【特別読み切り】死なない君と、殺したい私

@Sevenseed1111

第1話

「死んでください。」


放課後。学校の教室で、その言葉は放たれた。


長く、光沢のある黒い髪。端正な顔立ちに、知性を感じさせる瞳。身長も180センチでスタイルもいい。しかし、決して高嶺の花といった印象はなく、むしろ話しやすい気さくなオーラを放っていた。

彼女の名前は旧谷生蛇。そして彼女は、1人の男性に話しかけていた。


「すみません、死んでも嫌ですね。」


その男は、さほど気を悪くした様子もなく言った。


黒い髪に茶色い瞳。身長は175センチ程だろうか。体つきはかなり良く、力がかなりあることが窺える。顔はイケメンというほどではないが整っており、柔和な雰囲気を漂わせている。しかし、彼の目はどこか哀愁のようなものを漂わせていた。

彼の名前は思石刺斜。


この2人は同じ高校の生徒で、名目上付き合っているカップルだ。今日、この2人は学校の教室で2人きり。ちょっとしたデートをしていた


「いいじゃないですか。減るものじゃないですし。」


「だとしても嫌です。痛いじゃないですか。」


「痛みならもう生きている間に何回も受けてきたでしょう?なら別にもう一回程度変わりませんよ。しかも、死ぬ時には快楽を感じる物質が分泌され、あまり痛みはないらしいですよ。」



「へぇ、それはそれは初耳でした。いつも死んでる僕に貴重なレクチャーありがとうございます。」


「どういたしまして。では、死んでくれますね?」


「嫌です。痛いから。」


「貴方の自称彼女が15382回も頼み込んでいるのに、その願いをずっと断っていて心が痛まないのですか?」


「だとしても私が貴方に15382回も言ったように、嫌なものは嫌です。むしろそれほどまでに貴方の自称彼氏に死ねって言っているわけですが、良心の呵責とかはないんですか?」


「いいえ別に。」


「いい精神科を知っています。そこに行くといいですよ。貴方のその狂った精神を治してくれると思います。」


2人の間に沈黙が走る。しかし2人はさほど困った様子はない。2人ともよほど神経が図太いのか、もう慣れてしまったかのどちらかだろう。


「…刺斜さん。」


「はいなんでしょう。」


「学校探検、しません?」


「唐突ですね。でもいいですよ。暇ですし。」


こうして2人は学校探検を始めた。

カタリ、コツリ、カタリ、コツリ…

2人の足音が、無人の校内に響き渡る。移動中、2人は一切会話しなかった。

こうして2人は、図書館に着いた。


鍵がかかっていたが、生蛇が学校の鍵をつかって開けた。


「どこからその鍵取ってきたんです?生蛇さん。」


「職員室に放置されていましたので、少しばかりお借りしたのです。」


「盗みは良くないですよ」


「バレなければ。犯罪じゃないってどこかで言っていましたので、セーフです。」


「防犯カメラに映っていなければいいですね。」


キィィ…と古めかしい音を立てて、扉が開いた。図書館には、もちろんだが二人以外誰もいない。


木造建築の古い建物で、木でできた本棚に新旧問わず様々な本が貯蔵されている。かすかに、古い本が発するあの独特の匂いが鼻を掠める。


「ちょっと読みたい本があるので、取ってきます。なんか適当に本でも探していてください。」


「あ、はい。」


刺斜は、本棚をゆっくりと見て回った。そしてふと、本棚の前で立ち止まった。


「ん……?この本は……。」


そう言って手を取ろうとすると、急に棚が倒れ込んできた。上の棚から本が落ちてゆき、刺斜の元へ落ちてゆく。


「おっと。」


刺斜は、これまで殺された時の経験を活かし、本棚と、雨のように降り注ぐ本を避けきった


「なんで避けるんですか。そのまま首の骨が折れたらよかったのに。」


「生蛇さん……いきなり本棚を倒すのは流石に許されませんよ。何より片付けが面倒臭いです。」


「…確かにそうですね。すみません、私の考えが至らなかったようです。」


「分かってくれたならいいです。では、片付けますか。」


2人は、地道に本棚を片付けていった。横転した本棚を立て直し、本を一冊一冊、綺麗に片付けた。


「ふぅ、ようやく終わった。」


「はい、ご苦労さまでした。」


「生蛇さん、貴女結局ほとんど助けなかったじゃないですか。あなたも助けてくれたら、10分で終わるはずだったのに。」


「だって、私はあなたのように筋肉がないので。それより、折角早く終わったので次の教室に行きましょう。モタモタしてると、最終下校時間を過ぎてしまいます。」


「あなたは本当に人の話を聞きませんね。」


こうして2人は、学校探索を再開した


コツ、コツ、コツ、コツ


次に辿り着いたのは、化学室。教室の扉の隙間からは怪しく7色に光る煙が漏れ出ており、危険な薬品の匂いもする。


ガチャリ、生蛇はなんの迷いもなく、扉を開けた。


「スゴいですね、生蛇さん。ここの扉を怖気付かずに開けられるだなんて。この教室は危なそうだからって理由でみんなから毛嫌いされてるんですよ?」


「私、理系なので大丈夫なんです。それに薬品の扱いには慣れているんですよ。危険な薬品に関しての取り扱いは熟知していますのでどうぞご心配なく。」


「そうでしたそうでした、あなたは合法的に危険薬物を使うためだけに薬剤師の資格を取っていますもんね。忘れてました。」


「ええ......そうですよっっ!」


彼女は言い切るやいなや、液体の入った瓶を投げつけた。しかし、刺斜は見切っていたので余裕をもって回避した。投げた瓶は壁に当たり、中にあった液体を吐き出した。壁にくくりつけられていたロープを溶かしながら、液体は気化した。割れた瓶からは、サランラップを燃やした時のような、不快な匂いが部屋を充満した。


「毎度毎度思いますが殺意が高いですね。体が溶けてしまったらどうするんです?まぁ、これは見てから回避できたので、楽勝でしたが。」


「ふむ、流石というべきか。いい身体能力ですね。まぁ、そのせいであなたは死ぬんですけど」


生蛇は、うつむきながら、最後の文をボソッと言い放った。刺斜のいる位置からは見えなかったが、彼女は満面の笑みだった


「あの、最後の方なんていったのか聞こえなかったので、教えてくれませんk」


その刹那、天井から槍が降ってきた。5本の槍が、刺斜の立っている場所に突き刺さる。

すべての槍にはロープがくくりつけてあった。液体によってロープが溶けてしまったことにより、支えをなくしたせいで落ちたのだろう。


「よし!これはかなり手応えあるぞ!なにせこのトラップを作ってから一週間、他の人が入ってこないよう根回ししたり、絶対に外さないようにコンピューターでシミュレーションも100回以上回した。少しでも確実に殺せるように、毎日点検と整備、改良を怠らなかったからね!いや〜、かなり時間かかっちゃったけど、殺せたからオッケー!よーし、それでは彼を御拝見しようかな〜!」


生蛇は、まるで新しいおもちゃを貰ったかのような、可愛らしい反応をしている。顔も、さっきと比べて明るい


「なるほど、だから僕は避けられなかったんですね。反射神経には多少自信があったので、当たった時は結構ショックだったのですが、そういうことなら仕方ないですね。」


そこには、刺斜が立っていた。しかし、五体満足というわけではなく、右足と左腕に1本づつ刺さっていた。右足は、太ももを掠め足の甲に突き刺さっている。

左腕は二の腕あたりから貫通しており、まさに、“首の皮一枚繋がった”状態でぶら下がっていた。

「………チッ」


「今何か言いました?」


「いいえ、何も。けど、コレでも死なないとは悲しいですね。」


「いや、今かなりヤバいですよ?正直いうと大量出血で死にそうです。今、目が霞み始めていますから。」


「はぁ…仕方ありません。腕と足、見せてください。止血しますので。」


「いきなり優しいですね。明日は天井から銃弾でも降るのでしょうか。」


「変な勘違いしないでください。私は自分の手であなたを殺したいのです。失血死なんてのは私のポリシーが許さないのです。」


「すごい、照れ隠しとかではなく、本当にそう思っているってことがあなたのその嫌そうな表情を見るとすごく伝わります。」


生蛇は、近くにあったガーゼを取り出し、刺斜の足と腕を手当てした。その後、棚にあった大量の薬品の中から数個を取り出し、傷口にかけた。そうすると、少しずつだが確実に、血の流れ出すスピードは遅くなっていった。


その間刺斜は、左腕の肩を右腕で抑えつけ、圧迫させ、血がこれ以上流れ出さないようにしていた。


2人の完璧なコンビネーションにより、30分後に、完全に止血が出来た


「ふぅ、これで終わりですね。刺斜さん、目はちゃんと見えるでしょうか?」


「あ、はい。お陰様で。今ならしっかり見えますよ。」


「それは良かったです。では、次の教室に行きますか。」


「……あの、生蛇さん。今の私には腕と脚に槍が貫通しているので、正直に言いますと学校探検出来るほどの体力が残っていません。もう、帰りませんか?」


「ふむ…なるほど。確かにそうですね。仕方ありません、今日はもう帰りますか。弱っているあなたを殺したとしても嬉しくないですからね。」


「考えをあらためてくれたようで嬉しい限りです。では、早く帰りましょう。早く寝たいです。」


「そうですね……あ、帰る前に、教室に忘れ物をしたので取りに行ってもいいでしょうか。」


「分かりました。では、先に正門で待っていますね。」


「分かりました。1分ほどで着きますので、少々お待ちください」


そう言い残し、彼女は走って行った


それをしっかりと見届けた上で、刺斜は裏門へと駆けた


「殺人鬼が来るのを待つ?そんなことするわけないでしょう。何で待つ必要があるんですか。さっきまでは逃げた先に罠が仕掛けられているかもしれないと思ったから逃げなかっただけで、1人ならもちろん逃げますよ。もう腕が痛すぎて、早く寝たいのです。けど、流石にあの人も私がここから出るとは思わないはずです。逃げ切れさえすれば、今日、私は自由なんですから。」


そう言い終える前に、彼の眉間に矢が生えた。彼は、意識が途切れる瞬間に、腕で衝撃を殺そうとし、そのまま出来ずに膝から崩れ落ちた


「ふっ、それくらい予想済みです。」


刺斜の後方100m先で、生蛇が弓を構えていた。

その目は、一目惚れした乙女のようにキラキラしている


「全く、弓使い相手に背中を向けるとは、いい度胸です。ここから逃げる事は予測済みだったので、楽でしたけどね。いやぁ、しかし中々にいい死体だ。では、そろそろ内臓を御拝見しますか」


彼女は輝く目でそう言い、矢の先で彼の腹を裂こうとした。その時、いきなり誰かの手が彼女の腕を掴んだ。そう、刺斜の腕である。


「本当に痛いですよ、生蛇さん。」


そう言いながら、彼は立ち上がった。頭に刺さった矢は彼を即死させるに充分なはずだ。しかし、彼は何事もなかったかのように立ち上がっている。むしろ、ちぎれかけていた腕や、怪我していた足、かすり傷などもみるみるうちに治っていく。最後に、頭に刺さった矢を抜いた。一瞬倒れかけたが、すぐに立て直した


生蛇はこれを見て、またかと言うようにため息をついた


「やはり、あなたを殺せませんか。正直言って生きているあなたには興味がありません。出来れば復活してほしくないのですよ。不死身の刺斜さん。」


「そう言われましても、私も本当は死にたいのですよ?毎回痛いですし。私が死んだら、心ゆくまで私の死体を使ってください。死体が好きな生蛇さん。」


「はぁ、そうなんですよね、そこが困りました。けど、いつか殺してあげますので。その時までお付き合い、よろしくお願いします。」


「えぇ。こちらこそ、私を殺してくれるまでお願いします。」


「では、明日はシンプルに毒とかはどうです?」


「嫌ですよ、絶対苦しいじゃないですか。」


そう言いながら、2人は一緒に帰った。側から見ると仲睦まじく見える2人が、まさかこれほどまでに物騒な話をしているとは知らずに


この日から、半年。二人は、幾多もの出来事を通し、次第に心を通わせていった……

そして、とある日の放課後



「生蛇さん生蛇さん!一緒に帰りましょう!」

晴れ晴れとした、元気に満ちた顔で思石刺斜は一人しかいない教室に入ってきた


「はぁ…仕方ないですね。一緒に帰ってあげますよ。」

生蛇は、いつもと同じような、淡白な反応でそれに応えた。そして、いつもと同じように彼の喉元にナイフを刺した


「はいはい、いつものねー…。これ治すの、1時間かかるけど……」


「別にいいですよ。私、あなたが死んだ後、ゆ~っくりと復活するその姿も好きなので。」


「へぇ……、そりゃ、嬉しい、ですね……」

そう言い残した後、何も喋らなくなった。


そして、1時間30分後

「う…ったぁー…痛ってぇー…」


「あら、おかえりなさい。遅かったですね。」


「ちょっと色々不手際がありまして…。まぁ、そんなことはどうでもいいんです!一緒に帰りましょう、生蛇さん!」


「…仕方ないですね、一緒に帰ってあげますよ。…久しぶりに、学校探検…しますか?」


「ふっ…絶対嫌です。」


こうして、二人は暗くなった道を歩いて帰った。街灯は既に点いており、外で歩いている人は一人もいない。


「刺斜さん、あなた復活する時間遅くなってきましたね!こうやって帰りが遅くなるのは嫌ですけど、一歩一歩死体に近づいてくれているのは、すごく嬉しいです!」


「そうですね、ちょっと前だったら、刺された側から復活できたのに、最近はもうさっぱりですしねぇ……。」


「あら?もしかして刺斜さん、死ぬことが怖いのですか?あんなに、私に殺してもらうことを望んでいたのに。」


「いや、そうじゃないんです。決してそうではないんです。……けど、少し、寂しいんです。ようやく人生が、あなたのおかげで楽しくなってきたのに、このタイミングで死が近づいていることが。」


「…ふーん、そうですか。ま、私からしたらしたら、どうでもいいことですけどね。」


「あ、別に嫌なわけじゃないから、気にしないでください!…ただ、前から気になっていたんですけど、生蛇さんは僕を殺したらまた他の人を殺すんですか?」


「え!?…まぁ、多分?」


「どうしました?歯切れ悪いですよ?」


「まぁ…ええ…はい…」


「顔もほんのり赤くなってるけど…。」


そのとき、目の前から白い社用車のようなものがぬっと現れた。ライトもついておらず、車の中は把握できない。すると、中から黒尽くめの男が3人ほど出てきた。

その中の一人、ペストマスクをつけた男が話しかけた。


「……お前が、思石刺斜だな?」


「そう、ですけど…。あなた達、誰ですか?」


「お前が、半年前に抜け出した施設の人間だ。といえばもう分かるかな?」


「う、嘘だ。僕の居場所がわかるわけない!」


「だが、現にこうして君の居場所はバレてしまった。さぁ年貢の納め時というやつだ。大人しく俺たちの方に来てもらおう。」


「…だが断る。これは、僕が初めて勝ち取った自由なんだ!今は、僕の人生の中で初めて、全てが楽しいと思えるんだ!お前たちのところには絶対戻るもんか!」


「あの頃と比べて、随分と感情的な人になったな。だが……そうか。会話による平和的な解決を望めると信じていたのだがな。よしお前たち。やれ」


そういうと、後ろの二人が拳銃を取り出し、刺斜に向けて発砲した。

パスッパスパスパスパス

サイレンサーによって抑制された、亜音速の銃弾が刺斜の体に着弾した。

一度、二度よろめいた後地面に倒れた。


「うっ………ぐっ、あ…………」


「ほう?急所はあえて外したとはいえ、この程度で死にかけるか。やっぱり前より弱くなっているな。手遅れになる前に、研究所に連れて行くぞ。ただ……さっきからずっと黙っているあの女が厄介だな。おいそこのハゲ。その女を始末してから来い。分かったか?」


「まだ禿げてないっすよ俺……まぁ、いいっすけど」


「や……やめろ………彼女には…手を出さないで…くれ……」

刺斜はそう泣き、懇願したが、無情にもそのまま担ぎ上げられ、車の中に投げ入れられた。そして、どこかへと連れ去られた


「(まずいですね〜、まさかいきなり誘拐事件に巻き込まれるとは。)」


「……おい。」


「(はぁぁぁぁぁ………私の他称彼氏が連れ去られてしまいましたね……さてどうしましょうか。多分警察に訴えても、相手にされないでしょうし……)」


「……おい。話しかけてんすよ。」


「(まぁ、このまま帰りましょうか。この手の事件なら、どうせ揉み消されるなりするでしょうし……)」


「おい!話しかけてんだから答えろぉ!」

パスッ


「あ、すみません話聞いていませんでした。誰ですか?貴方。」


「あの状況で話聞いてなかったんすか?!俺は、お前を始末するためにここにいるんすよ!分かってます?そこらへん。」


「………へぇ、私死ぬんですかー?」


「そうだ!死ぬんすよ、お前は!さぁ、早く終わらさせてくださいっすよ?俺だって、早く研究所に戻りたいっすからね!」


「…刺斜さんが連れ去られた場所を、知っているんですか?」


「もちろんすよ!俺、こう見えてあの組織のトップ近くっすからね!さぁ、もーっと怖がってくださいっすよ?人を殺すのに、相手が素面だとつまらないっすからね!」


「………う、うわぁー、お、おお恐ろしい………。まさか、私の人生がここで終わってしまうだなんてー。」


「ふふ、そうっすそうっす!その感じっす!あ。あと10秒くらいお願いしますっす。そしたら満足するんで。」


「うわぁ……なんて恐ろしいんでしょう…あぁ。怖い……お願いします、私はまだ死にたくありません!…死にたくないので…どうか、私の体を自由にお使いください……。」


「……………へ?はい?」


「お願いします……私の体を貴方に預けますから………どうか…私の命だけは……命だけは!」


「………ふーん?ま、まぁ?アンタスタイルいいし?実はそこそこタイプだったし?本気で言ってんなら?まぁ命くらいは見逃してやってもいいかなー?」


「ありがとうございます……本当にありがとう……。さぁ、もっと私に近づいて………近づかないと、私の体に触れないでしょう?」


生蛇は服をするすると脱ぎ、下着だけになった。そして、今まで自分を殺そうとした男を誘うかのように、甘い声で彼に迫り、頬に接吻した。


「お願いです……あなたの欲望を、私に………!」

一方その頃、思石刺斜は研究所で、ベッドに手足を拘束されていた。窓一つない部屋で、何から何までが白く、そしてほのかに発光していた。

彼のそばには、先ほどのペストマスクの男が座っていた。刺斜は少しずつ再生していたが、その度にペスト男に撃たれてしまい、復活できずにいた

そんな中、一人の女性が、ハイヒールの音を鳴らしながらやってきた。茶色がかった長い髪をポニーテールにしている、赤い縁メガネをつけた女性だ。


「お疲れ様です。ペストマスク様。ようやく実験体をみつけてくださり、ありがとうございます。これはほんのお気持ちですが……。」


「おお、ありがとう出来ればクッキーではなくて、タバコが欲しいんだがな。まぁ、ありがとう。あとで食べておくよ。」


「ありがとうございます。それはそうと……本当に彼があの成功品なんですか?その割には、回復が遅いと思うのですが」


「あぁ。信じられないだろうが、コイツだよ。ま、弱ってたおかげで、こっちとしては捕獲しやすかったから嬉しいがな。あ、もう下がっていいぞ。クッキーは後で食う。」


「かしこまりました。」

そういい、赤い縁メガネの女性はドアを開け何処かへ行った

「ぼく………に…………なにを……するつもり…だ………。」


「お。ようやく話せる程度には復活したか。今から何をするつもり。かぁ。そうだな。それを説明するために少し話をしよう。」

ペストマスクと呼ばれた男は、少しおどろおどろしい声で話し始めた


「俺たちの組織はな、人を研究して新しい能力を芽生えさせることが目的なんだ。例えば、口から火を出したり、空を飛んだり。といった具合にな。けど、面白いことにね、リスクなしだと、百均の道具で代用できそうなヘボい能力しか備わらないんだな、これが。調査チームがいうには、どうやら神様さんは、俺たち人間を完璧な存在として作り上げたから、余計な力はつかないようにセーブされてるそうだ。」


「それが…いまからすることと…なんのかんけいがある…。」


「まぁまぁ。話は最後まで聞くもんだ。んで、どこまで話したっけ?あ、そうそう神様云々か。内らはね、頭を悩ませたさ。この為に、かなりの労力を割いたからな。けど、ウチラは思いついたんだ。俺らが完璧だから超能力を得られないのなら、あえて人として不完全にすることで力を得られるんじゃないか?ってな。だから俺たちは、君たち実験体にあえて欠点を埋め込むことで、能力が発芽するようにしたんだ。例えば、お前の場合は感情だな。実際お前さん。最近は再生力が落ちただろう?」


「つまり…僕が…感情をとりもどしたから…僕自身が…弱くなってたってことか…。お、おい…つまり、いまから…。」


「そう。お前の感情をまた消す。ついでに、感情があった頃の記憶も消しておくか。後でフラッシュバックとかされたらめんどくさいからな。」


ペストマスクは、刺斜が横たわっているベッドの下にある引き出しから、注射器を2つ取り出した。一つは赤い。もう一つは青い液体が入っている。

「い、嫌だ!やめてくれ!まだ、僕は今を楽しみたいんだ!ずっと薄暗い部屋で、痛い実験をされるなんて嫌だぁぁぁぁ!」


「そうか。興味ないな。俺たちからしても、お前は貴重な実験体なんだ。しかも、感情を消すだけでこのスペックなのは、お前だけなんだよ。俺は言ったよな?年貢の納め時だって。今がその時だ。」


「やめて、やめてやめて嫌だ!嫌だぁぁ!!」


「はいはい。暴れても意味ないぞっ!」

ペストマスクは、ベッドの上でガシャガシャと暴れる刺斜を抑え付け、静脈に赤い液体の入った注射器を刺し、注入した。

「ゔっ………ゔぁ………う……。」

ずっと暴れていた刺斜も、だんだんと気力を失い倒れてしまった。


「よーし、ようやく落ち着いたか。……そういえば、これってどっちが記憶用で、どっちが感情用なんだ?…まぁどっちも刺せば変わらねえか。んじゃ、また明日元気に頑張ろうぜ?M-314。」


ペストマスクはもう一つの注射器の先を、先ほど刺した場所の近くに押し当て、指に力を込めようとした。


その時。真っ白い壁を突き破り、ランボルギーニが現れた。その赤いスーパーカーは、瓦礫を飛び散らせながら現れた。壁の破片が、意識のない刺斜に飛び散ったが、ペストマスクがそれらを全て蹴り壊した。


「刺斜さん!助けにきましたよ!」

ランボルギーニから旧谷生蛇が出てきた。その隣には、先ほどハゲと呼ばれた男がおり、助手席でのびている。

生蛇は、ペストの男の手にある注射器を一瞥し

「…なるほど。そこの仮面男。刺斜さんに何かしましたね?」


「そりゃもちろん。」


「………取引しましょう。ここで伸びてるハゲをあなたに渡します。なので、あなたは代わりに刺斜君を渡してください。」


「……嫌だと言ったら?」


「そりゃあもう……ねぇ?」

生蛇は、どこからともなくナイフと拳銃を取り出し、ペストマスクに向けた。


二人の間で、空気が凍る。その時間はたった1秒だったが、二人からすれば、それは永遠に等しい時間だった。


最初に話したのは、ペストマスクの方だった。


「……分かりました。交渉成立です。人質交換といきましょう」


「いい取引ができて嬉しいです。」

やりとりは迅速に行われた。先にハゲをペストに渡し、その後、意識のない刺斜を助手席に座らせた。生蛇もすぐ車に乗り込んだ。

「では、仮面の人。ごきげんよう。もし、私たちにまたちょっかいかけたら、殺しますから。」

そう言い残し、ランボルギーニで去った。


少ししたあと、刺斜が目を覚ました。


「ん…あれ?ここは?」


「あぁ、ここはランボルギーニの中ですよ。おはようございます刺斜さん。」


「刺斜……?刺斜って誰?あと、君は?」


「………っ!……私は、貴女の彼女です。貴方は覚えていませんが、私は貴方と契約しているんです。貴方と共に過ごし、貴方を守るようにね。なので、安心してください。何もしませんよ。」


「…なんか、あなたは優しそうだね。信じるよ。けど、なんで泣いているの?」


「…なんでもないですよ、えぇ」

ランボルギーニが、山の中を走ってゆく。ガタガタと揺れながら、二人は街の中へと消えた。

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