俺と私と心の君

@haruka18

第1話

これは自分の身にあった、嘘でも誠でもない話。

俺は1月の寒い月が出ている夜、とある名古屋市の病院で生まれた。そして、それからというものの、とてつもなく平凡な毎日を過ごした。朝起きて学校に行き、帰ってきたら塾へ行く。そしてまた家についたら、お風呂に入って宿題をして寝る。面白かったか?いや、まったくだ。なにか違いを作ろうとしても何も浮かばない。そうして小学校ではただの教室の冴えないモブキャラとして、どこにでもいる、普通は声を掛けようとも思わないヤツとして……俺は育った。

中学校2年生の頃だったか、いつしか自分を見失っていた。とある私立中学に入った俺はなんとなく授業を過ごし、なんとなく部活に行って、ふわふわとした流れ雲のように生活していた。そして、あっという間に夏休みが来た。今まで俺は、なにか行動に移そうかと考えながらもいつも、やっぱ無理だよなぁ、という心の声に抑えられて、何もできずにいた。だが、この夏休みで自分を変えたいと思った。そのように思いながら夏休みの最初の日を過ごした。が、ここで自分に変化が起きていることに気が付いた。声が変わった?いや、違う。身長が伸びた?それでもない。自分の思考を何人かに分けることに成功した。多重人格でもない。ただ、心と頭が別々の人になって動いていた。俺はもう一人のほうを「君」と呼んだ。「君」は俺のことを「お前」と呼んだ。

「おい、君。何してるんだ」

「どうしたお前、ただお風呂に入っているだけだろう」

俺はお湯でのぼせたかと思いながらも「君」との会話を楽しんだ。

「おい、次は何する?」

「まずは夜飯だな。それから夏休みの宿題をして……。」

「早く出なさーい」

「「はーい」」

とお母さんに返事をし、湯船につけていた体をゆっくりと持ち上げる。

さっと体を拭いている時、「君」が話しかけてきた。

「おい、のぼせたじゃないか」

「それは俺は悪くないぞ」

「俺も悪いのか……あ、お前、俺だもんな、はっはっは」

「ふっふっふ」

傍から見れば一人で不気味に笑っている少年だったが内心俺はとても楽しかった。

笑ったのは3カ月ぶりだ。


晩飯を食べている間、俺達は2人で相談をした。お互いをどうやって認識するかだ。

「―--つまり。俺はお前によって作り出された存在なのか?お前が俺の本体なのか?」

「—--そういうこと、……かな」

??? 俺たちは頭に無数のはてなを浮かべながらもくもくとご飯を食べた。


そして、朝が来た。目覚まし時計を止めた。

「今日は27日、夏休み二日目だぁ」

ぐっと伸びをして体をほぐす。

あれ、身体が動かしにくい……。なぜだろう。

「起きたか」

「!?」

何も話そうと考えていないのに口が勝手に開く。

「おお、こりゃ面白ェな」

「あ、あれ?」

頭がぐるぐるとして、いろいろな感情が浮かんできた。恐怖、悲しみ、苦しみ、驚愕、数えられない。

頭がこんがらがっていた。やはりおかしくなったのだろうか。普通に暮らし過ぎて、なにも恋も悲しみもほとんど感じず、ぼーっと生きてきたせいなのだろうか。…………そうして”俺”の意識は底なし沼の泥にずっぷりと埋まっていき、ふっと気を失った。


■■■

「うんっと!」

ベッドから降りたおれは目覚まし時計を止めに行く。止めないとお母さんに怒られるからだ。カチっと音を出して止まった目覚まし時計は7月29日を表示していた。昨日の「君」はまだいるだろうか。

「お、おい、君か?君、いるんだろう?」

「…………」

応答は、ない。おいおいどうしたっていうんだ?

自問を繰り返しても何も帰ってこない。俺の気持ちは”動揺、不安、空虚……?”。

何とも表せない感情だけが感じられる。

「下に降りてきてー、ご飯冷めちゃうわよー」

「はーいはい」


■■■

それから一週間がたった。俺は前よりも生活がなんだか楽しくなったように感じられる。面白い、楽しい、嬉しい、愛しい、びっくり、美しい、きれい。

俺の視界は夏休み前よりもくっきりとしていて、色が鮮やか。ああ、なんてきれいなんだろう。

■■■

始業式まで残り2日。俺の会話量は約2倍になり、考える量も2倍になった。面白い面白いきれいきれい楽しい楽しい。この世が面白く感じられた。しかし、飽きる速度も2倍だった。楽しい楽しい……飽きた、飽きた。ああ、しょうもない

面白いものが興味の対象から外れていく。今日まで毎日面白いものを探して近所の図書館へ通った。30日かけて、図書館の本をたいてい読みつくした。ああ、この世はこんなに面白くなかったのか。

なんてしょうもない。思えば、受験も勉強も部活も友達もあまり楽しいものではなかった気がする。ただ一瞬、この世よりも面白かったのは、「君」と会ったときだけ、なんだ。「君」は一日だけでこれを見つけ出したんだね。すごいや。

僕が唯一体験していないもの。—--生物としての、死。

「ああ、もうすぐ行くよ、待っててね、「君」……」

ビルの屋上から飛び出した俺は地面にぶつかり、身体を粉砕する。

■■■




ああ、夢だ。今日は7月28日、今日もがんばるぞ!




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺と私と心の君 @haruka18

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る