第2話 令和の魔法少女

「ふーん、なるほどね」


 未知の生物(俺)を目の前にしているにも関わらず、その少女は妙な胆力持っていて、毅然とした態度で胡座をかき、頬杖をつきながら俺の話を大人しくして聞いている。簡単ではあるが、この世界に魔王が復活しかけていて世界のピンチであると、言った内容を話し終わった後に、興味がなさそうにそう答えた。


「私に世界を救うために魔法少女になれって事はわかったけど、さっき言ったVチューバーがなんちゃらってのはなんなの? 」

「そ、そんな事言ってたかな。聞き間違いじゃないかな? 」


  俺はあわよくば魔法少女という言葉のインパクトで、失言をスルーしてもらえないかと期待していた。しかし、この少女は頭の悪そうな見た目に反して目ざといのか、それともVチューバーという言葉に敏感なのかは分からないが、そこに反応を示してきた。だが俺も話をややこしくしないように、そこはシラをきり話を進める事にした。


「どうだい ?魔法少女になってくれるかい? 」 

「嫌だけど」


 即答だった。陸上選手のスタートダッシュ並みの反応の速さだ。今まで数多くの魔法少女と対面してきたが、ここまで悩むそぶりがないのは初めてだった。普通は何かしら思うことがあるはずだが、この反応が逆にこの少女が一筋縄でいかない事を俺に分からせてくれる。しかし、こちらも簡単に引き下がる訳にはいかない。ここは相手の良心につけ込けこむ方針で話を進めていく事に決めた。


「君はこの日本が豊かで平和に過ごす事が、出来ているのは誰のおかげか知っているかい? 」

「大国を相手にお国の為に戦った日本の先人達」

「……じゃ、じゃあ、君の家族が未知の生物に襲われたとしよう。その時誰が助けてくると思う? 」

「警察官」

「……警察じゃ、奴らには通用しないとしたら? 」

「自衛隊が出動するでしょ。結構な額の国防費かけてるんだから」


 大人しく魔法少女って言ってくれ。


「自衛隊なんかじゃ駄目なんだ。奴らには通用しない」

「は? あんた自衛隊バカにしてんの? 軍事力のランキングじゃ世界で五本の指にもランクするほどで、訓練の質は世界でもトップクラスで、特に日本の戦闘機のパイロットは随一だと言われているのよ」


 ……めんどくさいよこいつ。なんでこんな国防に対する意識と先人達への感謝の気持ちが高いんだ。いや、いい事なのかも知れないけれども、今はひたすらに面倒なんだが。


「と、とにかく君達が安心して暮らすことが出来ているのは、前任の魔法少女達のおかげなのさ。彼女達が命を賭して戦ったお陰で、今の君達が安心をして過ごすことができるんだ」

「そうだとしても、それをやりたくないって言っている人に無理やりやらせるのは違くないですか? というか自衛隊でも勝てないような相手に、少女を戦わせるって倫理的におかしくない? 大の大人が敵わないからって無理やり戦いたくないと、言っている少女に戦わせるような倫理観を持ち合わせた国は滅びた方が良いと思います。はい、論破、ざっこ」


 ○ろゆきかお前は、でも正論すぎてなんとも言い返せない。確かに年端も行かぬような少女を命を賭けた戦いに行かせるのは、どう考えても倫理的にはアウトそのものなのだから。


「ともかく私はそんな危険な事やりたくないから、悪いけど他を当たって頂戴」


 魔法少女にする為には、本人の同意が必ず必要になる。つまり、本人にやる気がないといくら素質があっても駄目なのだ。しかし、ここで諦めてしまってはいつ他の魔法少女の素質を持った者が現れるか分からない。その間に魔物が出現してしまった時に対処できる魔法少女がいないのはかなりまずい。俺はなんとしてもインターネットの闇を見すぎて死んだ魚の様な瞳になってしまったこの少女を立派な、魔法少女に仕立てあげる必要があった。俺は必死に脳を雑巾のように絞り上げて言葉を紡ぎだそうとする。


「魔法少女になれば可愛い格好ができるよ! 」

「そんなんで、命かける馬鹿いるかよ」


 相変わらず素早い反論だ。こいつVチューバーなんざやってないで、ディベート大会でも出場すればいいのに。満場一致で優勝間違いなしだろう。そう思った瞬間だった、俺はこの少女に対してデカい釣り針となりうる発言が脳裏に浮かび上がった。じゃあ、もう帰ってと言って話し合いの席から立とうとする少女に、わずかに耳に入るようにボソッとつぶやいた。


「魔法少女になれば登録者数も増えるのになあ……」


 ピタッと少女は後ろを向いたまま足を止めた。そしてゆっくりと振り返りさっきまで座っていた場所に時を遡ったように戻ってきた。


「その話、詳しく聞かせてもらおうか? 」


 やった。ついにこの承認欲求の化け物を交渉の席に座らせる事ができた。ここからが俺の交渉人ネゴシエーターとしての腕の見せ所になる。今まで幾人ほどの魔法少女を騙し……説得してきた俺だ。しかし、今回は今までで最高の壁となるだろう事は、それは今までの会話から容易に想像ができた。交渉人として言葉を一つも間違える事の出来ない、ピリピリとした緊張感を肌に感じていた。


「まず、君のVチューバーの設定は勿体無いと思うんだ。」

「ほう」

「美少女系なんてありきたりだし、視聴意欲を駆り立てるには少し物足りない」

「ほう」

「そこで、美少女系ではなく魔法少女系Vチューバーに設定を変更するんだ」

「ほう、続けろ」

「そして、ここからが肝になる。君は魔法少女系Vチューバーに設定変更を、して今まで通り配信を続ける。そして現実世界でも、魔物を退治しながらそれを配信するんだ。世界初、現役の魔法少女系Vチューバーの完成って訳だ」

「せ…、世界初? 」


 世界初と聞いて仏頂面だった表情が一瞬、ニヤついたような表情になってすぐに元の顔に戻った。恐ろしく早いニヤけ面、俺でなきゃ見逃しちゃうね。少女の心の動揺を顎にパンチをクリーンヒットさせられた格闘家の脳みその様に、更に揺さぶるために間髪おかずに言葉を続ける。


「もし、この方法で一ヶ月配信を続ければ僕の計算では……」


 魔法少女ナビ役専用の異次元ポケットから、そろばんを取り出して、カチカチとそろばんの玉弾きこれ見よがしに、音を鳴らしてそれっぽい計算をしてみる。


「登録者数はこれくらいは堅いね」


 肉球がついた後ろ足の指を突き出した、俺の指は人間と違う為、すぐに何本あるか把握できないのか一本、一本俺の指を数えている。


「一、二、三……四、チャンネル登録者数四千人⁉︎  夢にまで見た登録者数千人代の高みに私が到達できると言うの? 」


 やはり底辺Vチューバーにとっては登録者数千人というのは、かなり大きな壁に感じていたようだ。ここで更に駄目押しをする為に、仕掛けていた罠を作動させる。


「四…? おっと、こっちは後ろ足だったな。猫の後ろ足は四本だったの忘れてたぜ。正しくはこっちだ」


 今度は前足を突き出す。猫の前足は五本、後ろ足は四本であることを利用した。俺が生み出した猫の体、特有のトリックである。


「登録者数、五千人だって⁉︎  」


 あえて初めに低い数字を提示しておいて、元の数字を大きく見せる戦法だ。元の数字とのギャップで、五千という数字がさぞ魅力的な数値に見えている事だろう。こうなればもう、落ちるのは時間の問題だ。そしてここで最後のダメ押しをする。


「いや、桁が違うね」

「ま、まさか……」

「ああ、五万だ」

「ご、ご、ごご五万!? 」


 五万という底辺Vチューバ-からすると雲の上の天蓋の領域にも達する数字を提示されては一たまりもあるまい。少女は文字通り天蓋まで昇天しかけふらっと横倒しになり四つん這いになった。


――落ちたな。


 俺は勝ちを確信した。


「じゃあ、改めてもう一回聞くよ。どうだい? 魔法少女になってみないかい? 」


 四つん這いのまま、はあ、はあと息を荒げる少女に再び問いかけた。少女の精神的ダメージはかなり大きいようで、腹を手で抑えながらこちらを睨んでくる。そして悔しそうに口を開いた。


「私、なります。必ず大物、魔法少女系Vチューバーになります」

「その言葉が聞きたかった」


 交渉成功だ。かなり強敵だったが、今まで数多くの魔法少女を落としてきた俺のプライドの手前、負けられない戦いであった。


「じゃあ、さっそく魔具を作るから何か君の大切な物を見せてくれないか? 」

「魔具? 」

「そうさ。魔法少女になる為には、君が一番大切にしている物に魔法をかけるんだ。それを依り代に君は魔法少女に変身が出来るんだよ」


 その少女はうーんと、少し考えてパソコンの近くにあったある物を手に取った。


「じゃあ、これで」

「これは? 」

「配信用ヘッドセットよ」


 そう言って、差し出して来たのは先ほどまで配信でつけていたヘッドセットを突き出してくる。普通はこういう時はペンダントだったり、装飾品の類の事が多いのだが、まさかこんな物を魔具にするの初めてで気が引けた。別の物を用意してもらう様にお願いしよう。




「流石にこれは……」


「このヘッドセットはね。サンタさんにVチューバ-になりたいって、お願いしたらサンタさんが用意してくれた物なの。私、本当に嬉しくて、嬉しくて、毎日このヘッドセットと共に就寝を共にして毎日のように話かけたわ。そして、ある時に星空を見ながら彼(ヘッドセット)と誓ったの、私はあなたを身に着けて大物Vチューバーになるって。そしたら彼は言ったの、なら僕は大物Vチューバーに似合うヘッドセットになる……ってさ」


 大分、やべー事言い出だした。


「だから、これを魔具にして頂戴!」

「……そっすか。じゃあそれ魔具にするね。はい、魔具になった」


  俺はこれ以上、この話に深く突っ込むと、頭がおかしくなると確信した。本来であれば少女が力を手に入れる感動的シーンなのだが、とにかくもう出来る限りこの話を終わらせたかった。俺はヘッドホンに魔力を最短で込めてこの話を打ち切りにした。



 ともかく、これが令和の怪物との出会いのあらましである。

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