第18話 乖離

 紗代の白い肌が、淡いオレンジ色の照明に照らされ、濃紺色の夜の帳に艶めかしく浮かんで見える。

 俺の動きに呼応して、彼女の双丘は激しく上下に揺れる。

 粘液質な肉を打つ音に彼女の喘ぐ声が絡み合い、妖艶な調べを刻み続ける。

 紗代は交わったまま状態を起こすと、俺を押し倒し、腰を上下に動かした。

 彼女の口元に、妖しげな笑みが浮かぶ。

 

 待っていた

 待っていた


 やっと会えた


 彼女の唇が、まるで呪詛の様に言霊を導き出した。

 紗代の声じゃない。

 この声は・・・別人の・・・でも、初めてじゃない。

 記憶の層を彷徨までもなく、俺はその声の主が誰であるのか気付いた。

 産童神だ。

 俺がそう悟った刹那、紗代の顔が産童神のそれに変わった。

 同時に、彼女の淫谷が大きく縦に裂け、その内側から溢れ出た桜色の肉襞が、紗代の名残をとどめて居た白い肌を裏打ちして巻き込んでいく。双丘が、手足が、顔が、全て粘液質な肉襞の中に納まり、彼女の頭はいつの間にか巨大な淫核に代わっていた。

 彼女はもはや紗代でも産童神でも無かった。

 巨大な女陰そのものが、俺に馬乗りになっていた。

 彼女の蜜洞から淫水が夥しく湧出し、俺の身体に纏わりつく。 

 それはまるで蜘蛛の糸の様に俺の四肢に絡みつき、体の自由を奪い取っていく。

 肉襞が淫水の糸を引きながら、大きく左右広がった。

 淫谷の奥に潜む蜜洞が大きく口を開け、俺にのしかかる。

 逃げようとしてもがく俺の四肢を淫谷の外陰が抑え込んで離さない。

 体が淫谷の中へと飲み込まれていく。

  

 気が付くと、俺はベッドに横たわっていた。

 カーテンの隙間から、朝の白い光が注いでいる。

 俺はゆっくりとベッドから身を起こした。 

 一晩中奉納の儀を奉じるつもりだったのだが、どうやら途中で寝てしまったようだで、定例祭の時とは、持久力の面で明らかに違いがあるようだ。

 紗代の姿は既に無く、俺一人がベッドに取り残されていた。

 恐らく彼女は朝ご飯の支度をすべく一足先に起床したのだろう。

 俺はベッドから立ち上がると、そばの椅子に着替えと一緒にたたんでおかれていたトランクスを履いた。昨晩ベッドの下に脱ぎ捨てたままにしていたはずだから、きっと紗代がやってくれたのだろう。

 着替えのデニムに足を通し、黒いTシャツを身に着けた俺は、居間に向かった。

 廊下を進むと話し声が聞こえて来る。どうやら染谷達も起きているようだ。

 襖を開け、居間に入る。

 と、膝までの丈の白いロンTを来た染谷とあやめが卓袱台の前に座っていた。

 卓袱台の上には目玉焼きとウインナー、定番の納豆、味噌汁とご飯を盛った茶碗がそれぞれ三組並んでいる。

 どうやら朝食にぎりぎり間に合ったようだ。

「おはようございます」

 挨拶をすると、あやめと染谷がにんまりと笑みを浮かべながら俺を見た。

「おはようございまっす。残念でしたねえ。我々今日はちゃんと服を着ておりまする」

 あやめがしたり顔で言った。

 だがどう見ても、二人ともロンTの下は何も着けていないと見た。胸のぽっちは生々しく生地に浮き出て自己主張している反面、腰回りには下着のラインが見当たらず、それだけで状況は十分に察することが出来た。

「おはようございます。朝食、間に合いましたね」

 キッチンから俺の分の料理を御盆に載せて紗代が現れた。

「すみません、遅くなっちゃって」

 俺は紗代に寝坊した事を詫びた。

「大丈夫ですよ。起こそうとも思ったんですけど、ご飯の準備が終わってからでもいいかなって思ってたんで」

 紗代はそう言うと、俺の前に朝飯一式セットを静かに置いた。

 食事をしながら、紗代から朝の御勤めについての説明を聞く。

 食事後、家の祭壇で祈祷をした後に、拝殿へ向かうとの事だった。

 家の祭壇については、今まで紗代一人で奉じていたが、これからは俺とあやめもこれに加わることになった。染谷もここに滞在する間は参加するとの事だった。

 朝食後、俺達は神事の装束に着替え、家の祭壇、拝殿の順に掃除を行い、祝詞を奉じた。

 更にお守りと御神札、御神籤の祈祷を行い、俺達はそれを手分けして社務所に運び入れた。

 大祭前にかなりの数を準備していたのだが、想定を上回る参拝者が訪れた為、在庫が一気にすっからかんになってしまったのだ。

 俺とあやめがお守りと御神籤の補充をしている間に、紗代と染谷が書置きの御朱印の準備に入る。直接御朱印帳に書き入れるものもあるのだが、二人が準備しているのは月限定の御朱印だ。あやめの提案で始めたらしく、これが結構好評で、定例祭に限らず、通常時の日祭日にはこれを求めて参拝客がそこそこ訪れるのだ。

「おはようございます」

振り向くと、受付の前に谷上が笑顔で立っていた。白いカットソーにデニムのミニスカート姿で。その後ろには久野と桐山の姿もある。

「おはようございます」

 俺は挨拶を返すと社務所を出て表に回った。

「わざわざ出て来なくてもいいのに」

 谷上は苦笑を浮かべてはいるが、嬉しそうな表情をしている。

「おはようございます。お早いですね」

 俺の後ろから紗代が三人に声を掛けた。

「私はお昼前までいるんだけど、この二人はすぐに出るんだって」

 谷上が指差すと、久野と桐山が微笑みながら頷いた。

「余り長居すると、郷から出るのが嫌になりそうでさ。自分でも希望してたし、何よりも産童神様も認めてくれた事なのにね」

 久野が名残惜しそうな表情で語った。

「でもちょっとわくわくしてます。これから、また新しい人生が始まるんですもの」

 桐山がきらきらと目を輝かせる。

「でも、何だか寂しくなりますね」

 あやめが眼を潤ませ、そっと袖で涙を拭いた。

 谷上は愛おしそうにあやめを抱き締めた。

 彼女の眼にも涙が輝いている。

 谷上は惜別の悲しみをぐっとこらえると、あやめから離れた。

「御前さん、御代さんを助けてあげてね」

 谷上はあやめの眼をじっと見つめた。

 あやめは唇を震わせながら頷いた。

「皆さん、お世話になりました。また定例祭には寄らせて頂こうと思います」

 谷上はそう言うと、俺達に向かって深々とお辞儀をした。久野と桐山もそれに続く。

「こちらこそ、お世話になりました。また、いつでもいらして下さい」

 紗代を筆頭に、俺達も三人に深く頭を下げた。

 そしてその姿が見えなくなるまで、俺達は社務所の前で彼女達を見送った。

「御前さん、私が街に戻る時も泣いてくれるかなあ」

 染谷が意地悪気に呟く。

「え、まだいらっしゃるんですよね? いっそのこと、このままここに残るってのは? 」

 あやめは真面目な表情で染谷につめ寄った。

「そんなことしたら、神様に怒られちゃう。それに占いの予約もたんまり入っているし」

「そんなあ・・・」

 あやめが悲しそうな表情を浮かべた。

「まだすぐは行かないからさ。それまで毎夜二人で飲み明かそう! 」

「うえーい♡」

 染谷の言葉に、あやめは笑顔で変なステップを刻む。

「まずい。御神酒が無くなっちゃうかも・・・」

 はしゃぐ二人とは対照的に、紗代は暗い表情でどんよりとしながらとぼとぼと社務所へ戻って行く。

 あの二人は一升瓶じゃなくて酒樽じゃないと駄目かもな。

 苦笑を浮かべつつも、俺は新たな日常の始まりを噛みしめていた。

 社務所での段取りを終わらせた俺は、紗代に谷上の手伝いに出かける旨を告げると、普段着に着替えて神社を出た。紗代には事前に伝えてあったこともあってか、昼頃帰って来ればよいとの許しを貰った。

 車を役場の駐車場に置かせてもらう。

 役場に顔を出し、夏音に声を掛けると、谷上から話は聞いていると答え、快く了承してくれた。。

 谷上の元住居に向かうと黒いワンボックスカーが止まっており、谷上が荷物を積み込んでいる最中だった。

「遅くなっちゃってすみません」

 谷上に声を掛ける。

「ううん。ごめんね、忙しいのに」

 彼女は申し訳なさそうに答えた。

「大丈夫です。どれを積めばいいんですかね」

「じゃあ、一緒に付いて来てくれるかな」

 谷上に促され、俺は家に上がった。彼女の部屋は家屋の一番奥で、十二畳程のフローリングの部屋にはベッドがしつらえてあり、書庫とクローゼットの前には、幾つもの段ボールが積んである。

「家具や電化製品は置いて行くんだけど、服が結構あってさ。伝所さんに幾つか着れそうなのあげたんだけどねえ」

 谷上が大きく吐息をつく。

「じゃあ、運んじゃいますね」

「有難う。あ、それとノートパソコンは持ってくし」

「了解です」

 俺は頷くと段ボールを抱えた。

 取りあえず一旦玄関まで運び、運び終えたら一気に車に積み込む作戦に切り替える。

 荷物は服以外にも靴が大量にあり、俺が来た時に彼女が積み込んでいたのがそれだった。

「本は置いて行くんですか?」

「置いて行くわ。みんな何回か読んだのばかりだし。伝所さんも読みたいって言ってくれたし」

「じゃあ、荷物を車に積み込みますね」

「私、車の中に乗り込むから、手渡してくれる? 」

「分かりました」

 玄関に向かうと、谷上は先に外に出て、車に後ろから乗り込んだ。彼女のワンボックスカーは前列以外フルフラットにしてあり、荷物が収納出来るようにセットされていた。

 俺は玄関の荷物を担ぐと、車まで運び、谷上に手渡した。彼女はしゃがんだ格好でそれを受け取ると、車の奥へと積み込んでいく。

 彼女に恰好は、神社に挨拶に来た時と同じで、ボトムはデニムのミニスカート。つまり、車内でしゃがんで作業すると、スカートの中が丸見え状態なのだ。それも、思いっきり足を開いて段ボールを奥に押し込んでいるので、白いパンティーの生地に隠された秘部の陰影が至近距離から飛び込んで来る。

 かえって目を逸らせるのもわざとらしいので、そのまま何気にガン見し続ける。

「これが最後です」

 最後の荷物を谷上に手渡す。

「有難う」

 彼女は荷物を車に載せると、後部のボンネットを閉めた。

「ごめんなさいね、助かったよ」

「いえ、どういたしまして」

「稀代さんさあ」

「はい」

「さっき、スカートの中、ガン見してたでしょ! 」

 谷上は意地悪っぽい笑みを浮かべた。

 またしてもばればれだ。

「えっ、あれはその・・・どうしても見えちゃってて・・・ごめんなさい」

 言い訳のしようが無かった。最初は自己防衛に走ったものの、最後は観念して頭を下げる。

「許してあげる。その代わり、もう一仕事付き合ってよ」

 谷上は腕組みしながら俺を見つめた。

「分かりました」

 俺はやむなくそう返事を返した。

「じゃあ、一緒に来て」

「はい」

 俺は彼女に従った。

 谷上は家に上がると、再び奥へと廊下を進んだ。

 俺は彼女の後を追った。

 彼女は元の自分の部屋の前まで来ると、廊下を挟んで反対側の部屋の襖を開けた。

 がらんとした部屋の中央に、祭壇がしつらえてある。

「私、祭司役だったから、この家にも祈祷の場があるのよ。それに伝所の屋号は祭司役だけじゃなく、代々氏子総代も次ぐからね。カオちゃんもこれから大変だと思うよ。稀代さん、彼女を助けてあげてね」

 谷上が真面目な面持ちでそう語った。

 役場の仕事プラス氏子総代か・・・夏音も大変な屋号を引き受けたな。

「はい。と言う事は、ひょっとして鍵田達も? 」

「陣屋と籠屋の屋号は代々氏子副総代だからね。彼女達もそうよ」

 驚きはしなかった。むしろ、やっぱりなって感じ。屋号を継ぐと元の主の仕事を引き継がなければならないシキタリを知った時、何となく予想はついていた。

「じゃあ、最後に一仕事」

「はい、何でしょう」

「奉納の儀、やろっ! 」

「え? 」

 俺は谷上を二度見した。冗談、なのか?

 違った。

 彼女は俺の腰に両手を巻き付けると、体を密着させた。

 彼女のふくよかな双丘が俺の胸に押しつぶされるほどにまで、力強くしがみ付いて来る。

 俺は彼女の唇を吸った。彼女の唇を割り、舌を絡める。

 彼女は抵抗する事無く、それに応じた。

「稀代さん、服、脱がしてくれる? 」

 彼女が熱い吐息と共に、俺の耳元で囁いた。

 俺は彼女のカットソーを脱がし、白いブラジャーを外した。束縛の無くなった巨大に双丘が目の前に躍り出る。

 俺は双丘に顔を埋め乍ら、ミニスカートのボタンをはずし、ファスナーを下げた。

 デニムのミニスカートが、衣擦れと共に太腿を抜け、床の畳にばさりと落ちる。

 俺は膝まづくと、露になった白いパンティーのウエスト部分に手を掛け、ゆっくりと下に降ろした。

 目の前の淫谷は既に淫水で溢れ、脱がしたパンティーのクロッチにも染みをつくっていた。

 俺の視線を感じ、体が反応していたのだろうか。

 パンティーを足首から抜くと、俺は彼女を立たせたまま淫谷に舌を這わせた。

 甘酸っぱい発酵臭に似た淫香が鼻孔に流れ込んで来る。

 俺はその匂いに酔いしれながら、淫核と蜜洞の入り口に舌技を施した。

 彼女は小刻みに体を震わせながら両手で俺の頭を押し付けた。

 硬く強張る淫核を舌先で激しく責め立てる。

 彼女は喘ぐと、腰を突き上げた。

 淫水が激しく迸り、俺の口内に注ぎ込む。

 俺はそれを口で受け止め、嚥下した。

 彼女は腰が抜けたかのようにその場に座り込む。

 俺は大急ぎで自分の衣服を脱ぎ捨てた。淫根がトランクスのウエストにひっかかり、反動で激しく腹を打つ。

「お願い・・・バックから攻めて」

 彼女は顔を上気させながら俺に妖しく囁いた。

 彼女は四つん這いになると、腰を下げ、尻を突き出した。

 尻の肉が広がり、彼女の淫門が露になる。

 俺は再び淫谷に舌を這わせると、その潤いを淫門にまで引き延ばした。

 淫核を舌先で弄びながら、淫門を左手の人差し指で攻める。すり鉢状の傾斜に指を這わせながら、その皺の一本一本をほぐすように、指先で優しくこねる。

 もはやこれ以上舌技や指技の活躍は不要な程に、蜜洞は十分に潤っている。

 そろそろか。

 俺は体を起こすと、淫谷に淫根の先端部を押し当てた。

 そして、一気に突き上げる。

 彼女が小さく声を上げる。

 温かい肉襞が俺の淫根を包み込む。彼女独特の肉壁の凹凸が淫根を捉え、突き上げる度に至極の快楽が俺の思考を貫いた。

 俺は快楽の渦に身を委ねると、到達点へと一気に駆け上って行く。

「もう一つの方へ、入れて」

 彼女は大きく尻を上に突き出した。

 噴火口の様に開いた淫門が口を開ける。

 俺は彼女の希望に従い、淫根を蜜洞から抜くと、淫門へと突き入れた。

 粘膜に覆われた繊細な肉襞が俺の淫根を包み込む。

 俺は腰を突き上げた。

 彼女が快楽の呻きを漏らす。

 彼女の柔らかな桃肉が硬く強張り、淫門が俺の淫根を締め付ける。

 蜜洞とは違う刺激に、俺の本能は歓喜の咆哮を上げながら一気に高まりを迎える。

 俺の淫根は、砲身を小刻みに震わせながら魂を解き放った。

 俺はゆっくりと彼女の淫門から淫根を抜いた。

「まだ、いけるよね・・・今度はいつも通りやっていいよ」

 彼女は荒い呼気を繰り返しながら、俺にそう告げると、体位を仰向けに変えた。

 彼女の言う通り、俺の淫根は衰えの素振りを全く見せず、砲口は天を向いている。

 俺は再び彼女の淫谷に淫根を添え、潤み切った蜜洞を貫いた。

 俺は動いた。

 脳が蕩けてしまいそうな快楽に打ち震えながら、激しく腰を突き上げる。

 これだよ、これ。

 これなんだよ。

 凄まじい快楽の渦に身を委ねながらも、俺は耐えた。

 砲口は巡るめく興奮を解き放ちたい衝動に身を捩りながら、必死の思いで口を閉ざしている。

 もう、限界だった。

 俺は大きく腰を突き上げる。

 砲口を震わせながら、魂が迸る。

 淫根の砲身が激しく脈打ちながら、最初に放った量を遥かに凌ぐ魂を彼女の中に注いだ。

 だが、俺の淫根は未だ萎えてはいない。

 俺は更に腰を突き上げ続け、魂を連射した後、蜜洞から淫根を抜いた。

 彼女の上に体を重ね、唇を重ねる。まだまだ限りなく行けそうだが、彼女がここを発つ都合もある。名残惜しいけど、これで納める事にした。

「よかった? 」

 彼女が微笑みながら囁いた。

「はい、本音を言うと、郷から出て欲しくないです。まだまだ残っていて欲しい」

 俺がそう答えると、彼女は寂しそうに眼を潤ませると俺を力いっぱい抱きしめた。

「私も、出たくない・・・でも、自分でそう決めちゃったんだから、今更後戻りできないのよ。それに・・・」

「それに? 」

「この郷では日常の出来事でも、外の世界じゃ非日常的な事が多いでしょ。その感覚がだんだん麻痺して来てしまっている自分が怖いの・・・だから、私ってやっぱり現実の世界でしか生きられないのかなって」

 彼女は自分に言い聞かせるかのように、そう語った。

「そろそろ行こうかな。このままだと、郷から出るのが嫌になりそうだし」

 彼女は笑顔を浮かべた。

 俺達は身を起こすと、脱いだ衣服を身に着けた。

 玄関を出た所で、出発する前に夏音に挨拶していくから一緒に車に乗る様にと彼女に言われ、助手席に乗り込んだ。大した距離じゃないので、俺は歩いて行くと伝えたのだが、遠慮しないでいいと、半ば強引に引っ張り込まれたのだ。

「稀代さん、手を出して」

「はい? 」

 意味が分からずフリーズした俺の手に、谷上は小さなメモを握らせた。

「私からのラブレター。ぜえったい、誰にも見せちゃ駄目よ」

 谷上は寂しそうな表情を浮かべながら、俺をじっと見つめた。

 眼から涙がゆらゆらと揺らめき、零れ落ちた。

 俺は彼女を抱き締めた。

 彼女は俺の肩に顔を埋めると、声を上げて泣いた。

 彼女は、本当はこの郷を離れたくは無いのだ。俺には両親が経営する学習塾を立て直す為に、自分の意志で離郷を決心したと言っていたけど、たぶん、両親に強く押し切られたのか、それとも、もっと違う事情で両親の面倒を見なきゃいけなくなって、やむなく・・・。

 プライベートな事なので、深掘りは出来ない。あくまでも俺のの想像でしかないのだけど、快活な彼女が、人知れず心の中に抱えていた悩みの一端に触れたような気がした。

「有難う、鴨氏・・・」

 彼女は俺の耳元でそう囁くと、顔を上げ、俺の唇に軽くキスをした。

「さて、行こうかな。このままだと本当に郷から離れたくなくなっちゃう」

 彼女は笑いながら車を動かした。

 役場の正面に車を止めると、その音を聞きつけたのか、建屋の中から夏音が姿を現せた。

 俺は助手席を降り、運転席側に回った。夏音は駆け寄って来ると、俺の横に並んだ。仕事上の制服なのだろうか、白いブラウスに紺のミニスカートを履いている。

「色々とお世話になりました。二人が郷民になってくれて、本当に良かった」

 谷上は車から降りると、俺達に一礼した。

「こちらこそ、色々と教えて頂き、有難うございました」

 夏音と共に俺も一礼する。

「伝所さん、大変な事もあると思うけど、宜しくお願いします」

「有難うございます。谷上さんも新生活頑張ってください。また、この郷にも遊びに来て下さいね」

「うん、来る! 来る! 縁日やお祭りの時には来るようにする! そのうち子供も連れて来るかもよ! 出来たらだけど」

「来てください! 何ならおうちに泊まって下さい。あの家、お部屋がいっぱいありますもんね」

「有難う! その時はまた飲み明かしましょ! 」

「はい、楽しみにしています」

 二人の会話を耳にしてぞっとする。ここにも酒豪が二人いたのか。

「じゃあ、そろそろ行くね! 」

「お気を付けて」

 俺は谷上に声を掛けた。

 谷上は笑顔で頷くと、車に乗り込み、役場を後にした。俺達は道まで出ると、彼女の車が見えなくなるまで見送った。

「谷上さんさ、これから大忙しみたい」

 夏音がぽつりと呟く。

「ああ、知ってる。ご両親が経営している塾を引き継ぐって言ってたな」

「うん。それと、もう一つあって・・・」

「ん? 」

「縁談の話があるって言ってたな。本人は余り乗り気じゃないらしいんだけど」

「マジか」

 初耳だった。俺とは奉納の儀の関係もあるから、言い辛かったのだろう。

 何となくだけど、今思えば、谷上は個人的に俺を意識していたような気がするし。紗代や夏音に気兼ねして、あからさまにはしなかったものの、さっきの別れ際の涙、まるで惜別を惜しむ恋人の様な素振りだったしな。

 俺の身勝手な思い過ごしだろうか。

 かもしれない。

 あの人なら、本当に乗り気じゃなかったら、はっきりと断りそうだし。

「どうしたの、ぼおっとして。賢者タイムの時みたいな顔してるよ」

 夏音が俺の顔を覗き込む。

「あ、うん、縁談の話にびっくりして」

「そっかあ、まあ、ショックだよね」

「まあね。普通に驚くよ」

「ところでさあ」

「ん? 」

「谷上さん、何色だった? 」

「今日は白だった――って、何それ!? 」

 俺は慌てて夏音を見た。

「だって、谷上さん、ミニ履いてたでしょ。あれじゃあ、荷物の片付けやってたら、絶対に見えるなって思ったし」

 夏音はにやにやと淫猥な笑みを浮かべて俺を見つめた。実は中身も拝見しましたとは、流石に絶対言えない。

「あ、俺、終わったらすぐ戻って来いって御代さんに言われているから、もう行く」

「分かった。撮影の打ち合わせとかまた後で連絡する」

「ああ。じゃあ、伝所さんも頑張って」

「うん。鴨ちゃんも――じゃなくて、稀代さんもね」

「有難う」

 俺は半ばあたふたしながら車に乗り込むと、役場を後にした。

 この話、夏音からあやめを経由して確実に紗代と染谷にも伝わるだろう。

 またまたいじられてしまう。

 あ、そうだ。

 俺は車を路肩に停め、デニムのポケットから小さく折りたたまれたメモ用紙を取り出した。

 谷上から貰った手紙だ。ラブレター何て言ってたけど、ラブレターにしてはメモ用紙を折っただけだし。余り甘い告白とかは期待しない方が良いかもだ。

 俺はメモ用紙を広げて、紙面を追った。


『稀代さんへ


  鴨ちゃん、郷民になってくれてありがとう。鴨ちゃんとは、もっと

  もっと色々話したかったかったし、楽しいことを一緒にいっぱい

  したかったなあ。アスレチック行った? あそこ、結構楽しいし

  人気のエリアだから、是非SNSで発信してね。色々大変だけど、

  元気に頑張ってね。私も頑張って新生活を楽しむつもりです。

  定例祭と大祭には必ず来るから。奉納の儀はもう無理だけど。


                         谷上より哀をこめて』


 残念ながら、ラブレターじゃないな。『愛をこめて』じゃなくて『哀をこめて』になっているし。奉納の儀は、まあ無理だろうな。郷民でなくなれば祭司役じゃなくなるし。それに縁談がうまく進めば尚更の事だし。

 俺は携帯のカメラで画像に納めた。

 こうしておけば、いつでもどこでも読み返せる。

 谷上は誰にも見せるなと言っていたし。あの時の彼女の表情は、冗談を語っている様には思えなかった。

 彼女は俺に気持ちを伝えたくて・・・でも、郷に残る俺に迷惑を掛けたくないから、あんな遠回しの文章にしたのか。携帯のメールではなく、手紙でよこしたのは、

彼女なりに思いを込めたかったのだろう。

 この手紙、人には見せられないな。特に紗代には。

 恐らく、谷上も俺が紗代に抱いている感情を見抜いているのだろう。だからこそ、この手紙を誰にも見せない様に念押ししたのだ。

 俺は手紙を車の取説の間に挟んでおいた。ここなら、まず誰にも見つからないだろう。

 俺は携帯で紗代にこれから戻ることを伝えると、車を走らせた。

 人気のない参道を抜け、住居の駐車場に車を入れる。

 社務所に戻るとそこにはあれもおらず、受付の前に『休憩中 御用のある方は呼び鈴を押してください』と書かれた看板がかかっていた。看板のそばを見ると、カウンターの上に呼び鈴のスイッチが置いてある。

 社務所自体が静まり返っているところを見ると、どうやら住居で食事をとるつもりのようだ。

 住居の向かうと、中から話し声をがする。

「只今戻りました」

 玄関から入り居間の襖を開けた。 

「お帰りなさい」 

 紗代達が、笑顔で出迎えてくれる。

 が、俺は固まったまま動けなかった。

「みんな、どうしたのその恰好・・・」

 俺は絶句した。三人が三人とも、ミニスカートにカットソー姿で昼食の支度をしていたのだ。それも、ちょっと屈めば中が見えてしまうくらいの超ミニな。何となく、わざとウエストを上までたくし上げているような気がする。

 さては夏音の奴、早速あやめに報告しやがったな。

「今日のメニューはカレーうどんだからさ。汁が飛んだら嫌でしょ! それで着替えたんだよ」

 染谷が茹で上がったうどんの湯きりをしながら答えた。

 ほんとだ。居間じゅうカレーのスパイシーな匂いがしている。

「稀代さんも其のままのがいいよ」

 あやめがうどんに汁を注ぎながら俺に忠告する。

 成程、そうかもしれない。

「稀代さん、ちょっと教えて欲しいんだけど」

 紗代がカレーうどんの丼を卓袱台に持って来ると、俺に涼し気な表情で尋ねてきた。

「谷上さん、今日何色だったの? 」


 







 


 


 


 

 

 

 

 

 




 

 



 





 

 

 

 

 






  

 

 

 

 


 

 

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