ありがちなリゾートのものがたり

@EaxxRSsMsup2

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内田透が漂着してから、一日が経過しようとしていた。

寝床から起き出した内田は、日本のそれよりも数段は濃い蒸し暑さに思わず顔をぬぐう。

窓から景色を除くと、空は青と赤の混じったような、オレンジのようなピンクのような夜明け特有の光の色をしていた。

そこから少し目線を下げると、鬱蒼としたマングローブの樹林が見える。

「ここが沖縄だと良いんだが」

知らず知らずのうちの言葉をこぼしながら、内田は寝台を降りる。

内田は職業柄、朝に強い。

そのまま部屋の扉を開けた内田は、足音を殺しながら退出。

階段を降り、そのまま昨日の記憶を頼りに玄関へ。

ずぶ濡れのスニーカーをつっかけると、家を飛び出した。

林道を抜け、光の方へ。

かすかに感じる海風の匂いからして、ここはきっと海岸に近い……そう考えて。

時間にして数分もせぬうち、内田が目にしたもの。

それは、朝日に輝く空と海の大パノラマ。

砂浜までもがその輝きを受け、神々しさすら漂う。

もし自分がバカンス客で、ここが来たくて来たくてしょうがなかった観光地ならばどれだけ感動的だろう、と内田は心の底から思った。

「……ああ、やっぱり」

皮肉にもその海岸に、内田の求める者は一切無かった。

海上保安庁の連絡船。

せめてその残骸でもあれば……と思ったが、ビーチの光景を遮るものは何もない。

内田は膝をつく。

何せ今の内田には、着の身着のまましか残されていないのだから。

スマートフォンなんて気の利いたものはない。

パスポートや財布なども元より持ち合わせていない。

己を己と法的に表せるものなど、今やすっぱりと海の底だ。

入国審査も検疫も受けていない。

完全なる、招かれざる客。

「……どうすりゃいいんだよ」

内田は膝をつく。


****


「いただきます」

朝食の時間。

Tシャツ姿の老人と内田はテーブルを挟み、食事を平らげる。

塩気の効いたパンと干し魚だった。

現金なもので、超展開に放り込まれても体は空腹を主張するものである。

出されたそれを無遠慮に口に運ぶ内田に、老人が言った。

「あんた、イタダキマスって言ったね」

手を止めた内田は言う。

「はい。……やっぱり、日本語わかってらっしゃるんですね」

目の前の老人は、内田にとっての命の恩人である。

昨夜、内田が目を覚ますとそこは海中だった。

海が職場である内田としても、意識が復旧してすぐ海中と言うのはそう対応できるものではない。

しばらく息を求めてもがき、海面を目指す。

海中の暗さからして深海かとも思ったが、意外にもすぐ足がついた。

上り坂になる方へ懸命に脚を動かし、腕で水をかき、半狂乱で突き進む。

しばらくして浜辺に行きついたが、海の中が暗かった理由がすぐわかった。

夜。

星が煩いくらいにきらめく夜空。

それに見とれる暇もあれば、内田は胸ポケットを探った。

いつも自分がスマートフォンを入れている定位置だからだ。

しかし数秒後、内田は背筋が冷たくなる。

スマートフォンがない。

現代の人間にとっては生活必需品というか個人と紐づけられた体の一部と言って差し支えないそれが、綺麗になくなっている。

この時、内田は一瞬で終焉を感じ取る。

愛用のスマホが無いという事実はZ世代真っただ中の内田にとって、生きる望みが途絶えたがごとき衝撃であった。

多少の冷静さを取り戻した内田は、おぼろげに意識が消失する寸前の出来事を思い出す。

自分は確か海上保安庁所有の巡視船艇に乗って、国籍不明の不審船とチェイスをしていたのだ。

おりしも今日は海が荒れ気味であり、稲妻がとどろいた瞬間の出来事であった。

ひときわ強く揺らめいた海面に船が転覆し、自分は何かに体を固定する間もなく海に投げ出され……放り出されたのである。

その後記憶がブラックアウトし、次に目が覚めたのが海の中。

そしてそこから這い出て、ようやく砂浜に至るというわけである。

とにかく人がいればベスト、無くても海水ではない水さえ確保できればぼちぼちという希望を抱き、一縷の望みをかけて目の前のマングローブ林へ探索に出かけたところ、小屋のようなものを発見。

そこの扉をたたいたところ、今目の前で食事をしている男性に応対され、寝床と水浴び場を提供してもらったという運びである。

「ああ、この島は昔日本軍の占領下にあったらしくてな。日本語教育の縁で少々なら喋れる」

「……ってことはここは日本国じゃないんですね」

「ああ、ここはフィリピンのオワダ島という。僻地も僻地で、本土からの連絡船が月一でしか来ん。インターネットとか言うのも、宿にしかないしな」

宿、という言葉に内田は引っ掛かりを覚える。

「宿ってどこにあるんですか」

「行く気か?構わんが、使用料金がいるぞ」

金という現実の象徴が、内田の心に重い影を落とした。

「まあ、気を落としてはいけない。あと数日したら、宿を目当てにした観光客が来る。それまで手伝いをしてくれたら、無事に帰れるように計らってやる」

「本当ですか」

「ああ、そうだとも」

食事を終えた老人は、改めて自分の名をアーノルドと名乗る。

フィリピンではスペインの影響が強く、欧風な名前も珍しくはないのである。

「とりあえず、身の回りのことを手伝ってもらおう」

アーノルドは立ち上がる。

「生ごみを海に捨てといてくれ」


***


生ごみを捨てるためには、林の中の獣道を通る必要があるという。

綺麗な海にごみなんか捨てていいのか、と内田は思うが、世話になっている手前良いのなら口を挟むことも無いだろう。

蚊避けだという薬液を塗りたくられたうえで、林の中へ行くよう言われる。

マラリアは言わずもがな、人類を殺す動物の中で、人間を除いたトップの殺傷数を誇るというくらいだ。

獣道を歩いていると、教えられた道と直角に交わる形で、進行方向から見て左手方向への道があった。

自然にできたものという感じではなく、つい最近人の脚が通ったようなふうでもある。

しかし今は生ごみの廃棄が専決事項であるため、後で聞けばいいか、とその道を無視した。

生ごみの入ったポリバケツを傾け、断崖から海に生ゴミを撒く。

別に何ということも無い仕事だった。

そのまま帰り着いた内田は、アーノルドに質問をする。

「ああ、あれか?昔日本軍が遺していった祠だとか社だとかいうな。午前の仕事が終わったら、見に行ってくれていいぞ」

アーノルドは納屋からボードを乗せたリヤカーを引っ張り出しつつ言う。

「壊すなよ」

そのままアーノルドは、海の方へ歩いて行った。

内田が聞いた話に曰く、アーノルドは浜辺守という仕事についているらしい。

普段は漁師であり、浜辺で何か事が起きた時に対処するための役職だという。

アーノルドに出会えたことは行幸だったな、と内田はしみじみ感じいった。

食器を洗ったり掃除をしたりして言いつけられた分の仕事を終わらせ、再び家を出る。

目標は林の中にあるという社だ。

はたしてそれは、大幅にスケールダウンした神社と言った風体だった。

鳥居も境内も無く、だいぶスケールの小さな……仏壇をそのまま小屋として整えたくらいの小さなそれだった。

一応手を合わせる。

それで内田の興味は急速に失せ、小屋へと戻っていった。

それから数日、内田は何もなく言いつけられた仕事をしながら過ごす。

アーノルドの仲介で島の人々とも馴染み、たった数日の間だが島から離れがたいという感情を内田は抱いていた。


*****


「こりゃあ降るな」

アーノルドが空を見上げて呟く。

内田が見た空は、奇しくも不審船とチェイスをしていた時と同じように見えた。

「買い物、行ってきます」

内田は言いつけられた仕事である市場への買い出しを決行した。

マングローブ林を抜けると小高い丘になっている。

ふもとの村を睥睨でき、村を海岸側に抜ければ船着き場が見える。

市場で本土から運ばれてきた物資や畑でとれたものなどをメモを頼りに買いあさっていると、宿の方からひときわ大きな騒ぎ声が聞こえる。

現地の人と見慣れない人たちの激しい争いだった。

見慣れない人は日本で言えば夏場の湘南やそれこそ沖縄で見られるような派手なカラーリングの人たち。

シャツや装飾品から、なんならヘアーカラーまでゲーミングパソコンのように派手で、遊び人特有のオーラを無遠慮に振りまいている。

顔立ちからして日本風ではなく、現地のパリピがやってきたという風体だった。

内田は買い物ついでにさりげなく聞く。

「どうかしたんですか?」

「ああ……あいつらマナーが悪くてね。ゴミを海に捨てるな、って注意したらキレて来たんだ。困ったもんだ」

「心中お察しします」

ついでに内田は、船を見ることにする。

この船は島に物資と観光客を運んできて、その帰りに自分を乗せるよう計らってくれるはずだった船だ。

大きめのモーターボートというかクルーザーという風の船で、どうやら立ち往生している風だった。

荒れそうな海や空の模様に、航行を躊躇しているのかもしれない。

まあこの嵐が過ぎれば自分はこの島を脱出できるのだ、と考えを改めた内田は、小屋へと戻る。

アーノルド、そして内田の予想通り、風や雨が吹いてきた。

結局何もなく夜も更けてきたころ、村の方から重低音が響いて来る。

一定のリズムに乗って響くビート……EDMだ。

村から離れたこの場所でもうるさく響くぐらいだから、村はもう騒音に支配されていることだろう。

「毎年奴らは来る。ああやって騒音をまき散らすんだ、迷惑だ」

アーノルドは忌々しく吐き捨てる。

その翌日は海が荒れ、雷がとどろく。

スコールのような雨が島を包み込んだ。

「この雨、いつ止むんでしょうね」

「長年のカンから言えば一日二日もすれば止む。通り雨みたいなもんだ。そうだ、社の様子を見に行ってこようかな」

現在時刻は、夕食後の日の影る時間。

雨雲によってもとより暗いが、それに加え日光すらその力を失いかける、危険な時間だ。

「ちょっ、それは危険じゃないですか!?日本でも豪雨の時に田んぼの様子を見に行って死ぬ人がいっぱいいるんですよ」

「なぁに、大丈夫だ」

そう言うとアーノルドは立ち上がり、黄色いビニールのレインコートを纏う。

「もし一時間して俺が帰ってこなけりゃ、社まで来てくれ」

そう言うとともに、もう一着あったレインコートを内田に投げ渡すとランタンを手に飛び出していく。

一時間どころか数十分で往復してこられそうだが……予想に反し、五十分の時間が過ぎてもアーノルドが帰ってくる気配はない。

流石にまずいのでは、と危惧した内田はレインコートを纏うと、玄関にあった懐中電灯を灯し、雨の中を駆けだしていった。


***


「……え?」

社の扉が開いていた。

仏壇でいう所の扉が薄く開き、中が見えるようになっている。

懐中電灯を向けると、中には小さな仏像と本のようなものが仕舞ってあった。

「日本語だ」

懐中電灯で照らしてみると、確かに古い字体かつ筆書きではあるが、日本語が書いてある。

一応懐中電灯で周囲を照らすが、アーノルドは見当たらない。

その時だった。

内田の後頭部に衝撃が走る。

それに反応する前に右肩にもう一撃。

「……っ!!!??」

痛みに耐えながら必死に振り向くと、どこに隠れていたのかアーノルドがレンチを手に自分を見下ろしているのを内田は確認する。

「……な、何を」

「社を壊したな」

「……はぁ?」

そのままアーノルドは社に置いてあった本を手に取るとレインコートの内ポケットに押し込み、内田の腕を引っ張り、担ぎ上げて引きずる。

「全く、壊すなと言ったろうが」

「壊して……ないだろうが」

内田は抵抗できなかった。

健康体ならばともかく、今は頭と右肩を殴られている。

その上、相手はレンチという武器を手にしている。

レインコートならレンチ一本忍ばせても疑問に思わせなければ持ち出しは容易だろう。

今ならば相手の首を絞めたり蹴りを繰り出したりすることは容易だろうが、今の自分のコンディションではその前に右腕をへし折られかねないと、内田はわかっていた。

そうして、小屋の玄関にて。

内田を放り出したアーノルドは、扉の鍵を閉めると内田をもう一発とばかりに殴る。

今度は左足。

そのまま内田の胸の上に腰を下ろしたアーノルドは、社に置いてあった本を開く。

「旧日本帝国海軍 小和田 占領地平定日誌」

題名はそんな名前だった。

本はいかにもな大学ノートだが、それにわざわざ筆ペンで書いたような形跡がある。

写本という奴かもしれない。

『7月11日 倉木の振る舞いが目に余る 注意しても海へのごみ投棄をやめない』

『7月14日 天候荒れ 海もしけており船使いものにならず』

『7月16日 天候回復 わらつみさまなる神をあがめる現地民の祝祭に参加 倉木現地民の酒をがぶ飲み 叱るが泥酔しているため営巣に入れるよう指示』

『7月17日 倉木行方不明 捜索体制を取る』

そこまで読んだアーノルドは、首をレンチで抑えながら内田に問いかける。

「分かるか、内田」

「何が……だ」

アーノルドは血走った眼で告げる。

「この島にはワラトゥミサマという神様がいらっしゃる。ワラトゥミサマは海を汚す人間を嫌い、そういった輩を殺すのだ」

「だから何だってんだよ」

「分からないか。お前は選ばれたんだよ、ワラトゥミサマに」

激痛の走る頭で、内田は思った。

こいつイカレてる、と。

「ワラトゥミサマは厳格だが、人の命を好き勝手に食うほど貪欲ではいらっしゃらない。その点お前は海にゴミを捨て、社を発いた。だからその罪により、お前はワラトゥミサマの元へ逝かねばならん」

「ふざけんなよ」

内田に打撃が加わる。

今度は握りこぶしで。

その時、内田は閃く。

自分は生ごみを海に捨てたが、例年来ていたと思われる観光客はゴミの処理について喧嘩腰だった。

最初から仕組まれていたのか、と納得がいく。

「さて、少々殴り過ぎた」

アーノルドは立ち上がり、内田にレンチを投げ落とした。

右足の腿に、重力に乗ったレンチのヘッドがぶつかる。

そのままどこかへ去り、水が滴るタオルとシートのようなものを持ってきた。

水分を多量に含んだタオルで内田の頭の傷をふさぎ、シートで体を巻く。

扉の鍵を開けたアーノルドは、シートで巻いた内田を引きずりつつ納屋へ向かう。

リヤカーに内田の体を乗せると、荷台を押す形で林を村の方向へ進んで行った。

てっきりごみを捨てていた断崖あたりで殺すのか、と思っていたが、内田の耳に聞き覚えのあるEDMが聞こえてくる。

雨はいつの間にか弱まっていた。


***


内田が目を覚ますと、そこは爆音のEDMが流れ、ライトビームが激しく明滅している。

いつの間に音楽フェスに来たのかと思ったが、思考がクリアになっていくにつれて周囲の現状が理解できていく。

観光客たちだ。

夜も更けている時間帯だというのに、爆音で即興野外フェスを開催しているのだ。

アーノルドは聞きなれない言葉で叫び、シートを何か刃物のようなもので切り裂いて内田を担ぎ出す。

周囲で踊り狂うパリピが内田を見つけるや馴れ馴れしく近づいてきて、肩や腕を抱いてきた。

もうどうにでもなれ、と内田はそれに身を任せる。

しばらく痛む腕や脚を使い、周囲に溶け込む努力をする。

幸いなことに折れてはいないようだった。

周りを見渡すと島民たちがおり、酒盛りをしていて異様にハイになっている。

何とかうまく逃げる隙を伺っていると、アーノルドが内田の肩を思い切り掴む。

見た目は六十前半という感じのアーノルドだが、恐ろしい強さだった。

そのまま片手に持った持ち手つきの瓶のようなものを内田の口に近づけ、また聞きなれない言語で叫ぶ。

その言葉を聞いたパリピたちは手を上げて何か叫ぶ。

何か場のバイブスが上がるようなことを言ったんだな、と直感的に内田は理解した。

内田が現状を理解し、アーノルドの凶行を叫ぼうとした瞬間。

アーノルドが内田の口にその瓶を傾けながら押し付けた。

鼻腔を突く猛烈なアルコール臭と、ほのかなフルーティーさを持つそれは酒だった。

理性を一撃で吹っ飛ばすような猛烈なアルコールの奔流が内田の五感を曖昧にする。

殴られた患部の痛みも、今自分がフィリピンの離島にいるという事実もすべてがどうでもよくなり、眼前に靄がかかる。

夜の帳を突き破らんとするライトも朧げに色彩が見えるだけになり、何語か元からわからなかった聞き覚えの無い音楽は催眠的に内田のテンションを跳ね上げる。

まるで空中浮遊しているような心持の中で、内田は誰かが自分を引っ張るのを他人事のように知覚した。

(そう言えば、海にゴミを捨てたから神様に殺されるんだっけ)

何もかもがあいまいな中で、内田はそのことだけを考えた。

先ほどの酔いから少したってそれなりに五感がはっきりしてきた。

目の前に眩しい閃光はなくなり、暗い空と海が写っている。

足元の感じからすると桟橋を歩いているといったところだろうか。

横目で確認すると、アーノルドの浅黒い肌の色が見える。

彼が手を離した瞬間。

(そうか、海にゴミ捨てるのは悪いことだもんね)

ほとんど無意識だったのかもしれない。

酒によってリミッターが外れた内田は、自分を引っ張る存在に思い切り寄りかかる。

自分の全体重を、相手に思い切り押しかけたのだ。

酔っ払いによって力加減がなくなった大の男に寄りかかられたアーノルド共々、内田は夜の海へ落ちていく。

それをテンション最高潮になった誰かが飛び込んだと勘違いしたか、何人かのパリピが港から海に飛び込んで行った。

アーノルドは突然の状況に目を白黒させている。

「ダメでしょう、海にゴミ捨てちゃあ」

そう言っている気分になりながら、内田はアーノルドを水中に引きずり込んだ。

「わらとぅみさまがぁ、怒ってるよ」

そう言いながら、内田は蹴りを放とうとする。

実際は水中なので酸素を無駄に浪費しつつほとんど威力の無い足蹴りを食らわせただけだったが、溺れているアーノルドの脚に蹴り攻撃が絡みつき、より脱出できない状態となっていく。

「謝らなきゃぁ、だめでしょう」

「放せっ、酔っ払い!!!」

「悪い事したら、何て言うのぉ」

「ヤメロおおおおおおお」

水面に顔だけ出した状態でしばらくやり取りをし、それを最後に二人は海の底へと沈んで行った。


***


翌日。

観光客達が寝泊りする宿屋の一室で、内田は世話をされていた。

アーノルドの事を聞いたが、明け方に溺死体で見つかったらしい。

幸いなことに殴られた箇所は出血や外傷を伴うダメージはなかったようで、ケアをすれば何とかなるらしい。

しばらく泊って行けとも言われたが、島の人々的にアーノルドが死んでも動じていないことからワラトゥミサマの事を知っていてもおかしくない。

口封じされるかもしれない事を考えると、無防備な体を島民に晒すことは避けたかった。

勿論観光客が毎年来ていることを考えると、口封じなどは考えすぎかもしれない……が、念には念を入れるものだ。

内田はベッドから立ち上がると、帰り支度をする観光客たちの間をすり抜け、小屋に忘れ物をしたと言って宿を出る。

目標はレンチ。

社にあった大学ノートなどを持ち出せばバレる可能性が高いが、レンチ一本くらいは泥棒してもしばらくは気づかなかろう。

警察や大使館がどれだけ役に立つかは分からないが、これを証拠とすれば今回の出来事に法を介入させることはできるだろう、という算段だった。

小屋に踏み込み、レンチらしきものを探す。

「あった」

果たしてそのレンチは、納屋の工具箱に放置されていた。

すると、社に遭った大学ノートが傍らに置いてあるのを発見する。

『8月17日 本土からの命令により異動となる』

風で捲れたのか、ページが開きっぱなしになっていた。

内田はそれから目が離せなかった。

ページが一枚捲れる。

『8月2日 島民から食料の供出。倉木が亡くなってからこっち、島民が妙にやさしい。ごちそうさま』

「ごちそう……さま」

内田は駆けだした。

レンチも、もうどうでもよかった。

遺されたノートのページが風にあおられて捲れる。

『7月24日 倉木水死体として発見』

『7月25日 倉木の葬儀。会食を行う。もうしばらくはいらない』

『8月18日 この島を去る。さよなら』

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