第16話 淫祠

 大祭一週間前。郷民達は一時封印していた屋台のシートを外し、セッティングに朝から大わらわだ。 

 大祭は定例祭と違い、前祭が五日間もある。当然、その為の準備増える訳で、早々に進めてはいくものの、直前での忙しさは毎年変わらずとの事だった。

 俺と夏音は朝から社務所に入り、御札やお守りの補充、染谷と伝所は御朱印の書置き分と大祭限定の御朱印帳の準備で、息つく暇もない程だ。染谷はこちらの段取りが付いたら、紗代と一緒に祈祷の準備に入る為、後は守役の面々が交代で社務所の応援に入ることになっていた。

 大祭は年一回の大きな行事だけに、定例祭以上の参拝客が訪れるらしい。

 駐車場を少しでも参拝客用として確保するために、俺はテントをたたみ、神社内の紗代の居住区にある駐車場に車を置かせてもらう事になった。

 住まいも住居が決まるまで、紗代の家の一室を間借りすることに。

 俺としては、この先このままでもよいのだが。

 いっぱいになるのは駐車所だけではない。

 陣屋と籠屋から聞いた話では、ペンションやバンガローの予約がいっぱいで、今年から始めたという湖畔のキャンプ用も満員御礼だそうだ。郷の入り口から神社に行く途中のキャンプ場や温浴施設も宿泊客が溢れかえっており、郷外に宿泊して、そこから観光バスで来るツアー客も大勢いるとの事だった。

 結局、準備は途中夕食を挟んで夜の九時頃までかかった。

 作業を終えた紗代達が入浴するというので、俺は夜風に当たって来ると告げ、家を出た。一緒にどうかとの声も上がったのだが、温泉で乱射しそうなのでやめておくと伝えておいた。

 参道の燈明には灯りが灯り、静まり返った夜の神社に柔らかな時空を描いている。

 灯り一つでこうも違うのだ。

 幽玄と荘厳と畏怖の表情を醸す夜の神社に、不思議な安堵感を齎す仄かな灯りを眺めながら、俺は境内の中程まで進んだ。

 静寂な夜気が、俺の身体に絡みつくように忍び寄る。

 御山巡りで見た六柱の龍神達。

 決して幻なんかじゃない。夏音も見ているし。

 彼らは、確実にそこにいた。

 俺達に何かを伝えようとしたのか。その割には身じろぎもせず、じっと俺達を見下ろしていた。

 あの日から、俺と夏音は、産童郷や産童山の地理や地質から方位に至るまで、ありとあらゆる視点から調査を進めた。

 神社や郷の図書館所有の、この郷の史記や風土記に関わる書物や文献からは今まで以上に得られるものは無かったが、ネット情報を頼りに、他の方面から踏み込んだり、切り口を変えるだけで、漠然とではあるが色々と見えてきたような気がする。

 御山巡りのコースにある六個の巨大な岩。あれは伝所の言った通り、本当に元々あったものだった。あったという表現も正しいかどうかわからないが、あれは産童山の一部らしかった。昔、某大学の地質学者が調べたところ、それぞれの岩は、山の岩盤の露出した部分が風雨によって長い時間を掛けて侵食され、硬質な部分だけが残り、現在の姿になったらしい。だから、ごろんとした岩がのっかっているのではなく、土砂に埋もれて見えないものの、山の一部が突き出した様な形を成しているのだ。それ自体はさほどでもないのだが、六ケ所にわたって、しかも等間隔に位置しているのが珍しいらしい。

 まるで産童山自身が意志を持ち、宇宙のエネルギーを取り込もうとして、六芒星を配したように思えてならない。

 俺達が調査した事は紗代に報告し、許可を取り付けてSNSに配信したところ、驚く程の反響があり、再生回数が半端ない数字を叩き出した。

 流石に龍を見た下りは証拠が無いので配信しなかったが。

 その影響だろうか。大祭前にもかかわらず、参拝客がぐっと増え、特に宇宙のエネルギーを授かろうと御山巡りをする人々の数が尋常ではなかった。

 俺達も時間が許す限り参道の整備や社務所の応援、ハイキングコースの警備に就いたので、想定外の忙しさに見舞われていた。

 ひんやりとした夜気を貫き、張りつめた糸の様な緊張が四方に広がっている。

 紗代と染谷が張った結界だ。

 張る瞬間以外は肉眼で捉える域までは達していないものの、その存在は感じる事が出来る。

 もし何か邪念を抱くものが触れれば、時空に更なる緊張が走り、施術した者に波動となって伝わるらしい。

 だが幸いにも、あの日以来結界に触れる者は現れなかった。

 紗代達の力量におののき、諦めて立ち去ったのか、それとも今は息を潜め、虎視眈々と隙を狙っているのか。

 俺としては前者であって欲しいが、紗代達の考えはあくまでも後者だった。

 昼間は守役が目を光らせ、夜は紗代と染谷が結界を張り、相手の出方を探る――それが、俺達が得体の知れない者に対してとった作戦だった。 

 昼間、紗代と染谷が神事で体に宿した神気を、結界に転じて夜の防御を担うのだ。

 相手の目的が分からないが故に、手を打とうにも守役を分散しなければならず、非常に効率の悪い対峙策とは言えた。

 相手が、隙を狙って俺達を監視しているなら。

 もしターゲットが俺なら。

 狙うのは今だ。

 俺はゆっくりと周囲を見渡した。

 俺が混浴を断り、外に足を運んだのは、それを確かめる為だった。

 あまり考えたくないのだが。

 染谷の結界の罠を破いたり、紗代達が施術した結界内に、彼女達が気付かないうちに結界を新たに施術したりと、この郷で最高位の「神乃御力」を宿す二人の力を無力にするほどの能力者だ。

 しかも、その人物はこの郷の中に居る――そう考えるのが自然だった。

「鴨ちゃん、お風呂どうぞ。みんな上がりましたから」

 俺は振り向いた。

 背後に、紗代が立っていた。巫女装束ではない。夕食の時と同じく、グレイのカットソーにデニムのミニスカート姿で。

 いつの間に――。

 声を掛けられるまで、気配が全く感じられなかった。

「あ、有難うございます」

 俺は慌てて紗代に礼を言った。

「鴨ちゃん」

「はい? 」

「自分を囮にしようとしたでしょ」

 紗代が俺の眼をじっと見つめた。

「ばれてました? 」

「ばればれです」

「ごめんなさい。ひょっとしたら、自分が狙われているんじゃないかと思って・・・」

「どうして? 」

「そのう・・・言い方ちょっと変かもですけど、俺を妬んでいる人がいるんじゃないかと」

 俺は言葉を選びながら彼女に語った。

「妬むって・・・」

 紗代が眉を顰める。

「突然現れた訳の分からない奴が神様に気に入られ、守役と祭司役両方のお役目を与えられ、神社の御祭り毎に、その――複数の美女相手にいたしてるって、そりゃあ普通に妬む奴の一人か二人位はでてくるでしょ」

 俺は紗代に、俺なりに感じた思いを伝えた。

 俺の話を聞き終えると、紗代はくすりと笑った。

「鴨ちゃん、この郷にはそんな人、いませんよ」

「えっ? 」

「この郷の人々は、みんな自分の屋号とお役目に誇りを持っていますから。他人を妬む人なんて絶対にいませんよ」

 彼女は俺の眼を見ると、はっきりと言った。

 俺は言葉に詰まった。

 紗代は、郷民を心から信頼しているのだ。

 そんな彼女に俺が見せた郷民への猜疑心は、言葉にしてはならない禁忌の領域だったのかもしれなかった。

 何となく気まずい空気が流れる。

 冷静に考えれば、最も怪しいのは四方だろう。

 事実、四方が立ち去って以来、郷に怪異は起きていない。

 郷民以外であれだけの術を使う人物だ。染谷の結界を破る事も出来そうだ。

 ただそうなると、湖畔で起きた菅嶋達の死霊の件はどうなる?

 あれも、四方がやったのか?

 何の為に・・・そうか。

 彼は疑っていたのだ。菅嶋は事故死ではなく、何者かに殺されたのではないかと。

 金をしつこく無心し、挙句の果てには風俗に売り飛ばす事も企んでいた菅嶋から、元カノ二人を守るために、俺達が彼らを殺害したのではと。

 菅嶋の死霊を出現させれば、恐怖の余りに狼狽えて犯行を自白するのではないかと。

 思えばあの時、四方達がペンションを後にしたタイミングが微妙だった。

 俺達が奴らに怯えて死霊達に謝罪するシーンを抑えるなら、あのタイミングがベストだ。

 彼の誤算は、俺が亡霊化した菅嶋達をぶっ倒してしまった事。それで計画は頓挫してしまったのだ。そこで今度は他の輩達の死霊を召喚し、俺達を襲わせたのだが、宇古陀のカメラが思いも寄らぬアクシデントを招いてしまったため、これも失敗に終わった。

 彼自身の驚き様から、そこまでは想定していなかったように思える。

 否、あれだけの霊力の持ち主だ。カメラに宿る妖気を見逃していたとは思えないし、何かしら起きる事は予期していたのかもしれない。ただそれが想像の域を越えたものだっただけなのだ。

 恐らくそれは、紗代の『神乃御力』についても言える事だ。

 黒龍神を召喚し、夥しい亡者の群れを一瞬のうちに昇華させた彼女の超絶した力を目の当たりにして、彼はこれ以上深掘りすると自分の身に危険が及ぶと悟ったのではないか。

 あえだけ紗代にしつこく菅嶋の事を追求していた割には、幕引きは異様にあっさりとしていたのが、何となく妙には感じていたのだ。

 さわらぬ神に祟りなし――恐らくそれが、四方の出した答えだったに違いない。

「さ、早く温泉に行きましょ。みんな待っていますから」

「は、はい」

 彼女にせかされ、俺は温泉へと向かった。

 脱衣所に入ると、何故か彼女も一緒に付いて来る。そして、俺の眼を憚ることなく服を脱ぎ始める。

「私もお風呂まだなんです」

 呆気に取られている俺に微笑み掛けながら、彼女はそう言った。

 俺も急いで服を脱ぐ。

 もたもたしていたら、この場で奉納の儀を始めてしまいそうな俺だった。

「鴨ちゃん」

 湯船に向かおうとした俺を紗代が呼び止めた。

 振り向いた刹那、彼女の唇が俺の唇を奪う。

 柔らかな双丘が俺の胸で押しつぶされる。

「あちらじゃ中々順番が待ってこないから」

 彼女は唇を離すと、俺の耳元でそっと囁いた。

 彼女の妖しい囁きが熱い吐息と共に鼓膜を震わせる。

 俺は彼女の唇を吸った。

 脱衣所が、淫猥な芳香で満たされていく。

 俺は本能の雄叫びを解放した。

 触れ合う肌の温もりが、俺の魂から理性を奪い去っていく。

 俺はトリガーを引いた。

 夥しい魂を、俺は彼女に捧げた。

 覚醒した意識の拍動が、激しい旋律を刻む。

 彼女はゆっくりと俺から離れた。

 今までにないシチュエーションに、俺の意識の高揚は半端無く、一気に駆け巡った興奮の絶頂は、凄まじく激しい魂の咆哮で幕を閉じた。

「続きは、後でね」

 紗代はそう言うと、俺の唇に軽くキスをした。

 俺達は大急ぎで洗い場に行き、体を洗い流した。そして湯船に一瞬だけ身を沈めると、すぐに上がり、脱衣所へ向かった。

 風呂場での滞在時間は、この前、染谷と混浴した時のおよそ半分位か。

 まあ、脱衣所の時間は別にして。

 彼女はタオルで濡れた体を拭き取ると、以前もそうしていたように、下着を付けずに白いワンピースだけを身に着けた。

 俺はただバスタオルだけを腰に巻き付ける。

 次の発射指令を待つ俺の高射砲は、バスタオルを持ち上げ、これから挑む長い戦いに挑む意志を高らかに掲げていた。

「行きましょうっ! 」

「はいっ! 」

 俺が声を掛けると、紗代は気合たっぷりの声で返した。

 足早に温泉を後にし、紗代の家に上がる。

 家はひっそりと静まり返っている。

 だが、玄関に入った瞬間、あの独特の淫香が俺の本能を刺激する。

 静まり返った夜気に紛れ、微かに感じる人の気配。

 静寂の中に蠢く怪しげな息遣いが、夜更けの闇に淫猥な旋律を刻んでいた。

 俺達は滑るような足取りで、屋敷の一番奥の部屋まで進んだ。

「遅くなりました」

 紗代が静かに声を掛け、引き戸を開けた。

 刹那、俺は、言葉を失った。

 目の間に、伝所が染谷と身を重ねていた。

 伝所だけじゃない。

 陣屋も籠屋もいる。そして鍵田と辻村も。

 勿論、あやめと夏音もだ。

 言うまでも無く、全員全裸で絡まり合っている。

 脱衣所で紗代が言っていた順番が回ってこないの意味が、漸く分かった。

「遅かったじゃない」

 伝所が淫猥な笑みを浮かべながら俺と紗代を見た。それ以上の追及はしなかったが、俺達がした事は全てお見通しのようだった。

「郷を去る身だから、どうしようかと思ったんだけどね。この前、鴨ちゃんが私のスカートの中を覗いてたから、私と奉納したいのかなあって思ってさ」

 ばればれだったのだ。俺がどんな目で彼女を見ていたのか。

「ごめんなさい! 」

 俺は頭を下げて謝罪すると、彼女に突進した。

 「鴨ちゃんお願い・・・次は私と」

 陣屋が俺を厚い眼差しで見つめている。

 普段清楚なイメージの強い彼女の表情に、拒む理由は無かった。

 俺は伝所から離れると、陣屋に体を重ねた。

 陣屋の次は、籠屋、その次は鍵田、そして辻村、夏音、染谷と奉納の儀を交わし、ようやく紗代の元に戻る。

「ね、私の言った通りでしょ」

 紗代が俺の耳元で悪戯っぽく囁いた。

 その日は、今までになく最高にハードだった。

 俺は彼女達の間を入れ代わり立ち代わり、泳ぐように彷徨いながら、奉納の儀を遂行した。

 野鳥の囀りを聞きながら紗代の中で咆哮を上げたのを最後に、奉納の儀は終了した。

 この日を皮切りに、俺の耐久レースが幕開けとなった。

 俺だけじゃない。紗代達もそうだ。

 定例祭の時は無かったのだが、大祭の時は、前祭五日間と本祭、そして本祭明けの朝、日の出と共に山頂の元宮に出向き、お供え物と祝詞を奉じるのがシキタリだった。

 例年、この神事は紗代と染谷で奉っていたのだが、今回は俺も加わる事になり、お供え物と御神酒を運ぶ役目を担う事になった。

 ひょっとし山頂で朝からまた奉納の儀かと期待したのだが、残念ながらそれは無かった。

 お供え物と祝詞を奉じた後、紗代に元宮の裏手にある御神川の源泉を見せてもらった。

 見ると、苔むした岩の間から、澄んだ清水が染み出ており、これが源流となって最後に産童湖に注いでいるとの事だった。

 染谷が言うには、もともとあった土着の自然神崇拝は、この源泉から始まっているのではないかとの事だった。

 確かに、水は高所から低所に流れるもの。それが山頂から湧き出すのを見て、古代の人々は自然の驚異と神聖な畏怖的な何かを感じたのではないか。

 水は生命を成す源泉――そう考えればそうかも知れない。

 それ故に、知らず知らずのうちに、人々の関心を集め、信仰されるようになったのか。

 それは、母なる大地への母体回帰に繋がるものなのかもしれない。

 紗代が話していた通り、参拝客は前祭初日から定例祭の倍以上の人々が訪れ、昼休みもろくに取れないまま、夜の八時頃までぶっ通しで作業に勤しんだ。夜は夜で灯篭の灯りを見に訪れる参拝客も多く、参道を歩む足音は深夜まで絶え間なく続いた。

 それでも、奉納の儀は遂行しなければならない。

 でもその点は、体力的には疲労感も倦怠感も全く無く、まるでいけない何かを体内に取り込んだかの様に高揚した状態が続いているので、全く問題は無かった。

 その夜、再び俺は祈祷部屋の前で言葉を失う事になった。

 今度は祈祷時の和楽器部隊と受付部隊十名も新たに加わることになったのだ。

 つまり、合計十八名を相手に奉納の儀を奉ることになったのだ。

 俺はもはやマシーンだった。

 決して果てる事の無い、他人から見たら裏山状態の日々を、俺は走り抜けた。

 大人数を相手にして、ふと気付いたことがある。

 この郷の女性陣は、皆、アンダーヘアーを綺麗に処理しているのだ。確か産童神もそうであったから、ひょっとしたらこれもシキタリなのかもしれない。

 超多忙な日々が過ぎ、漸くこの日が訪れる。

 大祭本祭の夜。

 もう少しで日が変わるという時合に、俺達は拝殿に集まった。俺達は前回同様最後に入殿した為、また戸口での立ち見を余儀なくされるかと思ったのだが、俺と夏音、鍵田、辻村の四人は紗代に祭壇前まで来るように呼ばれ、最前列に移動した。見ると、あやめも既に最前列に控えており、緊張した面持ちで鳴り物の鈴を手にしている。

 この日も、定例祭同様、郷民全員が拝殿に集まると、静かに紗代の祈祷が始まるのを待った。

 彼女は郷民に一礼後、ゆっくりと言霊を刻み始めた。

 静まり返った拝殿には、紗代の祝詞だけが朗々と荘厳な調べを刻み、空間そのものを異世界へと導いていく。

 紗代の言の葉に耳を傾けながら、俺は今覚えている秘文書のカタカムナ文字を思い浮かべていた。

 ふと、ある事に気付く。

 この前の祝詞とは微妙に違うのだ。

 言葉と言い回しの違う箇所がいくつかあるのだが、恐らくは祈祷の内容が定例祭の時とは異なるものだと察した。日々眼を通している秘文書のどこかには書かれている祝詞なのだろう。

 彼女の言霊は、何の抵抗も躊躇いも無いままに、静かに俺の魂の中に吸い込まれていく。

 初めて聞いたフレーズ。

 でもどこか懐かしい。

 何て言うべきか・・・よく分からないけど・・・ノスタルジックな感じがして。

 涙が止まらない。

 俺は泣いていた。

 何故か、とても懐かしい気持がして。

 気が付くと、俺は産童神の腕の中にいた。

 白い光に満たされた空間の中で、二人っきりで抱擁していた。

 悩ましい淫香が、俺の鼻孔を擽る。

 植物的な清廉された香りと獣的な濃厚で猛々しさを駆り立てる匂い。

 紗代から醸し出される淫香だった。

 だがそれは、産童神の身体から立ち昇っている。

 紗代が淫戎に耽る時・・・その時って、彼女が産童神と一体化しているという事か。

 産童神のふくよかな双丘の感触を、俺は肌で直接感じていた。

 産童神も俺も、衣服を何も身に着けていなかった。

 俺は産童神の唇を奪うと、体を重ねた。

 今までに味わった事の無い高揚感が脳内を駆け巡る。

 それは、今までの奉納の儀で始まった快楽をも遥かに凌ぐ、言わば魂そのものが絶頂に達する快楽と言うべきか。

 俺は超絶的な絶頂に耐え切れず、昇り詰める快感に身を委ねた。

 心地良い倦怠感が、全身を包み込む。

 その時だった。

 俺は感じた。

 妙な気配が、俺の背後から忍び寄って来る。

 それが誰なのかは分からない。ただ背後から聞こえる低い息遣いと雰囲気で、何となく男だというのは分かった。

 そいつは俺の背中にぐいぐいと頭を押し付けて来る。

 この人は何をしたいのか?

 俺は状況が呑み込めず、身体を左右に振りながら、それを阻止しようと試みた。

 だが彼は全く諦めようとせず、必死な素振りで俺の背中に頭を擦り付けて来る。

 俺は腹が立ってきた。いったい何をしたいのか分からない。

 俺と交わりたいのか? それは絶対にお断りだ。

「やめてください」

 俺は彼をやんわりと制した。

 でも、俺の声が聞こえていないのか、そもそも聞き入れる気が無いのか、その奇妙な行為を一向にやめようとはしない。

 俺はだんだん腹が立ってきた。

 産童神との交わりで最高の気分を味わっていたのに、彼の行為で何もかも台無しにされたような気がした。

「いい加減にしろっ! 」

 俺は振り向きざまに、彼に罵声を浴びせた。

 釜屋だった。 

 たくましい体を晒したまま、釜屋は悲し気な表情を浮かべると、掻き消すように消えた。

 釜屋さんが、何故?

 俺は途方に暮れたまま、彼が消えた白い中空を見つめていた。

 刹那、俺の視野が切り替わり、映像が変わった。

無言のまま、眼をかっと見開く。

 それが、俺がとれる精一杯のリアクションだった。

 

 何だこれは・・・。


 漸く絞りだすことが出来た俺の答えが、これだった。

 理解するも何も、これが真実なのだ。

 そう思うしかなかった。

 俺の前に、拝殿を埋めつくす位に巨大化した産童神が仰向けに横たわっていた。

 産童神は全裸だった。上半身を少し起こし、大木の様な両腕をくの字に曲げてそれを支え、足を大きく開き、胡坐をかくような形で組んでいた。その体には無数の全裸の男達が群がっている。巨大な山の様な双丘、柔らかな太腿、脹脛、腕と、至る所にしがみ付いていた。

 俺は産童神の大きく開いた足の中央にいた。

 俺の目の前に、産童神の秘部があった。。

 それも、ごく普通の大きさの。

 体躯が巨大化しているにもかかわらず、そこだけが取り残されたかのように。

 訳が分からなかった。

 何がどうしてどうなったのか。

 困惑する俺の視線の先に、見覚えのある男の姿があった。

 大鉈だ。

 彼は熱病に侵されたかのような眼で、四つん這いになって産童神の太腿にしがみ付いていた。

 俺は他の男達を眼で追った。彼らも手や腹、足と言った至る所にしがみ付き、恍惚の表情を浮かべていた。。

 産童神は、全身で彼らを受け入れていたのだ。

 女達はどうしたのだろう。

産童神の腹や太腿にしがみ付いているのは、俺が見る限り男ばかりだった。

 だが、俺の耳には、淫らな喘ぎ声を上げる無数の女声が絶え間なく聞こえていた。

 俺は産童神の下腹部に手を突き、よじ登った。

 床面を占める肉塊の向こうに、無数の全裸の女達がいた。

 俺は彼女達を凝視した。

 夥しい白い触手が、彼女達の身体に絡みついていたのだ。

 宿所は蛇のように蠢きながら、彼女達の身体に巻き付いていた。

 彼女達は虚ろな目線を中空に漂わせながら快楽に喘ぎ悶えている。

 何なんだ、あの触手は・・・。

 俺は身を乗り出すと、妖しげに蠢く白い触手を追った。

 触手は産童神の足の方と腰の辺りから幾重にも重なり合いながら伸びているようだった。

 俺は目で、腰の辺りに潜む触手を追った。

 触手の先には、床面から起こした上半身の支える手があった。

 否、あれは手なのか?

 指先が細かく無数に枝分かれし、植物の根毛の様に四方に広がっている。

 手だけじゃない。足もだ。指先が細分化し、地を這うように広がって、女性達を愛撫し、終焉の無い快楽に陥れていた。

 悶え狂う女達の中に、あやめや夏音、鍵田達の姿があった。

 紗代は何処に入っるのだろう。この中にいるのだろうか。

 喘ぐ女達を眼で追う。

 分からない。

 何処にいるのか。

 眼で追いながらも、俺は、触手の淫儀に喘ぐ紗代の姿を見たくないと思った。

 

 鴨ちゃん


 呼んでいる。

 紗代の声だ。

 俺は必死に周囲を見回す。

 いない・・・何処だ? 


 いた。


 何気に俯いた目線の先――淡い曲線を描く恥丘の上に、彼女はいた。

 いつの間に現れたのか。

 さっきまでは、そこには何も無かったはず。

 でも、間違いなく紗代の姿が目の前にあった。

 紗代は眼を閉じ、一糸纏わぬ姿で、手足をだらんと伸ばして恥丘の上に浮き上がっている。

 そう、浮き上がっているのだ。

 まるで、静かな湖面を漂うかのように。

 彼女の肘から先、膝から先は、産童神の肉体の中に埋まっている。

 同化している――そう言った方が正しいのかもしれない。

 彼女の裸体は産童神の恥丘の曲面に沿って反り返り、全てを曝け出すかの様に、腰を前に突き出している。

「御代さんっ! 」

 俺は彼女に呼び掛けた。が、彼女は何も答えようとはせず、昏々と眠り続けていた。

 ただ、僅かに上下する彼女の双丘が、生の営みをかろうじて物語っている。

 

 鴨ちゃん


 呼び声が俺の頭の中で響く。

 これは・・・紗代じゃない。

 頭上から感じる視線。

 俺はゆっくりと顔を上げた。

 産童神が、満足げな笑みを浮かべながら、俺をじっと見つめていた。

 

 待っていた。

 あなたを待っていた。

 やっと

 やっと

 会えた

 

 俺は戸惑いながら、頭の中に流れ込んでくる産童神の声に耳を傾けた。

 俺を待っていたって?

 

 産童神は眼を細めると、困惑する俺を愛おし気に見つめた。

 彼女の恥丘に浮かんでいた紗代の姿が、ゆっくりと消えて行く。

 

 鈴の音が、間近に響く。


 気が付くと、紗代は祝詞を終え、神事は終了を迎えていた。

 紗代が神事が終わった事を告げ、深々と一礼した。

 郷民達立ち上がると、一斉に一礼し、戸口へと向かった。

 退出する郷民達に続き、俺も拝殿を後にする。

 逝ったあれは何だったのか・・・。

 俺は参道を歩きながら、紗代に聞くべきか迷っていた。

 頭がふらふらする。

 突然、強烈な睡魔と倦怠感が、俺の思考を強制終了しかけて来る。

 俺は歯を食いしばると、大地を踏みしめる様に足を踏み出した。

「稀代さん、大丈夫ですか? 」

 紗代が俺を心配する声が聞こえる。

 そうか、大祭が終わったら、屋号が使えるって言ってたっけ。

 まずい。

 意識が、遠のいて行く・・・。

 





 

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