 


「…そうか」と朝生。


「まあ、お前の満足いく出来できになるのなら、それに越したことはないさ」


 その言葉を受け、夕は画面越しに水平線を見る。


 ――そう、動画のタイトルは『とびだせ、チョロん島!』。


 主役はチョロ助をはじめとした、着ぐるみのような外見を持つ三人の仲間たちと【マモルくん】と呼ばれる塔のような生物。


 島に寄り添い、海の上へと浮かぶそれは今もチョロ助たちを見守るかのように波間の間にたたずんでいたのであった。


                                 【了】

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Island(アイランド) 化野生姜 @kano-syouga

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