第17話 解脱

 ふと気が付くと、俺は布団の上で横たわっていた。

 神事の時に着ていた装束も脱いでおり、白いTシャツとストライブのトランクスだけになっている。

 ここは、紗代の家の、俺に割り当てられた一室。

 ここまで自力で来れた気がしない。

 参道で突然、耐え切れない位の重い睡魔と倦怠の虜囚に堕ちた瞬間から、俺にはそれ以降の記憶が全く残っていなかった。

 紗代に迷惑を掛けてしまったのかもしれない。

 俺は軽く頭を振ると、ゆっくりと身を起こした。

 あれだけ強烈だった眠気も疲れが、今は全く残ってはいなかった。

 居間の方で話声がする。

 恐らく紗代達が朝食の準備をしているのだ。

 俺は起き上がると、居間へと向かった。

 居間では思った通り、紗代達が朝食の準備をしていた。

「鴨――あ、稀代さんおはようございます。大丈夫ですか? 」

 紗代が心配そうに尋ねて来る。

「大丈夫です。有難うございます。俺、ひょっとして皆さんにご迷惑掛けました? 」 

 俺は紗代に尋ねた。

「大した事ないよ。社務所の前で気絶してぶっ倒れたから、私達で担いで運んだだけだから」

 染谷がにやにやしながら答えた。てことは、着替えも彼女達がやってくれたらしい。

 やっぱり思いっきり大した事をしでかしていたのだ。

「ごめんなさい! あの時、記憶が飛んじゃって全く何も覚えていないです」

 俺は頭を膝に着くまで下げ、みんなにお詫びをした。

「でもね、稀代さん。ちゃああんと起きてたよ。一ヶ所だけだけど」

 染谷が意味深な台詞を口にすると、紗代がそれを諫めえるかのように、こほんと小さく咳払いをした。

「稀代さん、報告があります」

 一瞬生じた微妙な空気を打ち壊すかのように、あやめが口を開いた。

「稀代さん、私、神様から屋号授かったよ」

 彼女は笑顔で俺を見つめる。

「へえ、何て屋号? まさか釜屋? 」

「残念でした! 御前です」

「御前? 」

「そう。稀代さんと同じ、新しい屋号だってさ! 」

 あやめは上機嫌だった。

 表向きは平静を保ってはいたが、定例祭の時、俺や夏音だけでなく、鍵田達も産童神から屋号の啓示を受けたにも関わらず、彼女だけがお預けを喰らっていたので、陰で気をもんでいたに違いない。

「食事、食べれそうですか? 」

 紗代が俺にそっと尋ねた。

「大丈夫。頂きます」

「食事後に、山頂までお参りするのですが、どうされます? 」

「大丈夫。行きます」

「よかった」

 俺の元気そうな返事に、紗代は安心したのかほっと溜息をついた。

 朝食後、俺達は大祭の最後の仕事である元宮への参拝に向かった。

 今回からあやめ加わり。山頂へ向かう。

 昨夜の倦怠感が嘘のように解消されており、俺の足取りは軽かった。

 体調が戻ったのを見て安心したのか、紗代達は俺に遠慮無く大量のお供え物を託す。

 まあ、いいけどね。昨晩、俺と言う大荷物を部屋まで運んでくれたのだから。

 山頂に付くと、元宮の前に人影があった。

 釜屋だ。

「釜屋さん、何を! 」

 釜屋は俺達を睨みつけると、元宮の舞台に駆け上がった。

 同時に、彼の身体に変化が生じた。

 一瞬にして黒い体毛が彼の身体を包み、全身の筋肉が膨れ上がると、衣服が音を立てて裂けた。

 信じられない事に、彼は獣になっていた。

 それも、一瞬のうちに。

 熊・・・じゃない。もっと妖めいた獣。

 鵺だ。

 俺は悟った。

 以前に宇古陀達が遭遇した熊の正体は、彼だったのだ。 

 恐らく紗代が彼に連絡を付け、宇古陀達を脅かして山頂に向かわないようにしたのだ。

「釜屋さん! 落ち着いてっ! 」

「それ以上行っちゃ駄目っ! 」

 紗代と染谷が釜屋に駆け寄る。

 刹那、二人の身体は何かに弾き返られたかのように宙を舞った。

 慌てて供物を降ろし、彼女達を抱き留める。

 俺は感じ取っていた。

 強烈な敵意を孕んだ結界が、釜屋の身体を取り囲んでいた。

 釜屋にあれだけの力があったなんて・・・。

 釜屋は怒号の叫びを上げると、拝殿の扉に手を掛けた。

 瞬間、釜屋の身体が掻き消すように消え、それと共に彼を取り巻いていた結界も消失した。

「染谷さん、御前さん、すぐに祝詞を! 稀代さんは供物を! 」

「はい! 」

 俺は拝殿に駆け寄り、供物を並べた。

 同時に、三人の巫女達が祝詞を奉じ始める。

 朝の静けさを破るかの様に、紗代と染谷はいつになく力のこもった言霊を紡いだ。

 あやめも二人に負けじと必死に言霊を紡ぐ。日々の努力の結果、彼女はあの難解なカタカムナ文字を頭に叩き込んだようだった。

 独特の旋律に紡がれたカタカムナ文字は朗々と山頂に響き渡り、荘厳な空間を築いて行く。

 俺は気付いた。

 それは、ここの所幾日か奉じられた祝詞とも、昨夜奉じられた祝詞とも異なるものである事を。

 その祝詞は一頻り報じられた後、途中から昨日まで奉られていた物へと変わった。

 奉納を終えた直後、紗代が力無く蹲る。

「御代さんっ! 」

 俺は慌てて紗代駆け寄った。

「駄目だった・・・神様の怒りを鎮められなかった・・・釜屋さんはもう・・・」

 紗代は顔を伏せ、嗚咽を漏らし始めた。

 俺は動揺を隠せないまま、染谷を見た。

 染谷は無言のまま、悲しそうに首を横に振った。

 あやめは目に涙を浮かべながら、自分の無力さを噛みしめているように見えた。

 避けた散らばった釜屋の衣服を搔き集めると、俺達は山を下った。

 憔悴し切った紗代は一人で立つことも出来ず、俺と染谷に支えられながら、ゆっくりと山道を進んだ。

 社務所に戻ると、守役、祭司役の面々が暗い表情で集まっていた。

 戻る途中で、あやめが携帯で彼らに連絡したのだ。

 状況の説明は染谷が行い、その間、彼らは無言のまま、じっと聞き耳を立てていた。

 ショックが強過ぎたのか、放心状態から抜け出せない紗代を自宅に残し、俺達は昨日の後片付けの為に拝殿に向かった。

 拝殿内の清掃が終わり、皆が参道に向かう中、染谷だけが立ち止まり、ぼんやりと神殿を見つめていた。

 俺は歩みを止め、踵を返すと染谷に近寄った。

「染谷さん・・・」

 声を掛けると、染谷はゆっくりと振り向いた。

「釜屋の兄ちゃん、神殿の前で裸で寝てたら、股間踏みつけやろうと思ったんだけど・・・いなかった」

 染谷の眼に、ゆらゆらときらめくものがあった。

 彼女の眼から、大粒の涙が零れ落ちる。

 俺は彼女を抱きしめた。

 彼女は、倒れ込むように俺の腕の中に飛び込むと、声を上げて泣いた。

 皆の前では、強い一面を前面に出してきた彼女だ。紗代が狼狽し、自分を見失った時も、気丈に振舞って紗代を支えて来た。

 今までも多分。

 彼女も無理をして来たのだ。

 今、拝殿にいるのは俺と染谷の二人だけだ。

 存分に、泣けばいい。

 俺は無言のまま、彼女を抱きしめ続けた。

 ひとしきり泣くと、落ち着いたのか、彼女は漸く顔を上げた。

「有難う。ごめん、もう大丈夫」

 染谷は俺から離れると、袖で涙を拭った。

「行きましょうか」

「うん」

 俺が声を掛けると、彼女は静かに頷いた。

 拝殿後にし、参道に出る。

「染谷さん・・・」

 俺は迷った挙句、彼女に声を掛けた。

「分かってる。私も稀代さんと同じ考え。みんなの前じゃ言えないけどね・・・でも多分、みんな気付いていると思う」

 俺の態度で察したのか、染谷は言葉を選びながら、そう答えた。

 俺は黙って頷いた。 

 染谷も気付いたのだ。

 結界を破ったり、死霊達を隔離した結界内に忍ばせたのは、釜屋で間違いないだろう。

 彼がそのような行動を起こすに至ったいきさつ・・・それを考えると、辛いものがあった。

 恐らくは、自分の屋号を継ぐ者がいなかった事への腹いせだろう。

 広い世界へ飛び出そうと考えていた彼の希望と夢は、郷のシキタリに潰されたのだ。

 彼は俺に屋号と陶芸を継がせたかったのだ。が、神の啓示でその望みが断たれ、やり場のない、抑えきれない怒りの衝動を、俺にぶつけようとしたのだ。

 八つ当たりも甚だしい。

 でも俺は、彼を責める気にはなれなかった。

 恐らくあの時だと思う。彼が、俺に対する嫌がらせをしなくなったのは。

 俺と夏音が御山巡りをしていて、ばったり彼と出くわせた時、俺は彼に陶芸を継ぐ事を申し出たのだ。そうすれば、彼も希望通り郷外に旅立つことが出来るし、俺もこれからこの郷でやる事が決まっていなかったから。

 俺が釜屋にそう伝えた時、彼の表情からとげとげしさが消えた様な気がしたのだ。

 それこそ、憑き物が落ちた様な感じ。

 結局、屋号を継がなければそれも無理だと分かったのだが、それでも彼の表情は何だか晴れ晴れしていたような気がする。

 彼もきっと、その時に気付いたのだろう。

 怒りの矛先は俺に向けるべきではない事に。

 最終的に彼が選択した決断は、産童神への直訴だったのだ。

 俺達が参拝するタイミングに合わせてあの行動をとったのは、恐らく数々の不可解な怪異が、自分の仕業だと俺達に気付かせる為だったのかもしれない。

 紗代も染谷も、彼があの行動をとった時、全てを察したのだ。

 染谷の話を聞いた大鉈達も、恐らくそう思ったのだろう。

 それ故になのだろう。誰一人、その事には触れようとはしなかったのだ。

 社務所まで戻ると、皆、参道の掃き掃除に勤しんでいた。

 遅れて加わった俺達を咎める者は誰もいなかった。

 皆、気付いているのだ。

 染谷も紗代同様、心を苛まれている事に。

 伝所――夏音が染谷にそっと話し掛ける。

 染谷の目が潤み、彼女の方に顔を押し付けた。

 俺は見ていない振りをしつつ、参道の清掃に加わった。

 清掃が終わると、皆互いに労を労い、家路についた。

 元伝所の谷上、元陣屋の久野、元籠屋の桐山は、明日、この郷を発つそうだ。

 また明日、改めて挨拶に来ると言う。

 その日の夜、祭司役と守役の主要メンバーが紗代の家に集まって、ささやかながら送別会を開くことになった。

 釜屋の件もあり、憔悴した紗代と染谷を気遣ってか、谷上達は断りを入れて来たが、二人の強い要望もあって、取り行う事となった。

 食材とメニューは紗代から聞いていたので、紗代と特に染谷には谷上達との会話を楽しんでもらう事にし、新伝所、新陣屋、新籠屋と御前、そして俺で調理を担当することに。

 揚げ物や焼き物は彼女達に任せ、俺は生もの担当としてお造りに全力を注いだ。

 この郷唯一のスーパーからの差し入れや、郷民達も色々と飲み物やら食材やら差し入れてくれた為、ささやかなはずの宴会が、かなり豪奢なものへと変貌することになった。

 また、役以外の郷民も飛び入りで参加するものも出てきたため、客間やら応接室やらの襖を外しての大宴会となった。

 参加者の送迎を心配していたのだが、参加する郷民の中に何人が下戸の方いると言う事で、俺自身も安心してアルコールを摂取した。

 程よく酔いが回った頃、俺はトイレに立ったついでに外に涼みに出た。

 夜空に、満月が浮かんでいる。

 満天の星空に浮かぶ月の白い光は、跋扈する闇の勢力を抑え、旅立つ三人のこれからの人生に、静かなエールを送っている様に見えた。

「稀代さん、ここにいたんだ」

 背後から、谷上が近付いて来る。

 紺色のワンピースが、月の光を受けて白く輝いている。

 彼女も酔い覚ましに来たのだろうか。白い肌がほんのり朱に染まっている。

「染谷さんと御前さんは化け物ね。あの二人のペースについて行ったら死んじゃう」

 谷上は苦笑を浮かべながら、ハンカチで額の汗を拭った。

「あの二人は別格ですね。鋼鉄の肝臓の持ち主だから」

 俺は躊躇することなく彼女に同意した。

「何だか体調悪そうでしたけど、大丈夫した? 」

 俺は谷上を見つめた。

 宴会の最中、時折頭を振ったり、顔を顰めたりしていたのだ。

「うんちょっとねえ。大祭の後だから、疲れが出たんだと思う。片付けしてても、途中で『私、何してたんだっけ? 』ってなることあるもんね」

「惚けるのにはまだ早いですよ」

「うーん、もうヤバいかも――って、まだそんな歳じゃないし」

 谷上は眼を細めて笑った。

 確かに、みんな疲れているのだ。俺なんか終わった直後に気絶してぶっ倒れていたし。

「稀代さん、明日、少し時間とれる? 」

 谷上が声を潜め乍ら俺を見つめた。

「たぶん大丈夫ですよ」

「じゃあさ、朝、御代さん達に挨拶に来るから、その後一緒に付いて来てくれない」

「付いて来てって・・・谷上さんの御実家に? 」

「違うわよ! まあ、来てもいいんだけど・・・そうじゃなくて、今まで住んでた家によ」

「いいですよ。何かお手伝いする事でもあれば」

「ありがとう! 約束だよ! 」

 谷上は嬉しそうに笑顔を浮かべると、宴席へと戻って行った。

 俺も色々とお世話になっているし、最後くらいはお手伝いしないと。

 本音を言うと、まだまだこの郷に残って欲しいんだけど。

 本人の希望でもあるからな。無理に引き留めはしないけど。

 正直言って残念だ。色んな意味で。

 宴会は夜の十時にはお開きになり、皆、家路についた。

 ただ染谷とあやめの二人はまだまだ終わる気配は無く、俺と紗代で洗い物を始めても、場所を居間に移動し、残り物の揚げ物と漬物をつまみながら、一升瓶を抱え込んでちびりちびりと続けている。

「御代さん、二人に店じまいするように言います? 」

 俺達が片付け始めたら、流石にお開きにするものだと思ったのだが甘かった。

 二人はもはや完璧に二人だけの世界に入ってしまい、カタカムナがなんだかんだとかなりディ―プな話をおっ始めている。

「まあ、呑ませてあげましょう。あの二人にも苦労を掛けていますから」

 紗代は嫌な顔一つせず、二人の無礼講を許していた。

 彼女も朝の状況からかなり立ち直っており、表情にも明るさを取り戻している。

「御代さん、ちょっとお願いがあって」

「何でしょう? 」

「伝所・・・じゃない、谷上さんから出発前に家に来てくれと頼まれまして。多分荷物の積み込みだと思うんですけど。言ってきていいですか? 」

 俺は紗代に許しを請うた。

 今まではボランティア的な感じでお手伝いしていたのだが、今後は職員として正式にお勤めすることになったのだ。だから営業時間内ならば、業務内外に関わらず、外出をする時には、必ず上司の許可がいる。

「大丈夫ですよ。神社の方は暫く暇なんで」

 紗代は快く了承してくれた。何ていい上司なんだ。

「稀代さん、洗い物品柄で悪いんだけど、お仕事に話をしていい? 」

 紗代が控えめな口調で俺の様子を伺う。

「いいっすよ」

 俺は拒む素振りを一切見せずにこれを受け入れた。

 紗代の話では、朝の奉納から始まる神事を彼女を一緒に取り行い、その後は社務所に詰めて参拝客の対応をして欲しいのだそうだ。

 他にも規模は大きくないのだが、神社で所有している畑と水田があり、合間を見てそちらの面倒も見て欲しいとの事だった。

 また、時々郷外に出る用事もあると言う。

「御代さんも郷の外に出る事があるんですか? 」

 俺がそう尋ねると、彼女は眼を輝かせた。

「月に一回、有るか無いかですけど・・・楽しいですよね。都会の方は此処にないものが沢山あって。ここは流行とかってあんまり関係ないですから」

 彼女の答えに、俺はなんとなくほっとしたような気がする。トレンドが気になるって事は、根っこは現代っ子な訳で、言葉にこそ出さないが、いつまでもここで隠匿するつもりはないのだろう。郷民もある程度ここでの生活を経ると卒業するのだから、彼女も同様の人生を送るのだと思う。

 テーブルを見ると、残り物が入っていた皿が空になっていたので、そそくさと片付ける。

 つまみが無くても酒があれば二人は平気らしく、互いにコップに日本酒を注ぎながら、胡坐をかいて座り、楽し気に会話をしていた。

 二人とも組んだ脚の間から白いパンティーが丸見え状態になっていたが、当の本人達はそんな事どうでもいいようで、俺がガン見しようが全く無関心だった。

「お風呂に行きましょうか」 

 食器を洗い終えた俺を、紗代が誘った。

「はい」

 俺は頷き、自室に着替えを取りに向かう。

 温泉に向かうと、すぐ後ろを紗代が付いて来た。

 今日も一緒に入浴するつもりのようだ。

 脱衣所に入ると、彼女は躊躇することなく衣服を脱ぎ始めた。

「稀代さん、奉納の儀は別に祭りの時だけって訳じゃなくて、普段の日もやっていいんですよ」

 紗代はそう言うと俺の唇に唇を重ね、体を密着させた。

「今日は急ぐ必要がないから、ゆっくりできますね」

 彼女が俺の耳元で妖しく囁いた。

 その後、俺達は事を終えると、湯船にじっくり浸かり、温泉を後にした。

 居間に戻ると、既に染谷とあやめの姿は無く、空の一升瓶だけが卓袱台の横に転がっていた。

「流石にもう寝たのかな」

 俺は空の一升瓶を拾い上げ、部屋の片隅に置いた。

「寝てないみたいですよ」

 紗代は聞き耳を立てながら答えた。

 確かに、隣の部屋から二人の妖しい息遣いと呻くような声が聞こえる。

「お風呂にも入らないで始めちゃったみたいね」

 紗代が呆れた表情で呟く。

 呆気に取られて立ちんぼ状態の俺の手を、紗代がそっと引いた。

「私の部屋へ行きましょう。二人きりだから、祭壇の部屋でなくても大丈夫ですし」

 紗代に手を取られ、俺は居間を後にした。

 暗い廊下を進み、俺の部屋の前を通過。いくつかの部屋を通り過ぎた後、徐に立ち止まる。

「どうぞこちらへ」

 紗代は部屋の襖を開き、灯りを付けた。

 LEDの白い光が、部屋を我が物顔で跋扈していた闇の粒子をすみへと追いやる

 十畳くらいの部屋には和箪笥と鏡台、本棚が並び、部屋の中央には丸いローテーブル、壁側には中型のテレビが置かれている。

「寝室はこちらです」

 紗代は部屋の奥の襖を開け、照明をつけた。

 オレンジ色の柔らかな光が、部屋に安らぎの時を齎していく。 

 六畳ほどの部屋を、ピンク色のカバーが付いたダブルベッドと、パイン材でできた明るい色調のクローゼットが埋め尽くしている。

「私、寝相が悪いんで、これくらい広くないと、寝ている最中に落っこちるんです」

 紗代は顔を赤らめながら、恥ずかしそうに口元を両手で覆った。

 たぶん、それだけじゃない。

 あやめや染谷とここで朝を迎える事もあるんだと思う。

 彼女は隣の部屋の照明を消すと襖をそっと閉めた。

 直後に刻まれる衣擦れの音。

「行いましょうか。奉納の儀を」

 全裸になった紗代が、俺をベッドへと誘った。


 

 

 

 

 


 

 

 


 


 





 

 



 

 

 




 


 

 


 



 




 



 

 

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