最悪な再会


 翌日からは、当たり前のように2年生の学校生活が始まった。私は去年と変わらず、遅刻スレスレの時間に教室に入る。すると、大抵のクラスメートがいる。だが、私の席の周辺はぽっかりと空間になっているため、鬱陶しい人混みを分けずに行けるのでありがたい。



 初日、一時限目はありきたりな学活だった。今年の委員会と係決め。最初に投票によって選ばれた学級委員が進行役として進める。



「それでは、やりたい係に挙手してください」



 黒縁眼鏡の安斎あんざいさんが言う。両側に垂れ下がった三つ編みと吊り目は、典型的な優等生を彷彿させる。



 クラスメートは彼女の指示に従い、読み上げられた係にそれぞれ手を挙げていった。人気の係は10人ほど希望者が募るが、面倒くさいものだともちろんやりたい人はいない。



「じゃあこれからじゃんけんで……って、あれ?」


 

 黒板を振り向いた安斎さんが首を傾げる。名前の数を確認し、次に名簿を見てあっと声を漏らし、鋭い視線で顔を上げた。それが、私に刺さる。



「ちょっと樗木さん、貴方だけ挙手してないんだけど」

「……ああ」



 忘れていた。と言うより、さらさら挙手する気など無かったのだけれど。間抜けた表情が出ていたのか、安斎さんはさらにキツい視線を飛ばして来る。



「危うく忘れるところだったわ。まさか、係に入らないでいようとなんて考えていないわよね?」

「そんな卑怯なことはしないって。本当に忘れてただけ」



 半分嘘だけど。彼女はため息を一つ吐く。



「それで、どの係をご所望で?」

「なんでもいいよ、別に」

「じゃあ回収・配布ね」



 安斎さんは躊躇なくその係に私の名前を書いた。誰もいない、独りぼっちだ。どうやら一番面倒なものを押し付けられたらしい。周りからは拍手喝采。まぁ、なんでも良いと言ったのは私だから文句は言えない。


 してやったりと笑みを浮かべた安斎さんは、滞りなく学活を進めていった。


「では皆さん、新しい係、委員会、クラスで頑張っていきましょう」



 実に学級委員らしい言葉で締めくくると共に、チャイムが一時限目の終わりを告げる。颯爽と他クラスや友達の机に向かうクラスメート。さて、私はトイレでも行こうかと席を立った時だった。



「あ、あの、さっ」



 目の前に、再び春菜がやって来た。それも、今度は友達を2人も連れて。


「結里香ちゃんさ、回収・配布だよね?」

「そうだけど?」

「その仕事、大変だよね。忙しかったらいつでも手伝うから!」


 ニコッと春菜は満面の笑みを浮かべた。そこには純粋な思いやりだけが存在していると、私は分かっている。


「あ、私は黒板係で大して忙しくないからさ。ほんと、いつでも言ってね!」

「あっそ」



 春菜とその取り巻きの横を少し強引にすり抜けて、私はその場を去る。彼女はとても優しい。でも、その優しさは別に頼んでない。ただのお節介だ。


「ねぇ春菜。いい加減結里香に話しかけんな辞めたら?あんな態度だし、春菜が傷つくだけだよ」


 取り巻きの彼女の言葉は正しい。私なんかに、春菜が気を配る必要なんて微塵もないのだから。


 だが、彼女がそれを肯定しないのもまた、なんとなく分かっていた。


「そんなことないよ。それに私、諦めないよ!絶対に結里香ちゃんと話すんだから!」

「え、あ、そう……。まぁ、春菜が良いなら良いんだけど……。どうしてあいつに執着するの?」

「それは……」



 一瞬だけ、春菜が口を紡ぐ。珍しい沈黙に、私は柄にもなく耳を澄ませてしまった。



「結里香ちゃんが、友達だから」

「……」



 無意識に胸を押さえる。罪悪感なのか、ズキリと痛む心臓に、奥歯を噛み締めた。



 友達だから、なんて言葉はただの建前だ。小学生ならまだしも、中学生の殆どはその言葉を本心だとは捉えまい。なのに、春菜は本気でそう思っている。



「馬鹿らし……」



 私は逃げるように教室を出た。早足で進む。1人になれる場所に。少なくとも、騒がしくはない場所に。



 だが、春菜の言葉に想いを馳せていたせいだろう。前方から来た他人の気配に気づくことができず、軽い衝突を起こす。



「痛……」

「いったいなぁー」



 ぶつかったと言っても上半身だ。にも関わらず、相手は大袈裟に声を上げた。聞き慣れたその声に、嫌な予感がする。



「てか、あれ?もしかして樗木?」



 顔を上げれば、案の定、そこには一番会いたくない人が立っていた。いや、一番会いたくない集団、か。



 ポニーテールにまとめた女子が、私を見下ろす。新体操部部長の3年、坂巻さかまき 樹里じゅり。そして、私の先輩。



「えー、あんた学校来てんだ。てっきり引きこもってんのかと思ったよ」

「……」

「新学期早々で交わすなんて最悪。まぁ、部活で会わないだけマシだけどさ」



 髪の毛をお団子にまとめた後ろの先輩がクスクスと笑う。いや、とした方が合っている。



「どーせその足じゃあ何もできないしね。今までの天罰が降ったんでしょ?」

「……」

「せいぜい後悔しな。自分の行いをね」


 

 言いたいことを吐き捨てるように言って、樹里は歩き出した。すれ違いざま、わざとらしく肩をぶつけて。後ろに控えていたお団子先輩、そして、同級生の実久みくも彼女の後に着いていく。先輩は終始嘲笑を送って来ていたが、実久は私を睨みつけたままだった。



 3人が過ぎ去った後、私はしばらくその場に立ち尽くす。



「……最っ悪」



 私は右足をさすった。今年はロクな年になりそうにはない。そんなの、分かりきったことではあったけれど。



 私は、去年まで新体操部の一員だった。しかし、足に大きな怪我を負ったことで、運動がダメになり、もう、そこに私の居場所は無くなった。


 

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