第3話 replace

 頼んでもいないのに頭を挿げ替えられたようなこの世界で、見た目だけが変わってしまった人たちとの生活は、それから9か月も続いたままだった。



 だいぶ見慣れたこの世界に、私たちの宣戦布告を馬鹿にされているような気がしてしまう事もあったけど、その度に二人でこれからの事を口に出して踏ん張っていた。


 それに、きっと気の強い私たちは、諦めも悪いみたいだった。



 だからそんな私たちは、こんな世界に負けるもんかと、思いついたことを片っ端から試してみる事にした。



 例えば朝のニュースで見た星占いのラッキーポイントを実行する。



 これは、「右足から靴を履く」みたいに簡単なヤツだった時は良かったんだけど、颯の星座が最下位で「生クリームを泡立てる」がラッキーポイントだった時には愕然とした。


 でもその日は調理部がケーキを作るっていう奇跡が起きて、私たちはそこに乗り込み生クリームを泡立てさせてもらった。


 


 そんな奇跡が起こった日でも、この世界は変わってしまったまんまだった。



 あとは二人が入れ替わっちゃう系の映画からヒントを得て、階段から「一緒に転げ落ちようか?」って案も出してみた。だけど、怪我しちゃう気しかしなくてやめた。


 だから出来そうなとこでキス……って私が思いついたことは颯には言ってないし、この先も恥ずかしいから絶対に言わない。



 それから、校庭に魔法陣を描いてみたり、雨乞いの踊りを踊ってみたり、水族館のイルカにテレパシーを送ってみたり、スカイツリーの展望台で口笛を吹いたり。



 そのほとんどの案を私が出していたし、途中からのやや適当感は否めないけど、思いついたことは全部やった。



 でも、この世界は変わってしまったまんまで、次の日の朝も新藤先生はあの姿のままで、私たちには何も変えられなかった事を知る。



 みんなの新しい姿がそれぞれの「なりたい姿」だと分かっても、元通りの世界に戻る手立てはさっぱり見当もつかないままだし、朝「おはよう」って一言だけ交わせば、同じ顔をした4人のuniちゃんの中から、クミコをちゃんと見分けられるようになった。



 私と颯も、もう一緒に居る事の方が当たり前になって、変わってしまった方の世界が普通になってきた。



 そんな風に正直お手上げ状態になっても、


 それでも私たちは何かを試してみる事を決してやめないでいた。









「おはようござあ、あ、ああ……います。」


「はい、おはようございます。何ですか?どうかしましたか?」


 俯き加減だった顔を上げ、いつもの朝の挨拶をやり過ごそうとした。


 のに、言葉が上手く出てこなかった。


 


 何が功を奏したのかわからない。


 私たちの試したことの内のどれかが効いたのかもしれないし、私たちは全く意味のない事を続けただけだったかもしれない。



 正門の前に真っ直ぐ生えてきた様な姿勢で挨拶している新藤先生の姿は、進路指導にも生活指導にも無駄に力を入れている先生らしく、後れ毛の一本も許さない様に髪の毛を纏めていて、小枝がグレーのスーツを着ているみたいだった。



 週の初めの月曜日。


 って訳でも何でもない木曜日。



 何の前触れもなく、この世界は元に戻っていた。



「おはようございま、ひっ……」


 後方で私と同じように新藤先生に飛び退きながらしたであろう挨拶が聞こえた。その声に嬉しくなって振り返ると、そこにはすっかり見慣れた安心感のある姿があった。



「颯っ!おはようっ!」



 下駄箱に向かう流れに逆らうようにして、私は一目散に颯の元へと駆け寄った。一晩会っていないだけなのに、もう何年も離れていた気がする。



「咲菜、これ?元に……」


「戻ったよ!」


「嘘だろ?まじか?」


「嘘じゃないっ!ほらっ……」



 私は颯に抱きついて、そのほっぺに吸い付いた。


 


 だってこの場所でそんなことをしてしまっても、颯はこれからも私と喋ってくれるだろうし。


 元に戻ったこの世界は、本当の意味での元通りではなかった。



 だって、あの嘘みたいな日々が訪れなかったら、私と颯はこうして一緒にいる事はなかったと思うから。


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