ドラゴンカップ

@monaka1684

第1話

秋晴れの爽やかな陽気とは裏腹にあゆみの心は憂鬱であった。またリーグ戦が始まる。前回のリーグ戦は散々なもので、当期のリーグ戦も散々なもので、当期のリーグ戦もチーム全体がそれなりの成績を残せないとチームから戦力外通告を受ける可能性もある。そんな憂鬱の中、今日はもうすぐレナが家に遊びに来る。レナはあゆみの高校時代の同級生である。

(こんな忙しい時にやって来るなんて・・・。しかも憂鬱だし・・・)

あゆみは思ったが、良い気分転換になるかもしれない、と考えたのは事実である。それにケーキのお土産がある、という言葉も心を躍らせた。あゆみの好きなケーキ屋で買ってきてくれるらしい。その時あゆみのマンションの部屋の呼び出し音が鳴った。

「お久しぶり〜。レナちゃんだよ〜。」

「元気そうだね。久しぶり。」

こんなやり取りをして招き入れる。レナの右手にはケーキ屋の紙袋が提げられていた。

「これでしょ、あゆみの目的は。おいしいよ。」

レナはあゆみの心を見透かすように言う。

「今日はレクチャー、よろしくお願いします。」

仰々しくレナが言う。

「こちらこそよろしくね。頑張りましょう。」

あゆみが答えた。

レナが麻雀プロを目指していることをあゆみが知ったのはつい最近のことだ。調理関係の専門学校に通っていることは知っていたが、麻雀プロの試験を受けるというのは初めて聞いた。当初は独学で勉強して試験に合格し、プロになってからあゆみを驚かせる気でいたらしいが、どうやら独学は観念したらしい。

「私あゆみみたいに優秀なコじゃないからさ。プロになれるかどうかも分からないけど、やっぱり先生がいた方が、ね。」

とレナは言う。先生、という言葉にあゆみは戸惑いを感じるが、悪い気はしない。それにレナのこのような発言はあゆみに、麻雀プロとしてのプロ意識や自覚といったものを持たせてくれるのには十分なものだった。

「ところでさ、あゆみ。」

レナが話し出す。

「あのドラゴンカップの時から既に麻雀プロになりたいって思ってたの?」

「まさか、全然。これっぽっちも。ただシンプルに麻雀牌って綺麗だな、としか思わなかったよ。」

あゆみが素直に答える。

「でもまさかあゆみが大学に行かずに麻雀プロになるとはね。私ゃ、ガチでビックリしただあよ。頭おかしくなったんだってマジで思った。」

レナはおどけて言うが、実のところあゆみも同感だった。

「私もよ。まさかプロ試験に受かるなんて思わなかったわ。自分って案外強運なんだなって。」

あゆみが言うとレナも同調する。

「うん、本当に運がいいよ。私みたいな天使のようなコとも友達だしね。」

「天使?誰が?」

あゆみが尋ねると

「天使じゃん。ケーキ買ってきてあげたじゃん。このケーキにパワーを注入してあげるから、リーグ戦ぶっちぎっちゃえ〜!ケーキを食べて優勝だ〜!!」

と言ってレナが笑う。そのレナの笑顔を見ながら

(レナと一緒に麻雀界を盛り上げていけたら、楽しいかもしれないな。)

とあゆみは内心思うのであった。


高校2年生の冬休みにあゆみ達は、友人の葵の自宅にて宿題を片付ける為4人で一堂に会していた。一段落すると葵が切り出す。「あ〜あ、年末年始は今年もこの4人かあ。皆彼氏いないんだもんね。ね〜、皆好きな人くらいいないわけ?」

初音が面白がって続ける。

「じゃあさ、じゃあさ、皆で好きな人の名前を同時に言おうよ。」

せ〜の、で出てきた答えは

「松井龍!」

次の瞬間

「え、マジで?」

4人は同時に言い、お互いの顔を見合わせた。松井龍とは、高校のバスケットボール部の主将である。

「じゃあさ、今度のバレンタインデーにチョコあげてコクろうよ。」

葵が言うと

「4人全員で?」

初音が不満そうに言う。

「この中から誰か代表で一人だけコクれるのってどう?」

初音が続けると葵が乗り気になった。

「うん、なんか面白そうじゃん。」

「で、どうやってその先着1名様を決める?じゃんけんか何か?」

初音がじゃんけんのポーズを取る。他の3人は顔を見合わせる。一瞬の沈黙の後、葵がボソッと呟くように言った。

「麻雀・・・しない?4人いるし。」

「麻雀??」

と他の3人が驚いて聞き返す。

「ほら、最近Kリーグって始まったの知ってる?あれ、ウチの親が好きでさ。私も見るようになったんだけど、ちょっとやってみたいなって。」

葵はこう言うと部屋の奥から1冊の本を持ってくる。

「何?その本。」

あゆみが聞くと

「ハウツー本よ。麻雀の。」

そこから急遽、麻雀教室が開始される。4人の勉強会が始まったのだ。

「役満ってヤツが一番点数が高いんだね。私役満あがりたい。」

初音が言うと葵も

「うん、役満はいいよね。じゃあさ、役満あがった人がコクれることにしようよ。役満だけ覚えてさっさと始めましょう。」

と言い初音が

「龍の争奪戦。名付けてドラゴンカップね。役満あがるまで帰れまテン。」

と調子に乗って言うとあゆみが

「何かバラエティ番組みたいだね。」

と笑った。葵がまた部屋の奥から、今度は四角い箱を取り出してきた。

「じゃーん。これが、かの有名な麻雀牌であります。」

あゆみは、綺麗だな、と思った。漢字が書かれた牌もあり、数字が書かれているのもあった。竹のような棒のような模様の牌もあり、マルが書かれている牌もあった。それぞれ字牌、マンズ、ソウズ、ピンズというんだ、と葵が教えてくれた。

「この鳥さんが書かれているのがソウズの1で、このノッペラボウみたいな、何も書かれていないのが白っていう字牌。」

と教えてくれた。

「何も字が書かれていないのに字牌って・・・変なの。」

とあゆみは言った。

「じゃあ皆さん。テーブルに適当に座って始めましょう。闘牌スタート!!」

葵が上機嫌で言いスタートとなった。

「あれ、ドラってヤツがあるよね?あと配牌ってヤツどこから取ればいいの?」

と初音が聞くと葵は

「役満あがるだけだからドラなんていらないわよ。配牌は適当に取ろうよ。」

と言うと、牌をジャラジャラかき回し始め、ヤマを各自の前に4つ作り配牌を順に取っていく。そして4つずつ順番にヤマから麻雀牌が消えていく。特に親も子も決めなかったが、葵が1枚ツモって1枚切る、という動作をし他3人がそれを真似した為、事実上葵が出親となり、その後時計と反対周りに順番に親になることにした。ポン・チー・カン・リーチ・ロン・ツモといった名前、あとは四暗刻や国士無双、大三元といった役満だけ覚えてゲームが開始された。

開始から1時間程経過した頃だろうか。レナが捨てた東に初音が興奮したような素っ頓狂な声を上げた。

「その東ロンよ、ロン、ロン。」

初音の手牌を見ると一萬が3枚、②が3枚、⑨が3枚、あとは東と西が2枚ずつだった。

「やった。四暗刻ね。終わりだわ。龍は私のものよ。」

興奮冷めやらぬ口調で言う初音に対して、葵が申し訳なさそうに口を挟んだ。

「初音、見事よ。でもね、残念ながら役満じゃないのよ。その形は自分でツモらないとダメなのよ。ツモってたら役満だったわね。でもすごいじゃない。対々和・三暗刻で綺麗な満貫のアガリよ。」

勝負は終わりにはならず、そのまま続行になった。結局その日のうちに決着が着きそうになく、初音とあゆみとレナはしぶしぶそのまま葵の自宅に泊まることにした。葵の両親は2日後の夜に帰宅すると聞いている。よって4名の残された時間はあと2日しかなかった。

「寝ない?私眠くなっちゃった。」 

夜中の2時を過ぎたところでついにあゆみが音をあげた。

「え?もう?」

初音が不満そうに言う。

「いや、もう実は私も眠いのよ。今夜はこれで寝て、朝7時に起きて再開しましょう。」

この葵の鶴の一声でようやく一日目はお開きになった。相当疲れたらしく、皆すぐに眠りに落ちていった。

翌朝7時のアラームで申し合わせたように皆一斉に起き出し、再び戦闘開始になった。女の闘いがまた始まろうとしていた。わざわざヤマを積むのが面倒になり、そのまま配牌の13枚を拾ってくることにした。そして配牌を取り終えた後ヤマを作ることにした。皆黙々と作業に没頭する。麻雀が楽しいのか早く役満を出して終わらせたいのかは分からなかった。空腹の一同はコンビニに行き、食料を調達する。その食料を食べながら再び作業に取りかかる。時間が経過するのは早く、あっという間に陽が沈む時間となった。その時である。初音が切った4ソウに葵が叫ぶ。

「ロンよ、ロン。やったー!緑一色(リュウイーソウ)よ。」

「すごい。やったわね。葵、さすがね。」

皆の表情に笑顔が宿る。終わった・・かに思えた。が、あゆみが違和感に気づく。

「葵、鳥さんを切ってるよね。これってアガれるんだっけ?」

「!」

葵の手牌は

22334666888發發

となっていた。そして葵の捨てた牌には「鳥さん」こと1ソウが並べられていた。

「あちゃー!フリテンでチョンボじゃん、これ。」

葵が叫ぶと初音が

「まだまだ帰れまテン〜〜〜!!」

と叫び、笑いに包まれた。


3日目も朝7時に闘牌開始になった。作業開始の時間である。

「とりあえず今夜ウチの親が帰ってきちゃうからさあ。今日中に何とかケリつけよう。ケリがつかなかったらまた後日ってことで。」

葵がそう言うと皆黙って頷く。黙々と真剣勝負が続く。が、時間無制限一本勝負であったものが一応期限が区切られたせいか、皆ホッとして活力がみなぎったようだった。闘牌にも力が入る。だがやはり役満を作るのはそれほど容易くはない。

(よくこれまで2回も役満もどきが出来たものだ。)

と、あゆみは思った。

やってもやっても勝負はつかない。そろそろお開きか、と思ったその時、あゆみに手が入る。

一萬に九萬、①に⑨、鳥さんに9ソウ、東が2枚に南西北白中が1枚ずつ。正真正銘の国士無双だった。發単騎。しかしなかなか出ないし、ツモれない。あゆみの最後のツモの感触は、プロになった後も一生忘れられない思い出になるかもしれなかった。あゆみがはっきりと声を大にして言い放つ。

「ツモ!」


その後のバレンタインデーにあゆみはチョコレートを龍にプレゼントし、そして見事に玉砕した。しかし、あゆみにとって龍のことはどうでもよくなっていた。あの綺麗な麻雀牌に触れたくなっていた。高校3年生になって大学の受験勉強をしている時も、麻雀のことが頭から離れなかった。

麻雀プロになってみたい、と思うようになったのはこの頃であった。一度麻雀プロを意識すると居ても立っても居られず、受験勉強の傍ら麻雀の勉強もするようになっていった。そして物は試し、と某麻雀プロ団体にプロ試験の受験の願書を提出したのだった。両親との家族会議が開かれたのはその晩のことだった。あゆみの大学進学を当然のことのように考えていた両親にとっては、正に晴天の霹靂の大事件である。

「プロテストに合格したら、大学に行かずに麻雀プロとして生きたい。」

という言葉に、遂に両親が折れた形になった。両親としては、そんなに簡単に合格する訳がない、といったみくびりがあったのだ。実際にあゆみ自身もそんなに簡単に合格出来る訳がない、と思い込んでいた。そして、何回もチャレンジするのではなく、挑戦はこの1回だけにしよう、と不合格ならば潔く諦めようと心に決めていた。団体から合格通知が届いたのはその2か月ほど後のことだった。あゆみがその合格通知を真っ先に見せたのは両親にだった。まるでどこぞの有名大学にでも合格したかのように喜んでくれたのが意外であった。

「一度しかないあゆみの人生なんだから、あゆみが決めた道を悔いの残らないように精一杯頑張りなさい。」

父が言ってくれた。

「苦しいことがあってもイヤなことがあっても、精一杯やり抜きなさい。」

母が言ってくれた。親子が笑顔になった。久しぶりに両親の笑顔を見たような気がした。


「あの三日間の麻雀大会、面白かったね。」

レナがある時こう言った。

「うん。しんどかったけどね。楽しかった。」

あゆみは言ったが、ふとあることに気づいた。

「でもさ、レナ。あの時レナだけあがってなかったよね。3人はあがったのに。まぁ、チョンボもあったけど。ツイてなかったよね。」

あゆみが言うとレナは笑いながら言った。

「ううん、いいの。すっごく楽しかった。麻雀やりたかったから。3日間も出来て幸せだったよ。それに・・。」

レナは笑いながら続けた。

「龍には既にコクってフラれてたからドラゴンカップなんてどうでも良かったの、本当は。彼、恋人いたでしょ。彼氏がね。女には興味ないんだって。」

レナは笑ったがあゆみは驚いた。

「知ってたの?それ先に言いなさいよ。」

レナはシレッと言った。

「え?だって教えたらドラゴンカップ開催してなかったじゃん。それにドラゴンカップやってなかったら、あゆみは麻雀プロになってなかったわよ、絶対に。」

確かにそうかも、とあゆみは思った。

「私に感謝しなさいよ。」

レナは得意気に言った。あゆみは気になっていたことを尋ねた。

「でも、レナも役満は狙っていたわよね?」

レナはこの質問にも笑って答えた。

「全然。役満なんか狙ってなかったよ。3人に降り込まないように必死だっただけ。だって誰かに振り込んだら、この楽しいイベント終わっちゃうじゃん。だからさ、最後にあゆみが役満ツモっちゃって、あ〜あ、って。終わっちゃったな〜、つまんないな〜って。」

「合宿みたいだったよね。」

あゆみが言うとレナも頷く。

「うん、修行ね。あゆみの人生を変えた修行。楽しい修行だったわ。私、オールでも良かったのに、皆寝ちゃうから。」

「そりゃ寝るでしょ。」

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