疫病神は天に召される

宇多川 流

疫病神は天に召される

 ギンガ・シイナは無意味と知りながら、黒尽くめの一団を鋭い目で見渡した。

 取り囲む集団は黒いフード付きコートとローブを羽織り、垂れた布で目もとまで隠した上にマスクを着けている。人相など知る術はない。

「僕はこの惑星の者じゃない。あなたたちの規則を破ったことは謝るが、入星管理局に連絡くらい取ってくれてもいいじゃないか」

 地元の者たちが〈黄昏の砂漠〉と呼ぶ黄金色の砂漠に、黒尽くめの一団に囲まれた青年が一人。その姿は飾り気のない黒のシャツにジーンズ、ポケットの多いダウンベストと、あきらかに文化圏がずれていた。

「この地の規則はこの地の者が決める」

「なんのための規則なんだか」

 反応は予想していたものだったが、ギンガはあきらめ悪くぼやいて左足を上げる。ブーツの足首をきつく締めつける枷につながる鎖が、ジャラ、と硬質の音を立てた。鎖の先にはもうひとつ枷がつながる。

「わざわざここに連れてきたんだ。規則を破った罰は即死刑、ってわけじゃなさそうだし、これは何のためにあるんだ?」

 規則を破った結果からは逃れられないと踏んだギンガは、建設的な質問をした。

「お前には楽園回帰の罰を受けてもらう」

 一団の代表らしい男が言い、軽く手を挙げて合図する。

 すると、一団の後ろの方にいた二人が汚れた布に包まれた筒状のものを抱えて進み出る。あきらかに生き物だと、青年にもすぐにわかった。人間の子どもか、小柄な女か。

 正体はすぐに晒される。布が取り払われた後に現われたのは、辛うじて、十代半ばほどの少女とわかる人間。

 靴も履いていない足に、服はもともとは白かったらしいのが汚れ、裾はボロボロだった。長い黒髪はボサボサで前髪に半ば隠れた目は鋭く辺りを睨みつけている。長い間入浴もできていない様子で顔も汚れ、少年なのか少女なのかもわかりにくいほど。

「その娘も罪人だ」

 ギンガが少女に驚いているうちに代表が言い、うずくまったままの少女の右足の足首に、鎖の先の枷をはめた。少女は暴れようとするが、しっかり羽交い絞めにされている。

「楽園回帰……なんだそれは?」

「この砂漠の向こうにある岩場に、千年以上も昔に隕石が落ちたという。隕石は中がくりぬかれていて、綺麗な四角い石が取れたらしいが、四〇年前からは、行った者で帰ってきた者はいない」

「へえ、四角い石、ね。……四〇年前から何人が行ったんだ?」

「七組、一五人だ。罪を償うため、天へ召されたとされている」

 この惑星の大部分が信じるという宗教の中では、そういうことにされているのだろう。この惑星は数千年前にテラフォーミングされた惑星だが、スペースポートのある大都市の外は独自の文化を発展させている。ギンガはすでに、彼が所属する文明で一般的な常識が通用しないことを理解していた。

「せめて、ビームガンを返してくれないか」

 最後の悪あがきを口にする。

 彼の所属する文化圏では、資格を取れば護身用のビームガンを持ち歩くことができた。殺傷力のないレーザー銃だ。

「身ひとつで隕石へ行き、石を手に戻ったものだけが許される。そうでなくても天の裁きを受けるのだから、これが正しい罰というものだ」

 もともとあまり期待はしていなかったが、ギンガは肩をすくめる。

 武器ひとつ持たないどころか着るものもまともとは言えない少女が立たされ、黒尽くめたちは二人に向けて袖口から取り出した銃器の先を向けた。

「半日も行けば着く。さあ、行くがいい」

 一人の青年と一人の少女が、渋々歩き出す。その背中に、

「お前たちの旅の安全を祈る」

 代表が言うと、呪文のようなものが低い声で合唱される。

 それを背中で聞きながら、ギンガは忌々しい気分で行く手の稜線を睨みつけた。


 青い空の下、黄金色の砂漠が地平線まで続く。

 この砂漠の砂は固く重く、歩くのに対し抵抗が強かった。その分、靴に舞い上がった砂が入ったり咳き込むようなことはない。

「ええと……僕の名前はギンガ。ギンガ・シイナ」

 となりを歩く少女の歩幅に合わせながら、彼は声をかけた。

「キミの名前は?」

 黙々と歩いていた少女が一度だけ彼を振り向き、ギロリと睨む。

 ――まるで、周りがすべて敵だと思っているみたいだ。

 そんな感想を抱く青年をよそに、少女はただ歩き続ける。裸足のままの足は傷だらけでこの砂の上も踏み出すたびに痛いはずだが、まったく表情には出ない。

「名前くらい、教えてくれてもいいじゃないか。もしかしたら、ことばが通じていないのかもしれないけれど」

 彼はあきらめず、ことばを続ける。二人は足首を鎖でつながれている。文字通り、歩調を合わせなければ生きて帰ることなどできない、そう考えたからだ。

 それに、ことばが通じているのか気になるのも本当だった。ギンガは彼の文化圏で標準的なイヤリング型翻訳機と襟元の小型スピーカーによる翻訳セットを着けており、黒尽くめの集団の言語は問題なく訳されていたが、少女が独自の言語を持つ少数民族などである場合、その言語が翻訳データベースに入っていない可能性がある。

「あたしは……」

 声は明確に少女の口から聞こえてきた。

「アイリス。あたしの名前はアイリスよ。それだけわかればいいでしょ」

「アイリスか。いい名前だね」

 相手は突き放すように言うが、ギンガは思わず口もとをほころばせた。

「まず、長く歩くなら靴が必要じゃないか?」

 アイリスは痛い顔ひとつせず歩き続けているが、少しずつ尖った砂粒などにより足は傷が増えている。

 彼女は答えるべきか考えるように、少しだけ間を置いた。

「靴屋があるわけでもあるまいしどうするの。それに、どうせ死ぬんだから靴ひとつあってもなくてもどうでもいいわ」

「確かに、靴は持ってないけどね。素足よりはまだマシだと思うよ。ちょっと待ってて」

 ビームガンは奪われたが、黒尽くめたちはギンガの所持品をほとんど確認もしていない。彼はベストのポケットから保温用のアルミシートとハンカチを取り出し、それをハサミで切って端を結び、少女の足を包むように簡易的な靴を作ってやった。

「女の子の足は綺麗にしないとね。まだ若いんだし、傷が残ったら大変だ」

「ジジ臭い」

「よく言われるよ」

 笑って、ギンガは行く手の砂の山のひとつを指さす。山の輪郭から、わずかに緑の枝葉がはみ出している。

「植物があるってことは水があるはずだ。まずあそこで休憩と水の確保をしよう。僕はまだ死ぬつもりはないからね」


 水音がおさまり少女がタオルを手にとなりにやってくるまで、ギンガは泉のほとりに座って背中を向けていた。

「はい、クシと手鏡とハサミもあるよ。さすがにドライヤーは持ち歩いてないけど、この天気ならすぐ乾くだろうね」

 渡された少女は目を丸くしてしばらくそれを見つめる。

「こんなに色々と持ち歩いて……あんた、野宿でもするつもりだったの?」

 青年のダウンベストやジーンズのポケットには、外見より多くの道具が詰め込まれていた。ホテルに泊まる場合は必要のない物も。

「スリリングなのが好きでね。……本当は、荷物はスペースポートのロッカーに預けたままだし、ビームガンは取られたけど」

 この惑星では、スペースポートのある中央都市の外への外出は入星管理局からは非推奨とされていた。そのため、観光客はほぼこの辺りでは見られない。

「ビームガン……? あんた、警察関係かなにか?」

「そうだったらよかったけどね。ただの競技用だよ」

 スポーツとしてのビーム射撃。学生時代は大会でそこそこの成績を残し、そのまま護身用に持ち歩いていた。でも、そうしていたからこそ、この惑星では厄介ごとに巻き込まれたのかもしれない。

 黒尽くめの集団の行列に遭遇したとき、荷物を載せた牛に、転んだ幼い子どもが蹴られそうになった。それを目の前にしたギンガはとっさに牛を撃って引っくり返してしまった。

「神の使いである牛を撃って捧げものを台無しにした、それが重大な罪になるとはなあ」

 苦笑する青年に、自分で前髪を切りそろえた少女は目を向けた。

「あいつらは、この辺りの支配層だから。それで人々はみんな納得しているらしいわ。あたしもよそから来たから、よく知らないけど」

「キミも外から来たんだ? ……ああ、かなりすっきりして綺麗になったね」

 髪をとかし汚れも落としたアイリスは、見違えるほど年頃の少女らしくなっていた。相変わらずボロボロな服が不釣り合いなほどに。

 綺麗、のことばに、彼女は目を見開いてから視線を逸らす。その頬はかすかに赤く染まっている。

「あんたから見れば汚いのが、あたしには普通だし。それがあたしには相応しい」

「なんで? もしかして、僕よりもっと酷い罪を犯した?」

「あいつらへの罪は、あんたと大した変わらないよ」

 空腹に耐えかねたアイリスは、馬小屋の脇に積まれた捧げものの中からパンをひとつ盗もうとしたという。

「盗みは良くないんじゃ……」

「そうしないと生きられないし、あたしはほとんどそうやって生きてきた。幸せな人にはわからない……でも、あんたは不運な方か。あたしみたいな疫病神と一緒に死ぬんだから」

「疫病神……?」

 青年が不思議そうに問いかけると、アイリスは笑みを浮かべていた。自暴自棄にも、自嘲気味にも見えるようなほほ笑み。

「一緒に死ぬことになりそうだし、教えてあげる」

 タオルで髪を拭きながら、近くに転がっていた倒木の一部に腰掛け、彼女は話し始める。

 もともとは、彼女は山間の小さな村に家族と一緒に暮らしていた。

 ある朝、水汲みに出かけたアイリスは井戸の鎖が切れた拍子に中に落下してしまう。溺れることも怪我もなかったが、とても登れる高さにも思えず、人が来るのを待っていた。

 しかし待つ間に、少女は爆音と、立て続けに響く轟音を聞いた。どうにか自力で脱出した彼女が見たものは、噴煙を上げる山と火砕流に飲まれた故郷だった。

 となり町に逃げそこで助けてくれた一家の店で働き始めるものの、二ヶ月で火事になり店ごと店主一家は亡くなった。

 それから、アイリスは色々な町を転々とした。最初のうちは働いて生活を維持していたが、早くて一週間、長くても三ヶ月ほどで何らかの事故や事件が起こり、雇い主や同僚が亡くなってしまう。いくつかそういった事例を目にした者は、彼女を〈疫病神〉と呼んで石を投げる者すらいた。

 やがてアイリスは盗みで食べ物をまかなうようになった。そうすれば誰にも不幸を振りまくことはない。誰かが死んでも赤の他人だ。

「馬鹿げてるけどね。目や耳に入らないだけで結局誰かがあたしのせいで死んでいるかもしれないし、そうじゃなくても食べ物を盗まれた人は不幸だよね。生きてるだけで人に迷惑をかけるだけなんだから、もっと早くこうなった方が世界のためだったかもしれない」

 話し終えると、彼女は日が傾きかけた空を見上げた。

「だから、あんたがきっと、疫病神の最後の犠牲者」

「それ、僕は信じないけどね」

 ギンガの強いことばに、アイリスは目を丸くした。かまわず、青年は続ける。

「僕がここへ来たのは僕の行動の結果のはずなのに、疫病神の行動に巻き込まれた、なんて言われたって納得できない。それに、人はみんな誰かに迷惑をかけながら生きているんだ。周りで事件や事故が続くのも偶然だ。そういう人、そういう時期だってある。若いんだから、自分で自分の可能性を狭めちゃだめだよ」

 たしなめるようなことばに、アイリスは少しの間、黙ってそれを受け止めているような様子だった。

 しかし、やがて口を開く。

「あんた……ホント、ジジ臭い」

 言われ慣れたことばに、ギンガは苦笑いで応えた。

 昼食は彼が持っていた栄養価の高いクッキー一枚ずつで済ます。クッキー一枚とはいえ、手のひら大の厚めのソフトクッキーだった。

「ビーフジャーキーと野菜チップスもあるけど、念のために取っておいた方がいいかな」

「うん、これだけでもあたしには御馳走だよ」

 ほんのり甘いクッキーを、アイリスはこれまでにない嬉しそうな笑顔で大事そうに味わって食べていた。

 食べ終えてギンガの持っていた袋状の水筒を満たすと、再び歩き始める。空は雲ひとつないがこの惑星を照らす恒星の光は柔らかく、厚着しているギンガでも暑さはさほど感じない。風はたまにそよ風が吹く程度。

 歩くのには快適、と言えなくもない気温だ。遠くに山並みが見える、あまり変わり映えのしない景色は退屈だったが。

「スリルを求めて来たって言ってたけど、これってあんたの思ってたスリルなの?」

 黙って歩き続けることに飽きたのか、しばらくしてアイリスから口を開く。

「思ってたのとは少し違う……いや、ある意味、目的は果たしてるか」

「思ったより危険だった? それとも、思ったより地味とか」

「そうだねえ……」

 鎖を引っ張らないよう少女の歩調に合わせて歩きながら、彼は少し上を見る。

「ジジ臭い、って言われるのは、当たり前といえば当たり前なんだよね。実年齢を考えると、キミとはそれなりに差があると思うよ」

 別に隠しているわけでもない。退屈しのぎにはなるかと、彼は話し始めた。

 彼の出身地――地球ではすでに、寿命というものが消えて数百年が経つ。

 生き方は多様性を極めていた。ずっと地上で今までの多くの人類と同じように暮らす者もいれば、冬だけ冷凍睡眠から目覚める者、数年ごとの一年だけ活動するのを繰り返す者もいる。そして寿命はそれぞれが決めることができ、いつ命を終えるのか、考え方もそれぞれだ。

 家族や友人でも義務教育を終えた後は生活周期や寿命が違う。弟妹より兄姉、子より親が相当長生きすることも珍しくなかった。

 人々の中には、同じ生活周期や寿命を選んだ者たちでコミュニティーを作って暮らす一団も多い。しかし、ギンガのようにはっきりと寿命を決めずに生きる者も少なくない。彼らの多くは孤独だった。

「へえ……全然、想像がつかない」

 聞いていたアイリスは唖然としていた。

「まさに異世界の話だわ」

 生きる時間を選べる人々。一日を生きるのもやっとなうえ、生きることに意欲的でもない彼女には、考えたこともないような存在だ。

「安全で便利で、いつまでも先が保証された人生を生きていると、なんのために存在しているのかも、わからなくなってくるよ」

「この世が楽園みたいで?」

「そうだとしたら、楽園って平和だけど退屈かも。……いや、本当はわかってる。問題は自分なんだ。ただ、何かを始めようとかいう気になりにくいだけで。だから、命の危機を感じるようなスリリングな場所へ行けば、生きている実感か何かが得られると思ったんだ」

「実感が必要なんて変な話。実感がなくても、ものを考えているなら生きているのに」

 何の気のない少女のことばに、ギンガは一度振り向く。

「ああ……そうかもしれない」

 それからしばらく、二人は黙って歩調をそろえて進んでいた。

 やがて間もなく、前方に見えてくる赤茶けた岩場――そして、その上に地平線からせり上がる大きな楕円形の岩。

「あれが目的の隕石……?」

 少女が首を傾げる。

 西日に照らされるそれは、自然の岩にしては綺麗な楕円形に過ぎるように見えた。色はまるで擬態しているかのように周囲に溶け込んでいるが。

「やっぱりおかしい。千年以上も経ってるならもう少し形も風化しているだろうし、隕石なら衝突の衝撃による欠けもあるはず。それに、地面にクレーターも見えないし」

 近づくほど、ギンガは風景に疑問を持った。

 岩の形の整い方は、『最近できたばかり』と言われても疑問を持たないほど整って見える。

「自然のものではなさそう、っていうのはあたしにもわかる」

 岩場の上にまで至ると、アイリスも岩の合間に鎮座する巨大な円盤状のものに目を見張る。高さは二階建ての家ほど、横はその五倍以上はありそうだ。

「この中に入れば天に召されるの? でも、入口は……」

 二人は円盤の周りを回るように歩く。

 外周を三分の一ほど回り込んだところで、黒い入口が口を開けているのが見つかる。

「入るのは簡単らしいね」

「でも、天に召される、ってのがどういう意味かによっては入らない方がいいだろうね」

 と、ギンガは転がる岩のひとつを指さす。

 岩の下には太く大きな白い骨が転がっていた。大型の獣、もしくは人間の大腿骨のようだ。

 それを見ても、少女は平然としている。彼女の目的は変わらない。

「となりの町は遠いし、ここからどこかに逃げるのは難しい。それに、あたしはここまで来たからには入ってみたい。昔は珍しい石が取れていたってことは、入ってすぐ殺されるとかじゃないんじゃないかな」

「珍しい石か……」

 黒尽くめのことばを思い出し、青年は首をひねる。

「予想通りなら、僕も入った方がいいと思う。ただ……」

 言いかけて見上げる視線の先、黒い四角の中。

 荒い鼻息、唸り声。

 それがはっきりと二人の耳に届く。

 さらに、姿もはっきりと現われた。隕石の出入口から、二匹の野犬らしい獣が身を低くして進み出てくる。毛並みは灰色で、痩せこけあばらが浮いている。

「あの骨、あの獣たちのエサになったかも」

「そうだね」

 アイリスの手を引いて後ずさりしながら、ギンガはつくづく、ビームガンを奪われたことを悔やんだ。彼は多くの種類の道具を持っているが武器になりそうなものはナイフくらいで、それも獣二匹に太刀打ちできると思えない。

 獣たちは二人の人間を獲物と意識したようで、牙をむきながらジリジリと近づいてくる、

「残念。つながれてなければ、あたしが食べられてるうちにあんたが逃げられたかもね」

 アイリスは冗談とも本気ともわからないことを言う。

 それを切っ掛けに。

「そうだ」

 ギンガは思いつき、ジーンズのポケットから袋を取り出して口を開くと、獣たちの横、少し離れたところへ放り投げた。

 獣たちは最初は警戒するものの、すぐに鋭敏な嗅覚で干し肉の匂いを捉え、吸い寄せられるように袋のそばへ向かう。

「さあ、今のうちに」

 青年は少女の手を引き、円盤状の隕石の中へ。つながれたままなので足がもつれそうになるが、支えあってなんとかこらえた。

 ブオン――

 入るなり、明かりがついた。

 青白い光が照らす、大小さまざまな半透明な四角い塊の重なり。壁に描かれる数字や画像。奥には円筒のような、直径と高さそれぞれ数メートルの淡い光の柱を作り出す装置。

 あきらかに、人工のもの。

「あっ、じっとしてる場合じゃない」

 となりで茫然と見ている少女の手を引いたまま、ギンガは振り返って壁にパネルを見つけ、指を叩きつけるように押す。

 すると、プシュという空気音の後、出入口は上からスライドしたドアに閉ざされる。

 これで獣たちが追ってくることはない。思わず、二人は顔を見合わせて息を吐いた。

「ねえ……あんたは、これが何か知ってるんでしょ?」

 と、アイリスは見渡す。

 砂誇りが隅にわずかに積もり骨や何かの残骸が散乱している部分はあるが、内部はあきらかに人工の建造物だ。それも、この惑星では最大都市でしか見られないような文明レベルのものに違いなかった。

「ああ、円盤形航宙機だね。ここに描いてある座標だと、近くの宇宙ステーションから出発したものらしい。乗員は脱出したみたいだね。あそこから」

「あそこ……?」

 少女の目は青年の視線を辿り、奥の光の柱へ向かう。

「たぶん普通は作動していないんだろうけれど、綺麗な石……システムを構成する部品のクリスタルチップが安全性を損なうほど奪われたから、緊急脱出用に作動したんだろうな」

 二人は奥へと足を進めた。機体の外の世界とは完全に隔離されているようで、辺りは異常に静かだ。

「そこにのったら、ここから脱出できる?」

 光の反射か、アイリスの目が輝く。

 しかし、すぐにそれは伏せられた。

「どうせ、行っても生きていけるかわからないし、また多くの人に迷惑をかけるだけだよね」

 まるで、自分に言い聞かせているようなことば。

「装置は問題なく動いているみたい。……アイリス、よかったら一緒に僕と来ないか。僕は、一度帰ったらしばらく旅をして回ろうと思うんだ」

 彼の誘いに、驚いたように少女は顔を上げる。

「いいの? あたし、あんたを不幸にするかも」

「僕がキミのそれは偶然だって証明してみせるよ」

 苦笑交じりにギンガは言い、少女とともに光の柱の前に立つ。

「そうじゃなくても、疫病神とならスリリングで生きた心地がする生活を送れそう」

 青年の目はすでに生き生きとしている。

 ――宇宙ステーションへ行って報告して、スペースポートの荷物を送ってもらって……いやその前に、アイリスに服と靴を買ってあげたい。栄養クッキーより美味しいものを、パフェでも食べさせてあげたい。

 彼の頭の中はもう、未来のことで一杯なのだ。

 少女の方は、ただ未知の世界に憧れているようだった。

「それ、何か違う言い方な気がするけど……いいわ。あたしも一緒にいきたい。生きているだけでありがたいけど、新しいものをたくさん見てみたい。だから一緒に天へ召されてあげる」

「決まりだな」

 手を握り、目を合わせてから息を吸う。

「行くよ。せーの」

 同時に足を光の柱の中へ踏み出す。

 ヒューン、と軽く何かが駆け昇っていくような音を残して、ふたつの姿は光の向こうに消えていった。



  〈了〉

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