お荷物だった荷物持ちはお篭り子守新生活を夢見る
だんぞう
#1 追放を受け入れる男
聖女クレードルトが俺を見つめるその瞳には悔恨と痛惜の色が見えた。
だから俺は抗わなかった。
すなわち異世界追放を受け入れるということ。
「聖女様。一つだけ聞かせてください。どうして俺がこんな目に遭わなきゃいけないのか」
聖女は語った。その真意を。
俺がその言葉の意味を咀嚼している間に、視界が闇に包まれた。
俺を飛ばした魔法陣が丸く白く、星のように闇の中へ遠ざかる。それ以外に星が一つもない宇宙、なぜかそんな印象を覚えた。
そういや
となると、この闇のどこかに地球へとつながる場所があるのだろうか。
周囲を見回し、さっきの光の方向をもう一度見たときには何もなく。
思考以外何もできない闇の中、俺は今までのことを思い出していた。
俺の
周囲が真っ暗になり、最初は停電したのかと思った。
しかし指輪が入ったケースに伸ばした手ばかりか、床についているはずの手も、膝も、足の裏さえも虚しく宙をかいた。
テンパってバタバタした状態で光に包まれ――目が慣れて最初に気付いたのは立ち並ぶ
その後ろに控えて居た神官連中が俺を
有無を言わさずその場で取り押さえられた俺はその後、別の部屋へと運ばれ、何かを計測され、首元に焼印を入れられた。
焼印の意味は「特級」。
他の異世界から召喚された者は、召喚儀式のせいか召喚時に通ったこの闇みたいな空間のせいか亜空間収納とも呼べるべき能力【収納】を得る。
彼らにとって俺たち被召喚者はアイテム同然だった。
トレーディングカードゲームのカードみたいな存在。
俺はたまたま特級リュククだったから待遇が良かったが、他の人たちは違った。
いや人と呼んでいいのかわからない生き物もいた。被召喚者は地球人だけじゃなかったから。
上級リュククな地球人には二人ほど会えたが、フランス人っぽい少年は英語を話せなかったし、黒人のおばさんとは慣れない英語で身の上話を聞いている途中で離されてしまった。
短い間だったが酷い扱いの話を聞けた。
リュククが彼ら
頭の上半分を何かに置き換えられ、意志を持たぬ本当のアイテムにされてしまったと。
ただしその処理を施すと収納容量が著しく低下してしまうらしく、アイテム化というのは彼らにとっても最後の手段ではあるようだが。
どうやら従順にさえしていれば、自由意志を残してくれるそうだ。
そんな状況のなか、俺は運が良かった。
俺の収納容量は特級の中でもずば抜けていて、勇者パーティのリュククとなったからだ。
勇者である少年とその幼馴染である賢者の少女は、リュククも流通していない辺境の田舎育ちの十五歳。
すれていない純朴な彼らは、外見が
いや自分で言っといて何だけど、ペット扱いってのは冗談抜きでありがたいことなんだよ。
感情がある生物として扱ってもらえることがどれほど恵まれていることか。
自分の境遇を、俺は前向きにとらえることにした。
リュククごときに対し、ずば抜けて優しい勇者たち御一行に尽くそうと。この所持者に気に入られようと。
俺は
翻訳魔法をかけてもらっている間、言葉の意味について考えることを繰り返すうち、カタコトながら喋れるようにもなった。
魔法なしで会話ができるということが待遇をどれだけ改善したことか。
ただ、相変わらずの孤独はキツかった。
地球ならペットを
【収納】は、異世界召喚された者でないと備わらないから。
たくさんの荷物を運ぶ商人などは複数のリュククを所持することもあるそうだが、リュクク同士に子供ができた場合、【収納】を持たないその子供は取り上げられ、捨てられる。あの黒人のおばさんのかつての子供のように。
まあどうせ俺はモテないけどな。
あの婚約指輪だって、彼女に拒否られて動揺して床に落としたんだし。
いや、本当に彼女だったのかな。
だってさ、彼女のご両親が孫の顔を見たいとか、ご実家の農業継いでくれる人が欲しいとか言ってるって聞かされていたら、そりゃ婿入りでもほのめかされてんのって思うでしょ。
しかも俺の勤めている会社は傾きかけてたのもあって、退職金が出るうちに辞めようって思っちゃったんだよな。
「婿入りするので農業教えてください」ってサプライズでプロポーズしたときの彼女の顔ったら――カップ焼きそばを作っている途中に漫画読みふけっちゃって水切りできないくらいお湯吸った焼きそばを一口食べた時と同じ顔。
彼女の返答は「え、でもあたしあんな田舎帰る気ないし」だった。
しかも「私に相談なく仕事辞めちゃう人とこの先の人生一緒に過ごせる自信ないし」でトドメは「それに結婚って私が
ショックで指輪も落としますって。
でも今はキツイ言葉を浴びせてくれた元カノに感謝してる。
自分の行動を省みるきっかけになったし、相手の気持ちを考えながら行動するようなクセも身につけられたし。
勇者パーティーでの立ち回りにちゃんと活きた。
俺の【収納】が容量以外の理由からも重宝されるようになったのは、そういった考え方のおかげかもしれない。
というのも、俺が一生懸命に
【収納】には二つの特徴がある。
一つは、生きているモノは収納できないこと。
もう一つは、収納したモノを収納した状態のまま整理できるということ。
例えば金貨を一枚ずつ収納して亜空間内でまとめたり、金貨が入った袋を収納して亜空間内で袋と紐と金貨とをバラバラに仕分けしたり。
俺はこの仕分け部分に着目した。
仕分けには、そのモノの構造を知る必要があるんだけど、逆に構造を知ってさえいれば、もっと密接にくっついているモノでも仕分けが可能だったのだ。
それは死体。
死体の解体方法を学んでおくと、剥いだ皮を、内蔵を、毛を、爪を、削いだ肉を、骨を、収納してから別々に仕分けできたのだ。
俺は解体について必死に学んだ。知識もどんどん増えていった。
毒腺や治癒唾液袋、ブレス器官、そして
魔力器官を持つ生物は魔法を使用することができ、一定の条件下で魔法を使用する回数が増えるほどに成長する。
魔力を全身に流すことで能力値を底上げしたような状況になる。いわゆるレベルアップだ。
俺たちリュククが人として見てもらえないのは魔力器官を持たないからという部分も大きいかもしれない。
一年間の修行期間を経て、勇者パーティは魔王城へ旅立った。
十六歳になった勇者レオメトラは使命感に燃えた正義の美少年。どんな敵にも諦めずに向かって行き、凄い勢いで強くなっていった。
賢者イオニイオナは勇者の幼馴染のフワフワ系美少女。ちょっと天然だけど戦闘になると得意の魔法で、ひ弱な俺をいつも守ってくれた。
聖女クレードルトは十九歳の清楚系美少女。冷静で知識豊富。道中も様々な魔物の情報を教えてくれた。もちろん必死に覚えた。
剣士マリーエカは一番歳が近い二十三歳の姉御系褐色美女。バカ強くて魔力を込めた必殺技は技名を言い終わる前に何でも真っ二つにぶった斬る。あと何とは言わないがすごくデカい。
リュククである俺ももちろん彼らと一緒だ。
勇者と賢者が俺のことを消耗品ではなく一人の生物として接してくれたおかげで、聖女と剣士もその待遇に合わせてくれた――夜のお楽しみタイム以外では。
まあ実際、お楽しみとはいってもリア充な感じではなかったけどね。
幼い頃から教会の教えのために学んでいた聖女様や、地獄のような戦乱を生き残り剣の道で己を鍛え続けていたマリーエカとは異なり、レオメトラとイオニイオナはただ能力が見出されたというだけで、俺みたいに強制的に世界を救う旅に参加させられたクチ。
レオメトラは本当に心根が優しくて、敵とはいえ魔物を殺しまくることに心を痛めていて、あとは世界の救済が自分の双肩にかかっているプレッシャーにも苦しんでいた。
魔王城に近づくにつれ強くなってゆく敵との戦闘は毎回命を脅かされる。
死にかけたことも二度や三度じゃない。リュククの俺を庇って致命傷を負ったときだってあった。
勇者がアイテムを庇うなんて変に感じるだろうが、特別な敵と戦うための属性武器や魔王城へ乗り込むのに必要な重要アイテム、水や食料や移動用の魔動車とか飛空艇とかまで収納してたからさ。
命を削りながら重圧と不安との中で押し潰されそうになり不眠症となった十六歳の少年が眠れるようにと聖女様が手を差し伸べたのも自然な流れだった。
最初はエロなしのただの添い寝だったよ。
その添い寝に嫉妬したのか幼馴染が加わり、密着度が増え、とうとう若さが爆発した。
結果的にはそれは良いことだったんだ。
その行為は勇者の生存本能を刺激したし、他にも良い効果があった。
戦闘でギリギリのせめぎ合いのとき、呼吸が合って奇跡的なコンビネーションを生み出したのだ。
その流れでマリーエカも勇者と「肌合わせ」をするようになった。ハーレム4P。
そんなの見て我慢できる男なんていると思うか?
見た目は地球人と同じなんだぜ?
で。
そんな俺が賜った魔道具がこの<相互不可侵の指輪>です。
赤・紫・青・緑・黄の五色の指輪がくっついたようなこれ、それぞれが五感と結びついていて、右に回すとその知覚を薄くすることができる。
俺はその知覚で感じることができなくなり、俺自身もその知覚で感じ取られなくなる。
しかも魔法が使えない俺でも使えるし、効果時間はあるんだけど月光にさらすと再チャージできて何度でも使えるというスグレモノ。
勇者たちの肌合わせ中にキャンプ付近の魔物から襲われたとき、俺が真っ先に狙われないためにも指輪使用はマストでした。
ふと指輪に触れてみる。
相変わらず周囲は真っ暗だから、自分の視覚をオフってないか不安になって。
視覚の青は五つのうちの真ん中。
左に回してみたが景色は変わらない。つーか自分の手足も真っ暗で見えない。
今度は【収納】を確認する。
これは視覚ではなく脳内イメージで目録的に確認する感じ。
まあ消えるようなら俺は【追放】なんてされなかったんだろうけど。
これで地球に戻ればすごく便利――とは思うけど、地球についた途端に能力が消えたら怖いな。
中身を全部ぶちまけることにならないかという不安。
なんかさ、
魔力器官を切り離せばゾンビ化は防げるし食用にもできるんだけど、俺の亜空間には勇者パーティが倒した無数の魔物の死体が収納されている。
凄い量だから、ほとんどが解体すらもしてない。
魔王の死体もある。
そう。
勇者たちが魔王との激戦を乗り越えた直後、触れるだけで
俺だからこそ収納できた飛空艇「勇者の鳥舟」を出して王都へ生還したあとも、休む暇もなく聖女様の指示に従った。
勇者たちは凱旋パレードのためのお色直しがあると引き離され、大教会の中庭に「勇者の鳥舟」に魔動車「勇ましき戦車」と潜水艇「女神の泡」も出し、控室で勇者たちの予備装備を出しまくり、貴重な万能薬なんかも置く場所がなくなるくらい所狭しと並べまくり、教会の地下へと続く階段を降り、怪しげな魔法陣の中央に立つよう言われたときも、違和感を覚えながらも全て従った。
「オヤジ。あなたを異世界へと追放させていただきます」
「え? 追放?」
「はい、追放です」
「聖女様。一つだけ聞かせてください。どうして俺がこんな目に遭わなきゃいけないのか」
「今まで魔王を幾度となく倒してきました。しかし魔王は時間が経つと必ず復活します。そこで私たちは魔王の亡骸を封印するようになりました……確かに効果はありました。しかしその封印も百年もすれば解けてしまいます。封印場所から魔王ゾンビとして復活するのです。そして時を同じくしてまた新たなる魔王も……。そこで私たちは根本的な解決策を考えました。収納された状態のまま異世界へ追放したら……と。オヤジは他のリュククと違い、貴重です。手放すのは惜しいし愛着もあります。レオは反対するだろうから、このタイミングしかないのです」
レオメトラが関わっていないと聞いてちょっとホッとした瞬間、なんの言葉も返せぬまま俺は闇に包まれた。
ああ、この闇はどのくらい続くのだろう。
地球へ帰りたい気持ちもなくもないが地球に勇者はいない。
魔王ゾンビで地球を滅ぼすきっかけに俺はなりたくない――そんな葛藤の中、突如として冷たい床の上に投げ出された。
ここは地球か?
それともどこか別の異世界へと転移したのか?
薄暗く、かび臭く、底冷えする場所。
亜空間内に<灯りの杖>があったはず――と取り出す。
中には、俺みたいに魔力を持たなくとも使えるエネルギー充填式のマジックアイテムも残っている。
置く場所が足りなかったからか、それともお情けなのかはわからないが――ともあれ。
「灯れ!」
パッと<灯りの杖>の先端が明るくなる。そして即座に絶望する。
● 主な登場人物
・
地球人。二十五歳のクリスマスにクリストバルコロへ異世界召喚され、亜空間へ収納できる能力【収納】を得た。特級リュクク。
・黒人のおばさん
上級リュクク。かつて他の被召喚者との間に子供を授かったが、【収納】のなかった子供は奪われ、捨てられた。
・
地球にて小谷地の彼女だった人。小谷地がプロポーズしてフラれた。
・レオメトラ
クリストバルコロの勇者。魔王討伐の旅出発当初は十六歳。使命感に燃え諦め知らずの正義の美少年。
・イオニイオナ
クリストバルコロの賢者。勇者の幼馴染。十六歳のフワフワ系美少女。天然なところもあるがサポート魔法のエキスパート。
・クレードルト
クリストバルコロの聖女。十九歳の清楚系美少女。冷静で知識豊富。小谷地に異世界追放を仕掛けた。
・マリーエカ
クリストバルコロの剣士。二十三歳の姉御系褐色美女。バカ強いし、すごくデカい。
・魔王
クリストバルコロの魔王。勇者パーティに倒された。現在その骸は小谷地の亜空間の中。時間が経つとゾンビ化するらしい。
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