#2 養いなさいと言われる男

 俺を覗き込む無数の頭蓋骨たち。

 いや、頭蓋骨のみで眼球などないので覗き込むというのはおかしいかな――こんな状況で余裕ありげにモノを考えていられるのも勇者一行と一緒に旅をしたからなのかも。

 こんな綺麗な骨じゃなくもっとグロいゾンビにだって散々遭遇したし、人型も含めた魔物もかなり解体してきた。

 俺たちリュククはレベルこそ上がらないものの、くぐった修羅場の数は精神的な成長をうながし冷静さを――。

「うわああああああああぁぁぁぁっ!」

 思わず大声を出してしまった。

 どこ行った冷静さ――いやでも仕方ないだろ。

 骨のうち一体が動いて俺の手をつかんだのだから。

 つーか動くのかよ。こいつらスケルトンなのか?

 待て待て待て。

 俺は肉体面では地球に居た頃とほとんど変わらない一般人のままなんだってば――とか考えながらも灯りの杖で次々とつかみに来る骨の手を振り払いつつ立ち上がる。

 さてどっちに逃げようかと周囲をぐるりと見渡しきる前に、俺は無数のスケルトンの手につかまった。

「ちょちょちょ、ちょ待っ」

 そんなこと言って待ってくれる魔物なんぞ見たことないが――ん?

 この感覚――自分の皮膚に触れている冷たい骨の数々が、お馴染みの感覚であることに気付く。

 こいつ、しまえるぞ?

 心の中で収納を試みる。

 すると今の一瞬で俺に触れていた七体もの「スケルトン?」が収納できた。

 あー、そうか。こいつらは「生きてない」から収納可能なんだ。

 途端に溢れ出す自信とやる気。

 自分を見失うことなく反撃開始だ。

 次々とスケルトンのような連中に触れて収納するッ!

 ――って、なんか名前長いな。「骨人」と呼ぶことにしよう。

 亜空間内の「スケルトン?」も「仮・骨人」に変更しておこう。

 収納したものには亜空間内名称――略して「亜名」をラベルのように付与できるのだが、収納したモノを取り出したり整理するときに、この自分で付与した名称の部分一致で脳内検索できるんだよね。

 内容を未検証なモノには「仮・」をつけるようにしている。いわゆるタグ的なもの。

 メニューウインドウみたいなのが出るわけじゃなく視覚で選択できないから、文字情報の補完は必須。


 いやしかし入れ食いってこのことだろうか。

 片っ端から収納しているのってのに途切れることなくワラワラと骨人どもが。

「うわっ!」

 不意に闇の中から振り下ろされた剣先に驚いて尻もちをつく。

 よ、よく避けられたな俺――なんてゆとりはない。

 亜空間内から硬い革の盾を取り出し、左手に構える。

 非マジックアイテムだが軽くて扱いやすい。

 骨人剣士の剣を受け流しつつ再び立ち上がる。それができるのも骨どもの剣が錆びて切れ味悪い状態なおかげ。

 <灯りの杖>に攻撃力はない。あの剣と打ち合い続けでもしたらきっと壊れてしまうだろう。

 この暗くて広いどこだかわからない場所で武器を振り回す敵が居て、一瞬でも灯りを失うのはちょっとしんどい。

 しかも骨人剣士、何体も居るじゃないか。

 これはもうアレだ。ドーピングしかないな。

 亜空間から「加速装置」を取り出し、口の中へ。

 すかさず奥歯で噛む。

 異世界で薬っていうとポーション一択なイメージだったが、クリストバルコロでは戦闘補助系の薬はほぼ錠剤。

 喉にシュワッとしたのが広がるとすぐに効果が出はじめる。

 ああ、そう。今の「加速装置」ってのは、効果と服用方法から連想した名前を「亜名」として俺が勝手につけただけで、クリストバルコロの言葉では「速度が上がる薬」みたいな意味だった。

 ほら、全部本当の言葉で名前つけちゃうと、とっさに探すとき「まず名前を思い出す」必要があってワンテンポ遅くなっちゃうから。

 <灯りの杖>も「亜名」は「魔法品・月光充填・明・キャンプ・灯りの杖」と設定してある――おお、ようやく神経が体の動きに馴染んできた。

 薬を服用してすぐに動き始めると、体の感覚と神経とがうまくリンクしなくて勢いあまって転んじゃったりするんだよね。

 よし。こっからペース上げるぜ。

 すっかり緩慢になった骨人剣士たちの動きの隙間に体を差し込みながら、収納を再開する。

 薬の効果時間は有限だし、一度服用するとしばらくは強化系の薬を無効化する副作用もある。

 四の五の言わずに片っ端から収納しなきゃだ――俺の武器は【収納】と勇気しかないんだから。




 あれから何十体、いや百を超えてから数えるのもやめたくらい、とにかく収納しまくった。

 触れては収納、触れては収納、を繰り返しているうち、次第に自分の動きに無駄がなくなってきたのがわかる。

 武術みたいなのが生まれるきっかけってこんな感じなのかな――なんて自分に酔いながら連続収納していたせいで、俺はそれも収納してしまった。

 その直後、大きな疑問符が脳内に湧いた。

 今、どさくさ紛れに収納したの、骨人じゃなく男の子だったよな?

 見た目は完全に人間だった。

 ただ頭髪はなく、代わりに頭のてっぺんに角みたいな突起があったけど。

 綺麗な円錐形の突起――鬼の子供?

 え、でも、収納できたってことは生きてないってことだよね?

 最近収納したモノへ意識を集中してみる。

 「鬼の子供?」(1)、「仮・骨人剣士」(14)、「仮・大骨人」(2)、「仮・骨人」(316)、「硬い革の盾」(1)、「魔王のむくろ」(1)。

 うん。見間違いではない。やはり収納しちゃっている。

 そして魔王の骸のことを思い出して気が滅入る。

 どうにかしてこれを処分して、そして可能ならば地球へと――いや、平和に暮らせるならどこでもいいかって、うるさいな。今考え事してるんだから――えっ、俺今誰と会話した?

 耳を澄ましてみるが、さっきまで周囲に溢れていた骨と骨とが擦れる音はまるで聞こえない。

 いや、違う。中だ。

『メンスロセジュスジェ』

 亜空間の中から聞こえている?

 この脳内に響く感じ、クリストバルコロで賢者が使っていたテレパシー系に感覚が似ているな。

『ルクラムセ』

 いやでも何言ってるのかは全くわからないが。

『ちょっと! うるさいっての!』

 んんっ? 日本語?

 何言ってるのかわからないのとは別の声。しかも女の子っぽい声?

 待てよ待てよおい! 今の日本語も亜空間の中からだったぞ?

 いつの間に生きてても収納可能になったんだ?

 まさかここに飛ばされる前にあの真っ暗宇宙みたいなとこ通って【収納】能力が進化したとか?

『ねぇ、聞こえてるんでしょ?』

 聞こえているけど――本当に亜空間の中からか?

 周囲に人が隠れてたりしないよな?

『クスモ・ヴェジェクァジュスゼシ・ゲメリ』

『とりあえず私を出して!』

 え、これ、会話ってどうやるの? ずっと聞こえてるばかり?

 いや落ち着け、俺。

 亜空間内から聞こえているということは――試しに言葉を収納するイメージで、発してみる。

『こうかな?』

『あ、聞こえた?』

『ザクィオシ・エクァユ』

 俺は亜空間内の、まずは日本語を話している女の子と会話を試みてみた。




 三十分後、俺はなぜか血まみれの幼女様にまたがられ、ヘソを責められていた。

 俺のヘソへぐいぐいと指を差し込み、広げ、中で動かしている。

 ちょっと痛いがここは我慢だ。

 しばらくすると幼女様は指を動かすのをやめた。

「あ、あの……もういいですか?」

 なんで幼女様に敬語かと言うと、この幼女様が魔王の娘イゥヴェネッシェーレ様、その人だからである。

「うん。だいたい把握できた。さっきのよく切れそうな刃物、出して」

 月光造りのナイフを取り出し、イゥヴェネッシェーレ様へと渡す。

「イゥヴェネッシェーレ様、どうぞ」

 イゥヴェネッシェーレ様はそれで自分のへその緒を切り、何かの魔法でヘソの形を俺のと同じ形へと整形した。

「どう? 見て。お揃い」

「もったいのうございます」

「もう! 小谷地おやじったら敬語はやめて」

 いや、でも――イゥヴェネッシェーレ様の母親である魔王を殺したのは勇者たちで、俺は直接戦闘に参加していなかったリュククだったとはいえ、勇者パーティの一員ではあったのだ。

「……俺は、本当だったら、あなたに殺されても文句は言えない立場です」

「それはお互い様でしょ? じゃあ逆に、さっき小谷地だって私のこと殺さなかったのはなぜ?」

「それは……」


 さっきというのは、俺が魔王の子宮からイゥヴェネッシェーレ様を救出したときのことだ。

 亜空間内から日本語だなんて怪しさこの上なしだったが、それでも俺はあまりにも久しぶりに聞いた日本語使用者を信頼し、途中まではその指示に従い魔王の骸から内蔵を仕分けした。もちろん亜空間内にて。

 次も指示に従い、仕分けした臓器の中から子宮だけを選択して亜空間から取り出した。

 そしたら子宮の中で何かがバタついているわけ。

 俺は「魔法品・月光充填・切・解体・月光造りのナイフ」を取り出してすぐさま切開しようとした。

 しかしそれよりも早く、子宮口から血まみれの幼女様が這い出してきた。そうか子宮には出入り口あるもんな。

 出産立ち会い経験もなく解体脳になっていた自分を反省――する暇もなく驚愕する。

 普通、生まれたてって赤ちゃんだよね。

 でも魔王の娘は育っていた。

 五、六歳くらいの可愛い女の子。

 あどけない表情は、庇護欲をかき立てる。

 肩までのストレートの銀髪。両耳の上にそれぞれ一本ずつ巻き角がついている以外はもう地球人とほとんど変わらない姿。

 魔王はそもそも巨大で、下半身の蛇部分も含めると全長は二十メートルくらいあった。

 しかも腕も三対あったし、角なんて大小合わせて十本以上あった。

 彼女自身が魔王の娘イゥヴェネッシェーレだと名乗らなければ、人間の幼女と同じ大きさのこの子を、魔王に飲み込まれた単なる犠牲者だとか思っちゃっていたかも。

「私のことも殺すの?」

 その子は俺を見つめ、不安そうな声でこう言った。

「い、いや、俺は君を助けようと思って」

 俺は慌ててナイフを収納し、聖女様が水垢離みずごりの後に使う大きめのタオルの予備を一枚出し、女の子をくるんだ。

 そして彼女の前に正座した。

「ごめんなさい。俺は、君のお母さんを……」

 そこまで声に出して言葉に詰まる。

 魔王の討伐に同行する。それ以外の選択肢に目を向けなかった俺は、今初めて、魔王と言われる存在の背景へ、家族へ、生活へ、今更ながら意識を向けたのだ。

「わかってる。感じてたから」

 感じてた?

「危険な地域に暮らす私たちの一族は、産むタイミングを自分で決められるの。そして子供は子宮の中で、母の体験や思考を全てを学ぶの。勇者パーティが母にかけた魔法も全て学んだし、小谷地が母魔王ごと私を収納した後は小谷地の体験や思考からも学んだわ。母魔王が身を守るためにまとっていた魔法の毒に冒された小谷地が聖女にかけてもらった状態異常回復の魔法だって。小谷地の言葉を学んだのも同じ。小谷地の回想が全部伝わってきたから。だからわかっている。小谷地は母魔王へ攻撃を加えていないことも」

 自分の親を殺した連中の仲間に対して、どうしてこんなに寛大になれるのだろう。

 まさかホッとさせてから残酷な復讐を――いやいやいや、この子はそんな子には見えない。

「でも、これの処理の仕方はまだ学んでいない」

 イゥヴェネッシェーレ様は自身のへその緒を指さした。その先はまだ魔王の子宮へと繋がっている。

「クリストバルコロでの方法は知りませんが、俺の故郷では切ってました」

「どのくらいの長さで? うーん。小谷地のヘソ、見せて」

 と押し倒されて、今に至ると。

 魔王の娘だけあって、というか既にレベルも高いんだろうな、腕力は既に俺以上。


 俺の上から降りたイゥヴェネッシェーレ様の前に、俺は片膝をついてしゃがんだ。

 目線の高さを合わせるために。

「俺はイゥヴェネッシェーレ様を殺したくないからです」

「魔王の娘でも?」

「魔王の娘でも、です。誰にだって、幸せになる権利があります」

 その言葉は、罪悪感だけから来たものではない。

 目の前のこの幼子おさなごに対して俺の中のオトナ部分が素直に抱いた気持ち。

 そして、俺自身に対しても言いたい想い。

「なるほど。小谷地が幸せにしてくれるのね」

「はい?」

「そう、契約成立ね」

 美幼女の満面の笑み。

 まばゆい光に包まれる。ま、待って、そんなつもりじゃ――まだ心の準備がっ!


 光はすぐにおさまった。

 なんだったんだ今のは。

「今のは【信頼の絆】という魔法。効果は二つ。一つ目は離れていてもお互いの位置や健康状態が把握できる。二つ目は互いに嘘をつけなくなる。私の肉体はまだ六歳だ。小谷地の助けなくしては生活もままならぬ。私を養うために励むのだ」

 とても六歳とは思えぬ流暢トークと思考だし、魔法にせよ筋力にせよ断然に俺の方が負けているのだけれど――でもこの先も見知らぬ世界でずっと独りで生き延びていくよりは、言葉の通じる誰かと一緒にいられるのはとてもありがたいことかも。

「大丈夫だ小谷地、私は尾羽おば梨愛りあとは違う」

 イゥヴェネッシェーレ様は俺の頭をぽんぽんと撫でる。

 不意に大量の涙がこぼれた。

 きっと俺の頭には涙が出るスイッチでもあるのだろうと思えるほどとめどなく。

 俺を優しく抱きしめてくれるイゥヴェネッシェーレ様を、俺も優しく抱きしめ返す。

 生きた人間の暖かさなんて、クリストバルコロで上級リュククの黒人のおばさんと握手した以来かも――この子、本当に生きているんだよね?

「あの……イゥヴェネッシェーレ様」

「イヴでいい。様もいらない。その方が私も嬉しい」

「……い、イヴ」

「なに?」

「俺の収納は生き物は収納できなくて、例えば薬草とかの植物でさえも、収穫した直後は収納不可なんだけど、どうしてイヴのことは収納できていたんだ?」

「恐らく【仮死化】の魔法ね。勇者パーティが玉座の間に入ってくる直前、母魔王が私にかけたの。魔王職に就いた者はそうやって勇者たちの攻撃を子宮内の我が子へ学ばせる。でも、万が一倒されたとき、その体に生存反応があれば子宮内の子供も助からない。そのために仮死状態にするの」

 なるほど。仮死状態であれば収納可能なのか。

「ということはイヴは仮死状態にできる魔法を知っているってこと?」

「ええ。だから自分に【仮死化】をかければ小谷地の亜空間にまた隠れることができるね。効果時間が途切れると意識が戻るみたい。すぐに放り出されないのはありがたいかな」

「そのへんの仕組みは俺自身もわからないんだよね」

 あ、そうだ。

 魔王の子宮へと触れ、再格納しておく。

 触れるだけでただれるアレも魔王が自らの表皮にかけていた毒による防御魔法だったらしく、子宮や血に触れても汚れる以外のことは何もなかった。

「ね、小谷地。さっきのあのうるさい奴。あれも別の魔王の骸を収納しているの?」

 え?

 あー、「鬼の子供?」のこと、忘れてた。






● 主な登場人物


小谷地おやじ

 地球人。二十五歳のクリスマスにクリストバルコロへ異世界召喚され、亜空間への収納能力【収納】を得た。特級リュクク。


・黒人のおばさん

 上級リュクク。かつて他の被召喚者との間に子供を授かったが、【収納】のなかった子供は奪われ、捨てられた。


尾羽おば 梨愛りあ

 地球にて小谷地の彼女だった人。小谷地がプロポーズしてフラれた。


・レオメトラ

 クリストバルコロの勇者。魔王討伐の旅出発当初は十六歳。使命感に燃え諦め知らずの正義の美少年。


・イオニイオナ

 クリストバルコロの賢者。勇者の幼馴染。十六歳のフワフワ系美少女。天然なところもあるがサポート魔法のエキスパート。


・クレードルト

 クリストバルコロの聖女。十九歳の清楚系美少女。冷静で知識豊富。小谷地に異世界追放を仕掛けた。


・魔王

 クリストバルコロの魔王。勇者パーティに倒された。現在その骸は小谷地の亜空間の中。時間が経つとゾンビ化するらしい。


・イヴ

 勇者パーティに倒されたクリストバルコロの魔王の娘。魔王の子宮の中で仮死状態だったため魔王の骸と一緒に収納されていた。正式名はイゥヴェネッシェーレ。【仮死化】のおかげで亜空間内で多くの魔法と、そして小谷地の故郷の日本語まで学習した。


・鬼の子供?

 頭髪がない代わりに頭のてっぺんに角みたいな突起がある男の子。骨人だらけの場所に居た。収納できてしまったので、生きてはいないっぽい。


・骨人

 スケルトンっぽいやつ。収納できる。剣士や大きいのも居る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る