第3話 史上最強の魔女の戴冠

「そういえば、君の名前を聞いてなかったね」

「私は、真理。羽渡(はわたり) 真理(まり)よ」


 なんだか、物騒な苗字だ。下の名前の方の真理をもじって美少女アバターの名前を付けたんだな。安直だが、そこはまあいいだろう。


「あんたの名前は? 」

「名前は無いよ」

「はあ? 」

「名前は無いんだよ。厳密には、昔は本当の名前があったんだけど、長く生きてる内に忘れちゃってね。だから、その世代で初めて出会った魔法少女に名前を付けてもらってるんだ」

「つまり、私ってことね」

「そうさ、君に名前を付けて貰いたい」


 本当は若干、マリに自分の名前を任せるのは不安があったが仕方ない。


「じゃあ、マネージャーで」

「マネージャー? 」

「そうよ、だって私をマネジメントして視聴者を増やしてくれるんでしょ? だからマネージャー」

「いや、それ名前じゃなくて、ただの役職じゃないか」

「じゃあ、略してマネ、よろしくねマネ! 」


 どうやら俺の名前は「マネ」になったようだ。今までは外見的特徴から名前を付けられることが多かったが、まさか役職で名前が付けられるとは。まあいい、名前なんてさほど重要じゃない、そう思って何となく腑に落ちない自分を前向きにさせる。


 そんな会話をしている時だった。俺のイカした髭とプリティな猫耳が大気の異変を感じとった。


「マリ、さっそくだけど、奴らが現れた」

「奴ら? 」

「ああ、魔法少女の宿敵、いや、人類にとっての宿敵だ。君の存在に呼応して目覚めたようだ」

「そうなんだ」

「君は魔法少女になったばかりだけど、力を試すにはいい機会だ。早速奴らを倒しにいこう」


 俺の提案に案、道端に落ちてい何者の物かもわからない汚物を踏んだ時のように、怪訝な顔をして露骨に嫌がっているのが分かった。だから、俺は言い方を変える事にする。


「さあ、視聴者を増やしに行こう! 羽渡 真理! 」


 そういうと、マリの肩がぴくっと動き、すっと立ち上がった。


「マネ……違うでしょ。」


「? 」


「私は、魔法少女系Vチューバー、天使 マリスよ」


 部屋の扉を開けて、ジャケットを羽織りつつ、真理は……いや天使 マリスはそう言い放って魔女への……いや、大物Vチューバーへの第一歩を踏み出した。






☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 魔の気配をたどり、家から出て三十分程の時間が経った。近づくほどに強くなるピリピリとした不快な魔の感覚に嫌悪感を抱きつつも、かつて共に戦った魔法少女たちの事を思い出す。


 今までの魔法少女達も癖が者もいたが、戦を重ねるごとに成長を重ね素晴らしい人物へと変貌していった。


 俺は横で歩いている少女の顔を見る。大人しそうな顔をしてはいるが、内面はマズローの社会的欲求を極端までに渇望している、承認欲求の申し子のようなこの少女もいずれは、かつての立派に成長した魔法少女の顔つきになるのだろうか? いや、そうではない、俺がそうさせるのだ。誰にも気づかれない内に、決意を胸にした時だった。


 キャーっと女性の悲鳴が聞こえてきた。その悲鳴の方に向かって走っていくとそこには一人の女性が壁に追い詰められて座り込んでいた。その前には巨大な人型の怪物が今にも女性を襲おうとしていた。その怪物は頭には大きな角があり、筋骨隆々の体に赤い肌、そして4Mは超えるだろう巨体、それは所謂「鬼」だった。


「そんなバカな……なんでこんな奴がこんなに早く」


 俺は戦慄した。魔法少女の出現に共鳴して魔物が現れる事、自体は珍しい事ではなかった。しかし、その鬼はあまりにも「強大」すぎるのだ。封印が解けかかっているとはいえ、こんなに早い段階でここまで強力な魔物が出てくるのはありえない。本来であればこのレベルの魔物は経験を積んだ、ベテランの魔法少女が複数人で徒党を組んで、甚大な被害と犠牲の果てにやっと討伐できる程だ。ゲームで例えるなら終盤のボスが序盤がに出てきたような不自然な状況だ。


 俺はマリの方を見る。マリは恐怖で動きが止まっていた。無理もないだろう、このクラスの魔物を見れば、殺気でよほどの胆力を持っていても動く事すらままならない。精神が弱い物ならその場で失神してしまう事もある。事実、先ほどの女性は恐怖のあまり意識を失ってしまっているようだ。


「マリ! 腹に力を込めるんだ。こいつは、危険すぎる。今はただ逃げるんだ」


  動けないでいるマリに活を入れる。マリは俺の活で少しばかり気力を取り返したのか、ゆっくりと手を動かした。恐怖で体が膠着してそれしか出来ないのだろう。それは無理のない事だった。そして唯一、動かす事が出来たであろう右手をポケットに突っ込んであるものを掴んで取り出した。


「げきやば」


 掴んだのはスマホで、震える手でマリは鬼の写真をパシャっと撮った。必死で恐怖に抗ってやることがそれなんかい。確かに今の子は自分がどんな状況であっても、とりあえず写真か動画を取るイメージだ。でもそれは危機感の喪失というより、一種の逃避行動で、冷静さを失っているのかもしれないな。それはそれなら一概に、攻めることは出来ない所はあるよね。いやいや、どう考えても今は冷静に令和っ子の行動を分析している考えている場合じゃない。どうにかしてマリを逃がさないと。


「マリ、ヘッドホンを着けるんだ」

「え? 」

「早く」


 そういわれ、スマホをポケットにしまい、カバンからヘッドホンを探す。魔具ヘッドホンを装着すれば魔力を手に入れる事は出来る。相手に敵わないまでも、恐怖で全く動けないという事は無いはずだ。鬼は俺達の存在に気づき、こちらにズシ、ズシとアスファルトを踏み砕きながら歩いてくる。なんとかヘッドホンを探し出し、マリがヘッドホンを付けた刹那――鬼の歩みが止まった。


 世界の時が止まった様に感じた。俺も動くことが出来なかった。鬼も全く動かず静止したままでいる。世界が静止してしまったような様な状況の中、ただ一人だけ動くことが出来た者がいた。


「マネ、つけたけど……私、なんか変わった? ねえマネ? 」

「あ……」


 言葉を出すことが出来なかった。


「あれ、なんか体動くようになったな。これが魔女になったって事なの? 」 


 そんなレベルの話ではない。奴ら魔物の魔力を負の魔力とするなら、魔法少女の力は正の魔力だ。そして正の生き物の、俺でさえ動けなくなる程の魔力有している人物を魔女なんて表現を出来る訳がない。今までこれ程の魔力を持つ人物は一人だけしか見たことがなかった。その人物の名は……


――魔王 「アネ゙デパミ゙」


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