第3話 愕き

「朝だぞう、起きろーっ! 」

 騒がしいな。テントの外で誰かが叫んでいる。

 夏音か?

 のようだ。

 俺は寝袋から身を起こすと、目をしょぼつかせながらテントから顔を突き出した。

 途端に、朝日をバックに仁王立ちする夏音の不機嫌そうな顔が視界に飛び込んで来る。

「鴨氏、遅いぞ。約束の七時、とっくに過ぎてるよっ! 」

 夏音がぶすっとした表情で俺を見据えた。

「あ、もうそんな時間か。すまねえ」

 俺は謝罪しながらテントから這い出た。スマホを見ると七時を十分ばかり過ぎている。確かアラームを六時半にセットしていたんだけど・・・無意識のうちに止めちまったようだ。

「鴨氏、朝から周りが賑やかなんだけど、あれ、何だろ? 」

 夏音が訝し気に駐車スペースを見渡す。

 確かに。昨日はがら空きだった神社の駐車場は車でいっぱいになっていた。そのほとんどが軽トラで、何かしらの作業の為に集まったのは明白だった。

「神社の氏子さんじゃないの? 何か近いうちに神社の縁日があるって、昨日巫女さんが言ってた。多分その準備じゃない? 」

 俺は昨日の夜、紗代から聞いた話を彼女に伝えた。勿論、風呂場での遭遇の件は秘密だ。うっかり話してしまえば、彼女のチャンネルのネタにされかねない。

 万が一、それを紗代やあやめが見ちまったら、俺の人生はそこで実質シャットダウン。再起動不可は眼に見えている。

「神社の縁日てえと、やっぱ屋台とか出るのかな」

 夏音が目を輝かせた。

 ガキかよ、こいつは。

 何か勘違いしてやがる。神社の縁日ってのは、神社の由来か何かに関係する日のことだ。この日は特に御利益があると言われている。それで参拝者がいつもよりどっと増える訳だ。

 まあ、それを見越して屋台や出店なんかが並ぶ訳で、そう考ええれば夏音の言う事もまんざらはずれでもないか。

「結構早くから集まって来てたの? 」

 俺は夏音に問い掛けた。

「うん、六時くらいからかな。車の音で目を覚ましたら、駐車場にどんどん入って来てびっくりした」

「まあ、お年寄りは朝早いから」

「お年寄り? お年寄りなんかいなかったよ」

 夏音が眉をしかめた。

「え? 」

 彼女の思いも寄らぬ発言に、今度は俺の方が怪訝な表情を浮かべる。

「みんな若い人ばかりだったよ。男女入り混じっていたけど、二十代から三十代ってとこかなあ」

「マジか」

「嘘だと思うのなら、見に行こうよ、カメラはスタンバイOKだし」

「え、朝ご飯は? 」

「その後でもいいでしょ? 今行けば、あの事件の事、聞き取り出来るかもよ」

 夏音は踵を返すと自分のテントに向かって駆け出した。

「あ、待って」

 と、声を掛けても待ってくれない。この機動力が成功への道なのか。

 とにかく慌てて彼女の後を追う。

 テントに着くなり、夏音はカメラやら三脚やらを俺に持たせると、カメラマンをやってほしいと告げて来た。コラボと言う事で、後で俺にも映像をまわしてくれると言うので、快く承諾する。

 彼女は俺みたいにスマホで撮るんじゃなくて、ちゃんとしたカメラで撮影し、きっちりと編集までしているようだ。俺はどっちかってえと、成り行き任せの適当な感じで撮っていたし、家族や知り合いへの生存確認用だったので、編集なんかもすこぶる適当だった。

 いい機会だから、彼女から色々と教わって収益を得るくらいまでやってみるのもいいかもしれない。

 いつまでも無職って訳にはいかんだろうし。

 裏参道を通って境内に入ると、結構な人数の郷人達が黙々と作業に取り組んでいた。参道の両側に雪洞を吊るす者、拝殿を掃除する者、境内の草取りをする者・・・ざっと見ても三、四十人はいる。男女の比はほぼ半々くらいか。

 驚いたことに、皆、夏音や俺くらいの世代の者ばかりだった。

「ね、私の言ったとおりでしょ」

 夏音が得意気に胸を張る。ベージュに猫のイラストが描かれたカットソーの胸の隆起が、徐に強調される。あやめほどじゃないが、そこそこ巨乳主っぽい。

「郷の青年会? 」

「どうだろ。でも普通さ、こういった作業って、氏子さん達がやるんじゃねえの」

 俺は境内を見渡した。ひょっとしたら、氏子の皆様方がかなりの高齢で、やむなく郷の若い衆に声を掛けて手を貸してもらっているのかも知れない。

「そうだとしたら、やたらと得意気に指図する仕切りジジイや世話焼きババアがいてもおかしくないじゃない」

「だよね」

 夏音の言い方は問題有だけど、同感。確かに、助っ人を頼まれた応援部隊にしては、誰一人として躊躇せずに黙々と作業に取り組んでいる。

 手慣れているのだ。確か例祭は月一回あるって小夜が言っていたから、ひょっとしたら毎回応援に駆り出されているのかもしれない。

 きっとベテラン勢は若手に作業を任せて、社務所の控室でだべりながらお茶でも飲んでいるのだろう。

「巫女さんに挨拶しておかないと。撮影許可は取ってあるけど、勝手にカメラまわす訳にはいかないし」

「そうだな。社務所にいるかも」

 足早に社務所に向かい、受付口から中を伺ったものの、紗代もあやめもいない。

「おはようございます」

 紗代の声だ。振り向くと、にこやかな笑顔を浮かべた二人の巫女の姿があった。

 その表情からすると、どうやら昨晩のニアミスは気付いてなかったらしい。

「おはようございます。宜しくお願いします」

 俺と夏音は腰を九十度に曲げ、彼女達に深々と頭を下げた。昨夜、撮影前の交渉や挨拶、所作に至るまで夏音に徹底的に叩きこまれたのだ。

「こちらこそ、宜しくお願いします」

 巫女達が俺達に頭を下げる。ふと気が付くと、彼女達の後ろから俺達に頭下げる人物の姿に気付いた。

 二人の後ろに、見知らぬ三人の女性が。手前の一人は上下グレイのスエット姿で、ボブって言うのだろうか、やや茶髪で短めの髪の女性が前に立ち、その後ろに、後の二人が控えめな感じで佇んでいた。一人は黒っぽいジャージ上下に長い黒髪を後ろで束ね。その後ろの一人はピンクのスエット上下。この人も髪はショートで、黒縁の眼鏡を掛けている。

 三人とも、その風貌から察するに。巫女達よりかなり年上の様だ。巫女達と言うより、この境内にいる者達の中では年長者クラスか。と言っても三十代半ば位だと思う。まあ歳はどうのこうのよりも、彼女達の美貌には目を惹くものがあった。紗代の身体から放たれている魅惑的なオーラが強いからか、一見、ごく普通っぽく見えるのだが、冷静に見るとすげえ美女軍団。今からでもアイドルデビュー可だぜよ。

「早速ですけど、撮影を始めさせていただいてもよろしいですか」

 夏音が、おずおずと紗代に話し掛ける。

「どうぞ、いつでもいいですよ。でも、お願いがいくつかありまして、拝殿の中の撮影は禁止、山へ立ち入るのも禁止です。あ、登頂口から撮影するのは良いです。それと、私達巫女は良いんですが、氏子さん達のは顔にモザイクを掛けてください」

「分かりました、有難うございます」

 夏音が笑顔でお辞儀をする。と、同時に肘で俺に合図。

 あ、そっか。

 慌ててお辞儀をし、事なきを得る。

「礼儀正しいんですね」

 グレイのスエット姿の女性が、感心したように頷いた。

「あ、ごめんなさい。ご紹介がまだでしたね、この方は氏子総代の谷上さん。その後ろの二人が副総代の桐山さんと久野さん」

 紗代は慌てて背後の三人の女性を紹介した。

「宜しくお願いします」

 三人は微笑みながら俺達に頭を下げる。

「ひょっとして、ここで作業している方って、みんな氏子さんなんですか? 」

 俺はさっきからずっと気になっていた疑問を谷上にぶつけてみた。

「ええ、そうよ」

 谷上は眼を細めると笑みを浮かべた。

 驚きだった。

 氏子イコール年配者と言う俺のイメージを根底から覆す事実だった。

「驚きますよね。他の神社じゃ大抵は地元のお年寄りですものね」

 谷上は俺の心中を察したのか、笑いながら答えてくれた。

「年配の氏子さんもいらっしゃるのですか? 」

 俺は谷上に問い掛けた。

「いないわよ。私達が一番年上かもね」

 彼女はそう言うと副総代の二人を見た。

「そうかもね。後は下の温泉やキャンプ場のオーナーくらいか」

 黒のジャージ姿の女性――桐山が、遠くを見つめるような表情で呟く。

「釜屋の兄ちゃんは、確か私達と同じ位かも」

 ピンクのスエットを着こなしている女性――久野の甲高い声が響く。

 釜屋の兄ちゃん氏がどんな人物か分からないけど、彼女達と同世代だとすると何となく想像はつく。

「この郷って、ひょっとして若い人しかいないんですか? 」

 夏音がストレートに質問をぶつけた。そうそう、それよそれ。それが聞きたい。

 想像を覆す余りにも不条理な現状に呆けた俺が言葉に紡ぎだせなかった疑問を、彼女はすかさず郷人達にぶつけてくれた。流石、プロの配信者。

「そうね。確かにここって、若い人しか住んでないですね。前からそう思ってましたけど」

 あやめが頷く。ここの住民になってまだ日が浅い彼女にも、それが奇異に映ていたのだろう。でも、今の時点であらためて気付いたみたいな仕草をしているけど、疑問に思いつつも紗代に聞いたりはしなかったのか?

「人の出入りが激しいですからね」

 久野がしみじみ呟いた。

「それって、どういうことですか? 」

 俺は思わず身を乗り出した。

「この郷って、人生の通過点みたいなものなんですよ・・・」

 久野は急に顔を近づけた俺におののきながらも、苦笑いを浮かべると静かに語り始めた。

 元々この郷は、戦に敗れた落人達が開拓し、ひっそりと生活していた隠れ里の様な集落だったらしい。そのような山村だけに、元々ここで生活する人も少なく、閑散とした集落だったようだ。故に現代においても都市開発から取り残され、孤立し、高度経済成長が訪れると、郷の若者達は職を求めてこの地を離れ、やがて限界集落といわれるまでになったらしい。そこで残された年老いた郷民達は、郷の存続を祈願する為に、郷守である産童神に祈りを捧げたところ、当時の巫女に神託が下りたのだと言う。

 毎月一日を縁日と定め、敬い奉れば望みを叶えると。

 其の神託に従い、人々は毎月縁日になると神社に集まり、供物を捧げ、郷の転生を祈ったのだ。

 すると不思議な事に、郷に若い世代が移住するようになった。彼らは元々村とは全く縁もゆかりも無い者達ばかりだったのだが、ちょうど田舎暮らしが脚光を浴び始めたのと、郷が空き家を無料で貸し出したのが功を成したのかもしれないとの事だった。

 だが、移住者達は永住することは無かった。移住者達の多くは、都会での生活や人間関係に疲れ、心を病んだり生きる目標を失い、この地を訪れるものの、何年かすると、また郷を離れていくのだと言う。それは移住者だけではなく、元々ここで生まれ育った郷民にも言える事だった。ここでの生活で、やりたい事を見つけて生へ執着と希望を取り戻すと、また新たな世界を求めて旅立っていくのだ。

「ある意味、転生ですよね。まさに産童様の御利益なんですよ。だから他の郷民達もあえて引き留めずに見送っています」

 紗代は静かに言葉を綴った。

「じゃあ、もともと住んでた方と言うか、先祖代々ここで生活しているって方はいないんですか? 」

 夏音が首を傾げた。

「うーん、そうよねえ。そう言う事になるかな。ただ郷の決まりとか禁忌とか、そういった精神的な面は引き継いでいるけどね」

 谷上は困った表情で眉を顰めた。

 人の流入はあるが、流出が無くなった訳ではないのか。限界集落になるかならないかの所を綱渡りしているようだ。

「色々と施設が出来て、農業や林業以外にも働く場所は増えたんだけどね」

 久野が残念そうに呟く。

「まあ、そういいながらも、私達もそろそろなんだよね」

 桐山の言葉に、谷上と久野が黙って頷く。

「え、この郷を出るんですか? 」

 夏音が驚いた声を上げた。

「ええ。若返りを図らないと」

 谷上が微笑んだ。

「移住希望者が多いからね。まあ、ここでの生活で目標も持てたし。他にやりたい事も見つかったし」

 久野はそう言うと、自分の身の上を語り始めた。彼女はあやめ同様、元の勤務先で上司からパワハラとセクハラに合い、耐えかねて退社し、しばらくはひきこもり生活を続けていたそうだ。そんな時にこの郷を知り、すがる思いでここに訪れたらしい。

 今は神社より少し上手にある湖の湖畔で桐山と共同でペンションを経営しており、それ以外にもコテージやバンガローを管理しているそうだ。空き家待ちの移住希望者が利用することもあるそうだが、今はいないらしい。

 ただし住民登録を済ませて郷外で生活しながら、いずれの日にか移住しようと検討している方は何人かいるとの事。恐らく今は空き家が無い為躊躇しているのだろうとのことだそうだ。

「新しく家を建てて移住する人はいないんですか? 」

 俺の問い掛けに、桐山が寂しそうに首を横に振った。

「余りいないわねえ・・・流石にこの辺境で年取ってから暮らすのはきついから、みんな定住は考えてないみたい。空き家は無いけどコテージに空きがあるから、二人とも移住したくなったらおいで。ボートやカヌーの管理もしているから、お手伝いしてくれるのならただで住まわせてあげるよ」

「そうそう。先に郷に住んじゃった者勝ちだから。移住しようかどうか迷っている人の事は気にしないで」

 久野が笑顔で頷く。

「ほんとですか? その際は宜しくお願いします」

 桐山と久野の言葉が社交辞令なのか本心なのかは分からないが、夏音は眼を輝かせて頷いた。

 この子、ひょっとしてこの郷の住民になるつもりか?

「カオさんはいい子ねえ。礼儀正しいし」

 谷上が、夏音のことを「カオ」って呼んだ。てことは・・・。

「谷上さん、ひょっとして私のチャンネルを見てくださっているんですか? 」

 すぐに夏音が食いついた。

「ええ。この二人もそうよ」

 谷上の言葉に、桐山と久野がにこにこしながら頷く。

「えっ! 本当にですか? 有難うございます 」

 夏音は愛想よく頭を下げた。

「取材でしたら、若い子達より私達の方がいいかもね。彼らよりここでの生活も長いから」

 谷上が桐山と久野を見た。二人も同感の様で、彼女の言葉に黙って頷く。

「鴨さん、カメラと音声頼むね」

「あいよ」

 夏音の指示に従い、カメラを向ける。顔にはモザイクを掛けるので、取り合えずアングルは三人が一緒に映る様に

「じゃあ・・・早速お尋ねしますけど、SNSで生配信しながら、無断でご神体の山に登って行方不明になった若者の事をご存じです? 」

 夏音はいきなり本題に触れた。おいおい、大体過ぎるぞ。それじゃあ、警戒して何もしゃべってくれなくなるんじゃねえのかよ。何しろこの話、ここじゃ禁忌っぽい感じを漂わせているし。

「ああ、知ってるわよ。私も郷長として御山に登らせていただいたから」

 谷上が事投げに答える。以外にも即答だった。それに、彼らの捜索にも加わっていたとは。それもこの若さでこの地をまとめる郷長なんて。氏子総代の役だけでなく、更にに重責を負う公的な職務を兼務しているとは。結構スキルが高い実力者と見た。

「確か、彼らは今だ行方不明のままなんですよね」

 ここぞとばかりに夏音は更に探りを入れた。

「え? 見つかったわよ」

「え? 」

 谷上の答えに俺も夏音も思わず呆気にとられた。

「確か・・・衣服と荷物を残して、消えてしまったって・・・」

 思わぬ展開に言葉が出ない夏音に代わり、俺は谷上に尋ねた。

「うん、そこはあってるけど。次の日に拝殿で全裸で倒れているのを御代さんが見つけて――あ、ひょっとして、御代さん? 」

 谷上がにやにやしながら紗代を見た。

 俺は戸惑いながら谷上を見る。

 御代さん? 今、紗代の事、御代さんって言ったよな。名字、そんなんじゃなかったぞ、確か。

「あ・・・ごめんなさい! 騙すつもりは無かったと言うかあったと言うか・・・」

 紗代は顔を真っ赤にすると口を両手で隠した。

「え、どういう事? 」

 紗代のリアクションが理解できず、きょとん顔で呆然と佇む俺がいた。

「実は、その事件から御山に勝手に登ろうとする輩が急に増え始めたので、来られた方にはその・・・注意喚起をと」

 申し訳なさそうに項垂れる横で谷上が頷いた。

「嘘も方便ってやつよね。彼らは助かったけど、全裸で拝殿に倒れてたことだって不思議な事だし、これが産童様の神力とするならば、勝手に山に入るなと言う警告だろうから、後々侵入者が出ないようにするには仕方が無いよね」

「山には猪がいますし、熊も目撃されています。下手に沢のそばに行けばマムシやヤマカガシがいますから、軽はずみな思いだけで決して山に入るのはやめて欲しくて」

 紗代が切実な思いを言葉に綴る。

 まあ確かに、悪気が無かったのは本当の事だと思う。

 問題なのは、立ち入り禁止区域に面白半分に立ち入ろうとする連中だ。確か問題の動画は何百万回か再生されたらしいから、柳の下の泥鰌狙いの連中がこぞって訪れてもおかしくは無いもの。

「で、その見つかった三人はその後どうなったんですか? 」

 俺は気を取り直して谷上に問い掛けた。

「ここに住んでるよ」

「えっ? 」

 俺は、それ以上の台詞を絞り出すことが出来なかった。驚愕の言葉の意味を体感するとしたら、まさに今の状況を示すのだろう。

 言葉が全く出てこない。言葉というか、声が。頭の中が完璧にフリーズしており、様々な思考が一瞬にしてフォーマットされていた。

「あ、今、すぐそこにいるから呼んであげる。大鉈さん、刀人さん、弓曳さん、ちょっとこっちに来れる? 」

 俺と夏音は顔を見合わせた。行方不明になったと言われている配信者とは名前が違うのだ。彼らの事については、昨晩夏音からしっかりレクチャーを受けているから間違いない。

「おはようございます、伝所さん」

 背後から若い男性の声が響いた。

 振り返った途端、夏音は眼を大きく見開いた。

 青いつなぎ姿の青年が、俺達の後ろに佇んでいた。

 小柄で童顔、ウエーブのかかった髪は少し茶系。格闘技経験者なのか、スリムな体躯の割には腕の筋肉はパンパンに膨れ上がっている。

 彼の後ろには上下黒のジャージ姿で小太り体型の青年が仁王立ちしており、興味深そうに俺と夏音を見つめていた。真っ青な毛髪をちょんまげ風に束ね、耳に無数の無数のピアスを付けた風貌は、ナチュラルな感じの容姿が多い郷民の中で、特に異彩を放っていた。もう一人、彼の横にショートの黒髪に黒縁眼鏡のごく普通の青年が立っている。先述の二人に比べれば陰キャのイメージだが、アンバランスなでかい手裏剣型ピアスをつけ、迷彩柄の戦闘服をがっつり着用しており、何やら残念な闇深い雰囲気を漂わせている。

「怖怖怖チャンネルさん、ですよね? 福杜さんと、後ろの二人が深川さんと吹田さん」

 夏音が恐る恐る三人に声を掛けた。

「あ、そうですよ。嬉しいな、俺達の事、知ってるんだ」

 青いつなぎの男が嬉しそうに笑った。

「今はそのチャンネル、名前変わったけどね」

 と、黒ジャージの男がしみじみ呟く。

「ちゃんねるFU・FU・FU、ですね」

 迷彩男はぼそっと呟くと、眼鏡のフレームを人差し指で軽く押し上げた。

「でもさっき、呼ばれた名前、違いましたよね」

 俺は単刀直入に直下の疑問を彼らにぶつけた。彼らのチャンネル名は各々のイニシャルをとり、つけたものだと昨日夏音からは聞いている。だが、最初に谷上が呼んだ彼らの名は、俺が事前に夏音から聞いていた名前とは全く違う。俺の記憶が正しければ、青いつなぎの童顔細マッチョ男が福杜、黒ジャージちょんまげピアス男は深川、迷彩眼鏡男が吹田だ。

 彼らだけじゃない。谷上自身もそうだ。そして紗代も。

「ああ、あれね、屋号なんだ」

 福杜が目を細めた。

「屋号? 」

 夏音が怪訝そうに福杜を見た。

「ここってさ、若者の移住が多いけど、結局何年か経つと村から出てっちゃうんだよね。あんまり入れ替わりが激しいから、名前じゃ覚えきれなくて、お互い借りている家の屋号で呼ぶことにしているんだ」

 福祉が苦笑いを浮かべた。

 じゃあ、紗代の「御代」という呼び方も屋号なのか。

「そ、紗代ちゃんが「御代」で私が「伝所」、桐山さんが「籠屋」で久野さんが「陣屋」」

 俺の心中を察したかのように、谷上が言葉を添えた。

「名前の方が楽かも・・・」

「仕方が無いんですよ。この郷のシキタリなので」

 俺の呟きに紗代が静かに言葉を紡ぐ。

「シキタリ? それって――」

 俺は首を傾げた。

「そう、シキタリなんです」

 深堀りしようとする俺の企みをシャットアウトするかのように、紗代は強い口調でそう言い切った。

 



 



 




 

 



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