第4話 二億の希望

立ち止まっていた鬼だったが、流石は上位の魔物圧倒的な魔力に怯んでいたものの、今度は逆に向こうが気力を入れなおしたようでマリに背後から襲い掛かる。


「ん? 」


 マリが振り向いた瞬間にゴンッとマリの側頭部あたりを鬼は横殴りした。マリは直立のまま、地面のアスファルトを抉りながら、横にスライドしてビルの壁にぶつかり止まった。


「何これ? 全然、痛くないじゃん。これも私が魔法少女になったおかげ? 」


 体にかかった石を払いながらマリは言った。いや、そうじゃない、普通の魔法少女ならあの攻撃を受ければ、重傷か下手をしたら命に関わるダメージを負う。だがマリの体からは際限なく魔力が溢れている。その魔力に阻まれて鬼でもまともにダメージを与える事すら出来ないのだ。


「これならいけそう。じゃあ、マネ。これお願い」


 そう言うとスマホを渡してきた。


「これは? 」

「マネが言ったんじゃない。現実での魔法少女の活動と、Vチューブでの活動を平行して視聴者を増やすって」


 そうだった。魔力に当てられて思考が鈍っていたようだ。俺はスマホでカメラを動画モードにして構えた。


「おほんっ! じ、邪悪な、まももめ、魔法少女Vチューバー天使 マリスがた、退治してくれる! ……こんな感じ? 」


 不安そうにこちらを見る。嚙みまくりだが、色々な事で頭がいっぱいで動画など、どうでもいい俺はとりあえずオッケーサインを出す。


「よーし! 」


 ぐっと低く構え、鬼に向かって地面のアスファルトを蹴った瞬間――マリがいた場所に隕石が落ちたようにクレーターが出来てマリの姿が消えた。


 バンと、クレーターが出来たとほぼ同時だった。鬼が吹き飛び何十メートルも離れた、ビルに叩きつけられ鬼の体は爆散して塵芥となった。


「え、よわ」


 強力な魔力を纏った真理の身体能力は、常軌を逸するほど強化されていた。戦い方は素人そのもので不器用なフォームのパンチだったが、そんなものは関係なかった。もしかすると、真理はこのまま成長をすれば歴代最強の魔法少女になれるかもしれない。……いや、違う。真理は今日、魔女の戴冠を受けた時点で、歴代最強の魔法少女へとなりおおせたのだ。


 いい動画とれたかな? こんなんで視聴者増えるかな? と、一人で悩んでいる真理の姿を見ながら俺はある考えが脳裏によぎっていた。それはこいつとならば、魔法少女のひいては、全人類の悲願である奴らの消滅を達成する事が出来るかもしれないという事だ。数多くの才能ある魔法少女達と出会う度にそれを夢見てきたが、結局は封印という手段でしか対抗できなかった。しかしマリなら奴らを、消滅させることが出来るかもしれない。そう考えると心臓が一気に高鳴るのを感じた。


「ねえマネ。いい動画とれた? 」

「……ああ、撮れたよ。ばっちりだ」


 ちなみに本当は撮れてないと思う。スマホのカメラごときのフレームレートでは、真理の動きが速すぎて消えたようになっているか、スカイフィッシュの様に残像になっていると思われる。ともあれ、魔物退治は完了、初めての魔法少女は圧勝という結果で終わった。俺たちは一旦、真理の家に戻る事にした。


 家に帰って、真理は自分の動画を見直していた。だが、その動画は台詞を噛みまくっている上に、肝心の戦いの部分はほとんど何をしているか分からず、真理は半狂乱で話がちがうじゃないと、俺に問い詰めてきた。獰猛な猛獣を扱う様に彼女を慎重に落ち着かせてから、俺の思いを彼女に打ち明けることにした。


「真理、聞いてくれ」

「何よ? 」


 不機嫌そうに、頬杖を聞きながら不遜な態度で聞いている。一方、俺は誠実さを示すために正座だ。


「君は既に史上最強の魔法少女だ。君の魔法少女としての天稟はまさに神に与えられた物だろう。君なら今まで魔法少女が達成する事が出来なかった悲願を、達成する事が出来るはずだ」


「だから何なのよ。簡単に言いなさい、簡単に」

「魔法少女としての活動の目的だが奴らの「封印」ではなく「消滅」に変えたいんだ」

「それって、なんか違うの? 」

「全然違う。奴らの力は魔法少女の能力を大きく超えているんだ。だから、魔法少女達は皆で協力しあって正面衝突を避けつつ、下準備をした上で今までなんとか奴らの封印をしてきた。でも君は違う。君なら、正面から奴らを打ち破ることが出来るだろう」


「ふーん、そんなに私って凄いんだ」

「ああ、魔法少女としては破格さ」 

「日本で一番強いって事? 」

「世界でいや、人類史で見ても一番だろう」


 興味がなさそうな風を装って入るが、どことなく嬉しそうに見える。予想だが普段あまりこんな風に褒められる事は無いんじゃないだろうか。誰かに褒められたいといった承認欲求が配信という形で具現化したに違いない。そこの部分をつけばきっとその気になってくれるはずだ。と、人の心の隙間を呼んで、人をコントロールしようとする魔法少女のナビ役としての癖が出てしまっていた。しかし、真理という人物をまだ理解してきれていなかった俺はこの後、後悔をすることになる


「どうだい、僕と共に奴らを消滅の為に戦ってくれるかい? 」

「いいよ」


 あっけのない承諾に、拍子抜けになる。しかし、俺はまだ真理という怪物の底なしの承認欲求を、この時はまだ分かっていなかったのである。真理はスマホを取り出して何やら調べだした。


「マネさあ、日本で一番のVチューバーの登録者数何人か知ってる? 」

「いや、知らないけど」

「400万人らしいよ」

「そうなんだ」


 なんだか嫌な予感がする。


「じゃあ、日本で一番の〇ーチューバーの登録者数知ってる? 」

「し、知らないなあ」

「1000万人だってさ」


 やばい


「じゃあ、世界で一番の〇-チューバーは? 」

「分からないよ……」

「2億人だってさ」

「……」

「私って、世界で一番の魔法少女な訳だよね?」

「」

「私が世界一の魔法少女って事なら……世界一の〇ーチューバーになれるって事なんじゃないかな? 」

「いや、それはちげーだろ」


 思わずナビ役らしからぬ突っ込みが入ってしまう。登録者数二桁のVチューバーが、いきなり途方もないふざけた事を言い出すと素も出るのはしょうがないだろう。とにかく今はこいつをどうにかしないと。


「流石にそれは無謀すぎる。今の君の登録者数を見て見ろよ! 一千万人どころか、一万にも到達してないじゃないか! それがいきなり、二億人を目指そうなんて無理だよ」

「マネ……初めから出来ないって諦めてたら、何も出来ないんじゃないかな? 今の世界一の人だって初めは登録者数は一人だったはずだよ? 」

「それはそうだけど……」


  突然、説得するような攻め方をしてきた。いや、ダメだここでこいつに呑まれてしまってはとんでもないことになる。


「せめてまず一万人を目指そう! そこからまた考えようよ! 」

「マネ……いい? よく聞くのよ。あなたは、奴らを倒すのは不可能だと思っていた訳でしょ? でもそれは、初めからそうだった訳じゃないと思うの。初めは奴らを消滅させようと頑張ってたはずでしょ? でも挫折を繰り返している内に何時からか、奴らを倒せないと決めつけてしまった。そうじゃないの? 」


 確かにそうかもしれない。俺も初めは奴らを消滅させようと必死になっていた。しかし、道半ばで命を落とす魔法少女達の姿を見ている内に、何時からか消滅させる事を諦めて、封印という安易な逃げ道に頼っていたのかもしれない。……いや、ダメだ気をしっかり持つんだ俺。こいつは適当な事を言って、自分の主張を通そうとしているだけだ。


「気持ちは分かるわ。私も登録者数二桁からなかなか増えなくて私なんかじゃ、やっぱりダメなんだって勝手に壁を作っていた。今までは自分自分の可能性を、信じてなかっただけなの。でもあなたに出会って私は変わった。今はなんでも出来る……私には無限の可能性があるって信じてるの」


 無限の可能性……その言葉は共に戦った魔法少女の言葉だった。その瞬間、その少女の虚無を見つめすぎて黒色に濁っていた瞳が、不覚にもかつての魔法少女のダイヤモンドの様に輝く瞳と重なって見えた。それと同時に道半ばで散ってしまった魔法少女たちの思いを思い出し泣きそうになる。


「僕……僕……」

「大丈夫、あなたの気持ちは分かってるから。さあ、勇気を出して言ってごらん? 」


 ダメだ俺、気をしっかり持つんだ。一時的な感傷に身を任せるんじゃない。


「君を……、君をきっと世界一のVチューバーにしてみせる」

「その言葉が聞きたかった」


 地獄行の超電動リニアモーターカーへの搭乗が決まった瞬間だった。

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令和!承認欲求系Vチューバ―兼魔法少女 マリス・ミゼラブル 長門 一 @sakotsuboy

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