#3 魔王の真実を知る男

「いや、あれは……」

 正直なところ、俺にもわかっていないんだよな。

 頭の先端に突起がある子。

 多分、イヴよりはもうちょっと年齢が上――ということはイヴの肉体が六歳なら、あの子は八歳とかそのくらいかな?

 でも収納できたってことは生きてはいないはず。

 まさかイヴと同じく仮死状態?

「あれ、って?」

「えーと、この世界に来てすぐ、スケルトンみたいなやつに襲われたんだ。体をつかまれて、そのとき、俺の皮膚を直接つかんだやつを収納できそうだったから、収納してみたらできて……中には剣を持ってるやつも居たから、片っ端から収納して……その勢いで収納しちゃった子供、なんだけど、収納できちゃったから生きてはいないのかも」

「あるいは仮死状態か」

「そうだね。見た目は頭部に突起がある男児って感じなんだけど、ただここが異世界ということを考えると、若くないかもしれないし、性別もわからない。あと言葉も全く通じない」

小谷地おやじはリュククでしょ? レベルも上がらないクリストバルコロ外種族なのに、よくそんな大勢を相手にできたね」

「速度が上がる薬を摂取したんだ」

「それ、まだある?」

「うん」

 亜空間から「加速装置」を一つ取り出し、イヴへと手渡す。

 イヴはそれを手のひらに乗せてじっと見つめた。

「これは、敏捷性を中心に運動機能を前借りする効果の薬ね。ということは小谷地はしばらくの間、のろまになるわけね」

「ああ。今はもう反動が来ている……強めの筋肉痛。というか今のは鑑定魔法?」

「というか能力に近いかな。魔族は代々親の持つ能力を継承するの。母魔王から受け継いだこの【看破】は視認したものを鑑定できるの。近いほど情報をたくさん得られてね、母魔王はこれで相手の攻撃属性を予測して防御魔法で体を覆っていた」

 なるほど。

「包み隠さず教えてくれるんだな」

「私のこと、幸せにしてくれるんでしょ? だったら情報交換は大事。地球ではホウ・レン・ソウって言うやつね。報告・連絡・相談……なんでそんな表情なの?」

「あ、いや、外見は六歳なのに、あまりにもしっかりと喋るから、なんか不思議というか」

「今、なんか嘘ついた?」

 嘘はついてないが、ちょっと言葉を選び直した。

 さっきかけられた魔法、【信頼の絆】ってそこまでわかっちゃうのか。

「いや嘘じゃなく、イヴを傷つけないようにって言葉を選んでしまったんだ。最初に頭に浮かんだ単語は違和感とか不自然とか、あまりよくないイメージの言葉だったから」

「嘘をつかれる方がいやだ」

 イヴは俺にぎゅっとしがみついた。

 俺の胸もぎゅっとなった。

「ごめん。気をつける」

「私の角ね……魔族の角は、周囲の感情を感じとってしまうの。世界に悪意が満ちると、黒くなってしまうのね。嘘とか害そうという気持ち、あとは孤独や怒りや恐怖も」

 イヴの角は明るい灰色。

 そういえば勇者が戦った魔族はみんな角が真っ黒だったっけ。

「わかった。できるだけそういう感情に近寄らないようにするし、もしも遭遇しちゃったら、できるだけ早く逃げ出すことにする」

「そうしてくれると助かる」

「いざとなったら亜空間の中へ逃げてほしい」

「うん……でも他にも方法があるよ。角を白くできる方法」

「どんなの?」

「楽しいことと幸せなこと、あとたくさんの愛情で包まれればいいの」

 最初に頭に浮かんだのは、イヴの目の前にお菓子を並べたシーン。

 いやでもお菓子は収納していない。

「小谷地は難しく考え過ぎている。簡単だよ。たくさん愛してるって言って。嫌な気持ちを全部上書きして」

「あ、」

 照れくさくて言葉に詰まる。

 愛してるって言うこと自体もそうだけど、六歳の幼女に対して言うということに対しても、なんというかオトナとして案件臭い罪悪感というか。

「早く言ってみて」

「あ……うん」

 イヴは俺をじっと見つめている――伝わってくる。イヴの不安と苛立いらだちが。

 そうだよ。

 イヴは家族を失ったんだ。

 俺が荷物持ちをしていた勇者パーティによって。

 こんな小さな子が、恐らく仲間も居ない世界で一人ぼっちで。

 俺も一人ぼっちではあるけれど、俺なんかよりずっとずっと寂しくて、しんどくて、つらいはず。

 俺にはこの子を守るべき義務がある。

 安心させてあげたいという気持ちがある。

 深呼吸を一つしてから、イヴの頭を撫でる。

「愛してる、イヴ。俺がちゃんと、守るから。守り抜くから」

 その言葉に反応するように、イヴの角が白みを帯びた。

「うふふ。これ、もうプロポーズだよね?」

「え? い、いやいや」

「小谷地、いま私が幼い体だってこと気にしたでしょ? でも安心して。確かに私の肉体は六歳だけど、精神は母魔王の知識や感情を早急に学んだこともあって三倍くらい濃縮した時間を過ごしているの。精神年齢はだいたい十八歳くらいよ。地球では十八歳って結婚できる年齢でしょ?」

「ちょ、ちょっと待って。頭の整理がつかない」

 俺はもうすっかり娘という気持ちでイヴに接している。

「魔族の肉体の成長は、クリストバルコロの人族や地球人とだいたい一緒。だからあと十年も経てば、そういうことも」

「ダメ! ダメダメダメ! 気持ち的に幼女にやらしい気持ちという思考自体がもう俺のアイデンティティを破壊するから」

「えー?」

 イヴが唇をとがらせる。

 俺はもう一度、イヴの頭を撫でる。

「でも、家族として大事にするのは約束する」

 イヴの角がさらにまた白くなる。

「まぁいいや。今はそれで」


 イヴが肩を震わせたから、亜空間から毛布を取り出してイヴを包むと、イヴは改めて俺の膝のうえに座ろうとした。

 しかも毛布は俺と一緒にくるまろうとする。

 ちょっと待って。全裸女児を膝の上にってなんか犯罪臭がする――ってことで、血でべったりと汚れた聖女様のタオルはいったん収納し、飲み水用の革袋と新しいタオルとを取り出し、水に浸してから固く絞ったタオルでイヴの体を綺麗に拭いた。

「寒いの、少しだけ我慢してね」

 美しい銀色の髪の毛も丁寧に拭いて。タオルも何度か取り替えて。

 あとは、服だよな。

「これ、着られる?」

 イオニイオナが初期にはいてた下着。サイズ的にはイヴにはちょっと大きいのだが、紐でキュッと縛るタイプなのでうまくはけると良いが。

「これ、小谷地の?」

「いや、勇者パーティーの賢者の子のだよ。彼らの着替えの運搬と洗濯は俺の仕事だったからね……イヤかもしれないけれど、イヴが裸のままってわけにはいかないから、着てくれると嬉しい」

「残念。小谷地のが良かったのに」

 そう答えたイヴは、勇者パーティーの服というのはさほど気にはしていないみたいな表情を見せる。

 でも、伝わってくる。微妙な気持ちが。母魔王への想いが。

「ごめんな、イヴにとっては仇の服なんて。新しいイヴ専用の服、早く手に入れような」

「いいの。今は全部小谷地のなんでしょ?」

「ま、まぁ、そういうことになるかも」

 あとは、これまた賢者の初期支給装備だった<矢除けの服>があったから、それを着てもらった。

 クリストバルコロの風精霊の体色と同じ柔らかい若草色に、イヴの白い肌や銀色の髪がよく映える。

「見とれてる?」

「あ、ああ」

 一瞬、照れ隠しに否定しそうになって、すぐに気付いて飲み込みかけた言葉を口にした。

「綺麗だよ」

 イヴが嬉しそうな笑顔を見せる。

 思わずその頭を撫でたらしがみついてきたイヴを優しく抱きしめる。

 華奢で小さな体。俺がちゃんと守る側に回らないとな。

「その裸足も何とかしなくちゃだな」

 試行錯誤の結果、イヴの足にタオルを巻いてから革のサンダルを巻きつけ、なんとか歩けるようにはなった。

「お世話されているって感じで悪くないわね」

 中身が十八歳なら、勇者レオたちとほぼ同年代か。

 もう子供扱いはできない年齢なんだけど、体は六歳だからなぁ。

「精神が成長したのって【仮死化】だっけ? 肉体も成長できる魔法ってあるの?」

「ふーん。小谷地は私と早くエッチしたいんだ?」

「ち、違」

「わかってる。【信頼の絆】は感情が伝わってくるから」

 うん。俺をからかってイヴが楽しんでいるってのも伝わってきている。

「まず、【仮死化】は勇者との戦闘のときだけね。普段は【睡眠学習】という魔法を使っていたよ。魔族同士で模擬戦をして、それを学ばせられてた。で、肉体を成長させる魔法は、あるにはあるけど、意味合い的には成長というより変化って感じ。急激に巨大化したり、鋭い爪や牙や翼を生やしたり。でも変化したら成長はもうしなくなる。自分とは異なる生物っていう型に無理やり肉体を押し込む魔法なの。母魔王も、勇者が近づくまでは私と同じ種族だなって分かる容姿をしていたんだよ。魔族の肉体の成長速度は地球人とほとんど一緒だから……さっきも言ったけど、あと十年くらい待ってくれたら大丈夫だよ?」

 またからかわれている。

 いちいち反応するのはやめよう――違うことを考えて――模擬戦なんてしてたのか。魔王側も地味に努力しているんだな。

「あっ、その【睡眠学習】を、さっきの鬼の子供に使ったら、俺たちの言葉を覚えてもらえる?」

「対象を見ないでかけられる魔法を私は知らないし、そもそもその相手の魔法耐性が高い場合は相手の受け入れ意志なしには魔法がかからないかも。その子を亜空間から出してくれたら【会話理解】の魔法を私たちにかけようとは思っているけど、少なくともそれは小谷地の反動が収まってからかな」

 すげぇ。イヴ、俺より賢いだろこれ。

「ん。いま何か私を褒めたい気持ちになった?」

「うん。イヴは賢くてすごいなって」

 イヴは微笑みを浮かべる。

 そして伝わってくる感情――ああ、俺の心まで温かくなる。

「ねぇ、反動が治まるのはまだまだでしょ。たくさん話したいな。ずっと母魔王の胎内にいたから、声を出しての会話ってするの初めてで……小谷地とするおしゃべりは嬉しいから。小谷地は私の初めての人、なんだよ?」

 ま、またドキドキさせようとしてくる――でも、こうやって誰かと楽しくおしゃべりできるのは俺だって嬉しい。

 クリストバルコロでは、勇者パーティはいい人たちばかりで待遇こそは良かったのだが、それでも人じゃなくペット的な扱いだったからな。

 俺たちは一つ毛布――もちろん新しい毛布にくるまりながら、いろいろな話をした。


 俺の小さかったときの話、俺が回想しなかった地球での話、そしてクリストバルコロにおける魔族とは何なのかという話まで。

 イヴ曰く、クリストバルコロの魔族というのは、より自然に近い存在だという。

 人族と精霊族との間くらい。

 だから魔法に関しては人族より慣れ親しんでいるし、魔法の効果も人族より大きな効果を発揮できる。

 どうして争っているのかと言えば、人族の邪心が原因らしい。

 精霊は感情を持たないが、魔族は感情を持ち、人族と同様に子供を成して繁殖する。

 大昔は、魔族と人族とが交わって子供を成すことも珍しくなかったという。

 しかし魔族は感情に敏感であるがゆえに、周囲の嫉妬や怒り、悲しみや憂い、悪意や恐怖、疑いの心など負の感情に触れると、感化されてしまうことがあるという。

 人族の毒気にあてられて、おかしくなったり、その負の感情に同調してしまった魔族は、もともと魔力が高かっただけに危険視され、他の関係ない善良な魔族たちまでそういう目で見られるようになった。

 その負の感情がまた新たに魔族の心を傷つける。

 負の連鎖を断ち切るために魔族は人の住まない場所へと移住した。

 それがまた人族の疑心暗鬼を煽った。魔族が力を蓄え人族へ復讐しようと企んでいるなどと。

 負の感情が世界を覆い、クリストバルコロ全体へと行き渡り、僻地に隠れ住んでいた魔族の心をも汚し始めた。

 魔族は仕方なく避雷針を作ることにした。

 それが魔王だった。

 世界に蔓延する負の感情を魔王という恐怖の存在に集約し、他の魔族を心の汚染から救おうという作戦。

 仲間内から尊い犠牲を出すことは、決して魔族の望むところではなかったが、他に方法はなかったから。

 始めのうちはそれで良かった。

 人族の吐き出す負の感情を一身に集めた魔王が人族の討伐隊に討たれることで人族は安心し、世界に渦巻く負の感情が減る。

 しかし、人族は魔族が居なくとも互いに負の感情をぶつけ合う。

 人族とて負ではない感情も吐き出すのだが、戦争や飢餓、貧困、権力者や富裕層たちの欲望など、魔族関係なしに負の感情はクリストバルコロを侵食していった。

 また新たな魔王が作られ、それを人族の期待を集めた者――勇者が討つ、そういうサイクルが出来上がっていった。

 勇者も元はと言えば魔族の血を引く者。

 他者の応援が力になるのは、魔族の血ならではの特性。

 だが、そのサイクルも永久機関とはならなかった。

 人族は繁殖地を広げ、数が増えたことで負の感情の増加スピードが加速し、魔王一人では処理しきれなくなった。

 仕方なく人柱が、いや魔柱が増えてゆく。

 人族の無自覚の呪詛を受け止めるための「勇者に討たれるべき魔族」が。

 四天王が生まれ、魔将軍が生まれ、魔族の軍勢までができてしまった。

 中には、元凶たる人族の駆除を本気で考える魔族も現れ、人族の生息域を減らそうとし、その驚異がまたさらなる負の感情を生んだ。

 ゾンビ化も魔族の新たな技術だった。

 死した屍にも負の感情を貯める効果を与えることで、まだ生きている魔族への被害を減らそうというもの。

 無事な魔族を守るための呪詛。

 だからクリストバルコロから離れた今、母魔王の屍はゾンビ化しないとイヴは教えてくれた。

 つまり母魔王とイヴ、ひいては俺の追放は、クリストバルコロにとっては根本的な解決にはならないってことだ。

 今の俺にはもう、あの世界をどうすることもできないし、そこまでの思い入れもないけれど、仲良くなれた勇者たちを想うと少しだけ心が痛んだ。


「小谷地。あなたが悲しくなると、私までつらい」

「ああ、ごめん、イヴ」

 俺はイヴを抱きしめる。イヴのことだけを考えながら。

 俺はこの子を守ってゆくのだ。

 イヴの頭を撫でるとイヴの喜びの感情が伝わってくる。

 助け合いながら、平和に暮らしていける場所を探そう。

 衣食住が確保できて、負の感情が少ない世界を――そう、イヴはそれができる。

 聖女様が最後に使った【異世界放逐】の魔法も俺の亜空間内で【仮死化】で学習していたから。


 ただ、いつでもどこでも使えるというわけではないらしい。

 イヴ曰く、俺が見たという魔法陣は【異世界放逐】に必要な力場を作るものらしく、その場所でないと異世界までは飛べないのだそうだ。

 原理的には、世界には「歪んでいる場所」というのがあって、そこはその世界自身との関係が希薄になりやすいのだとか。

 イヴは、この世界にもうしばらく居れば、この世界の「匂い」を覚えられて、そうしたらこの世界の「匂い」が薄くなる場所もわかるようになるという。

 そこでなら、あの魔法陣に相当する効果を得られるだろうとのこと。

 イヴは本当にすごい。

 気に入らない世界だったなら【異世界放逐】で俺たち自身をその世界から追放し、別の世界へ旅立てるのだ。

「ありがとうな」

 目的ができたことで、やる気が湧いてきた。

「こちらこそ、ありがとう。頼りにしているから」

 俺よりもレベルが高いうえに多くの魔法を使えるイヴなのだが、それでもその言葉は真実だというのが伝わってきて、その肯定感がなんとも嬉しかった。

 本気で頑張ろう。

 イヴの角が真っ白いままでいられるように。




「反動、そろそろ治った?」

「だね。体のだるいのとか筋肉痛みたいなのとか、もう感じない……ということで、亜空間からさっきの鬼の子供、出すよ?」

「うん」

 イヴは俺の後ろに隠れる。

 毛布をいったん亜空間へと戻す。

 一呼吸置いてから、あの鬼の子供を亜空間から取り出した。






● 主な登場人物


小谷地おやじ

 地球人。二十五歳のクリスマスにクリストバルコロへ異世界召喚され、亜空間への収納能力【収納】を得た。特級リュクク。


・レオメトラ

 クリストバルコロの勇者。魔王討伐の旅出発当初は十六歳。使命感に燃え諦め知らずの正義の美少年。


・イオニイオナ

 クリストバルコロの賢者。勇者の幼馴染。十六歳のフワフワ系美少女。天然なところもあるがサポート魔法のエキスパート。


・クレードルト

 クリストバルコロの聖女。十九歳の清楚系美少女。冷静で知識豊富。小谷地に異世界追放を仕掛けた。


・魔王

 クリストバルコロの魔王。勇者パーティに倒された。現在その骸は小谷地の亜空間の中。時間が経ってもゾンビ化しない。


・イヴ

 勇者パーティに倒されたクリストバルコロの魔王の娘。魔王の子宮の中で仮死状態だったため魔王の骸と一緒に収納されていた。正式名はイゥヴェネッシェーレ。【仮死化】のおかげで亜空間内で多くの魔法と、そして小谷地の故郷の日本語まで学習した。


・鬼の子供?

 頭髪がない代わりに頭のてっぺんに角みたいな突起がある男の子。骨人だらけの場所に居た。収納できてしまったので、生きてはいないっぽい。


・骨人

 スケルトンっぽいやつ。収納できる。剣士や大きいのも居る。

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お荷物だった荷物持ちはお篭り子守新生活を夢見る だんぞう @panda_bancho

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