令和!承認欲求系Vチューバ―兼魔法少女 マリス・ミゼラブル
長門 一
第1話 輝く瞳
~平成初期~
高層ビルが立ち並ぶ都会の夜の中で、世界を暗黒に導こうとする巨悪、魔王「アネ゙デパミ゙」と魔法少女達との最後の戦いが繰り広げられていた。
まるで語り継がれる神話のような、その戦いは5時間にも及び、力尽き倒れていく魔法少女達の犠牲の果てについに「アネ゙デパミ゙」を追い詰める事に成功した。
「遂にこの時が来たね」
町で一番高い高層ビルの上で、空中をふわふわと飛ぶ犬のような姿をした、魔法少女たちのナビゲーションを務める守護獣が語り掛ける。
「……うん。私がこの戦いに決着をつけて見せるわ」
その魔法少女は強い決意をもってそう答えた。そして、何人もの魔法少女達の力によって拘束されている、「アネ゙デパミ゙」の方に向かって飛んだ。
「無に帰れ! 」
飛んだ勢いのままに魔王「アネ゙デパミ゙」の胸に向かって光の拳を突き立てた。漆黒の闇に包まれた「アネ゙デパミ゙」の肌に焼き付くような光の刻印がされて、そこから徐々に「アネ゙デパミ゙」の体が徐々に吸い込まれていく。
「ふ……この私を倒すとは、いいだろう。この時代はお前たちの勝ちだ。しかし、この世に闇がある限り、私は再び蘇るのだ。次の時代こそ必ずこの世界は漆黒の闇へと落ちるだろう。その時までせいぜい安寧の世を過ごすがよい」
高らかに笑いながら、魔王「アネ゙デパミ゙」は光へ吸い込まれていった。
「やっと終わったよ。皆……」
少女は戦いで犠牲になった仲間に思いを馳せながら目を閉じる。
「うん……、でもあいつは一時的に封印されただけにすぎない。百年後か、十年後になるか分からないけどまた蘇ってくるだろう」
少女の横で犬の姿をした守護獣が曇った表情で言う。
「大丈夫。その時はまた、別の私達がきっと「魔」に打ち勝ってくれるはずだよ! だって……私達には無限の可能性があるんだから! 」
「そうだね……。うん! きっとそうだ」
キラキラとダイヤのように輝く若く希望に満ちた純粋な瞳を見て、確信をしたように強く頷いた。
こうして人知れず魔法少女たちの尊い犠牲と、活躍によって、世界の平和が守られた。
――そして平和の時代は流れて……
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~令和時代~
薄暗くなった都会の町でビルとビルの間を僕はふわふわと浮かびながら漂っていた。立ち止まり空を見上げかつての彼女たちと、一緒に戦った記憶を思い出す。かつて魔王「アネ゙デパミ゙」と戦った場所の、町並みはあまり変わってはいないが。当時、一番背の高かったビルの近くに更に高いビルがいくつか建てられていて、あの戦いからずいぶんと時が流れたのだと感じる。
ビルのショールームの窓に視線を移す。ガラス張りの窓には猫の姿に翼が生えたような生き物が写っていた。これが今の僕の姿だ。僕は遥か昔から、魔王「アネ゙デパミ゙」を倒す為に、魔王に対抗できる力を持った魔法少女達を導びくという使命を受けて、今まで奴らと戦い続けてきた。前回、魔王が封印されてから僕は長い眠りに付いていたが、また、僕が目覚めたという事は……つまりそういう事だ。奴らと僕はある意味共鳴し合っていると言ってもいい。
僕の姿は、その時代に合わせて魔法少女達に警戒されないように変化していく。前回は犬をモチーフにした姿だったが、今回はどうやら猫をモチーフとしているようだ。少女達に猫派が増えたという事なのかも知れないな。
魔法少女の気配を頼りに前に進んでいく。いや、正確にはまだ魔法少女ではなく魔法少女の卵だが。次の魔法少女は一体どんな人なんだろう、魔力の気配が強くなるにつれて段々と不安になってくる。
「魔法少女になって僕と一緒に、世界を救ってくれないかい? 」
僕は独り言を呟いた。これは前の魔法少女と初めて出会った時に言った言葉である。未知の生物からいきなりこんな突拍子もない事を、言われた少女は当然ながら怯えていた。その時の瞳は今でも忘れられない。多感な思春期の時期の不安、様々な感情が混ざった瞳で今にも消え入りそうで儚げない。しかし、僕はその瞳の奥に希望と強く光輝く未来を見た。その期待通りに挫折と苦悩を繰り返しながら、戦いの中で成長を遂げて遂には、魔王を封印するという目的を成し遂げたのだ。
「彼女の瞳は宝石の様に輝いていた」
また、あんな瞳を持った少女に出会えるだろうか? 次の魔法少女と上手くやっていけるだろうか? 急に不安に襲われる。しかし、その不安を払ってくれたのも彼女だった。魔王を封印するという、困難を達成したというのに、彼女は自分を特別な存在だと思わずに次の時代の魔法少女でも同じ事が出来ると信じていたのだ。なのに僕が信じないでどうする。
自分の中で不安が期待に変わった時に、魔力の出所である家の前にたどり着いた。
「ここに、新たな魔法少女がいるんだね……」
もう迷いはなかった。僕は迷わず家の扉を開けて魔法少女の家へと入っていた。
☆☆☆☆☆☆☆
「これは一体どういう状況なんだ……?」
家の中に入り魔法の気配を辿っていくとある部屋にたどり着いた。その扉を開けるとそこには少女がいた。その少女の年は16歳くらいだろうか? 髪形は肩にかからない程度のショートカットで少し小柄な体格と、スタイルは良いが可もなく不可もなしと、いった容姿の少女だ。そこは何も特別な事ではなかった。だが、歴代の魔法少女たちとの出会いと比べるに圧倒的に変わっていた事があったそれは……
「皆さんこんばんはだテン! 」
少女は無理やり作った声とテンションで、僕、以外は誰もいない空間でパソコンという名の虚空に向かって話しかけていたのだ。背後から見ているとそのあまりの痛々しさに、物心がついた少年が抱いた初恋のような締め付けられる感覚が胸に去来した。まさかこれは噂に聞くあれなのか?
「美少女系Vチューバー、天使あまつか マリスが今日も頑張ってゲーム実況しちゃうんだテン! 」
やはりそうなのかー! と俺は頭を抱えた。これは所謂、配信という奴なのだろう。共に巨悪と戦う予定の相手の、こんな正視に耐えない恥辱にも等しい姿を見てしまうと、いたたまれない気持ちになる。いや、そもそもまだ共に戦うと決まった訳でもないのだ。果たしてこの少女と上手くやっていけるのか非常に不安だ。
「わー敵さんすごく強いんだテン。負けちゃう~」
ゲームを実況しながら、あざとさ、可愛さで視聴者の気を引こうという魂胆なんだろうが、絶対逆効果になっている。今の配信視聴者は洗練されてるから、もっと工夫をしなければそんな安易な、発言じゃ逆に視聴者は付かないはずだ。そう思いながら、現在の視聴者数を確認する為にパソコンの画面を覗き込む。
――視聴者数5人
ほーらねっと、パチンと俺は指を鳴らした。案の定、底辺中の底辺Vチューバーだった。Vという理想の容姿のアバターと、思春期の未発達の声帯から絞り出された、ニワトリを絞殺したような甲高いだけの、なんちゃって萌え声さえあれば、視聴者は増えるだろうという思慮の浅い典型的な考え。ただ、そんな底辺でも熱心なファンが一人や二人いるもんだ。そんなファンがいて無駄にコメントをしてくれるものだから、これから視聴者は増えるだろうという勘違いで配信をやってるに違いない。きっとそうだ。再度、気づかれないようにパソコンの画面を覗き込んだ。
「今日も可愛いでござる」
「マリス殿を傷つけると俺が許さないよ」
これだもんなー! と、俺はまたしても予想の的中に空中で転がり悶絶死した。他に誰もコメントしない中に、妙に熱心なファンがいて、そのファンだけが必死にコメントを埋め尽くしている。この手のファンは大手配信者では相手にされないから、構ってくれるこじんまりとした配信者に張り付く傾向がある。つまり、この程度のレベルの配信者なら自分でも相手にされるだろうと言う一種のレベルの低さを露呈していると同じなのだ。
「じゃあ、また次もよろしくだマリ! ぷんぷん! 」
語尾を揃えろよ語尾を、さっきと変わっちゃってるじゃないか。突っ込みどころの多さとあまりの配信の酷さに悶えすぎて失神をしかけていた時に、いつの間にか配信は終わっていた様だった。俺は不運な事に、その瞬間に気づかなかったのだ。
「……ったくよー。何がお小遣いあげるで、百円ぽっちなんだよ。もっとがっつりよこせや」
先ほどの頭が痛くなりそうな甲高い声と一転して、武闘派で名を馳せている極道さながらのドスの聞いた声で独り言をつぶやく。さらに悪態をつきながら椅子を回し鼻くそをほじろうとしたのか、鼻に指を突っ込んだ瞬間……不意にその少女と目があった。
時が止まったようだった。悶えすぎて死にかけていて心の準備をしていなかった俺は、この時の為に用意をしていた言葉は全て吹っ飛んでしまっていた。その少女も鼻に指を突っ込んだまま止まっている。そして真っ白になった頭のまま俺はなんとか言葉を絞り出した。
「ま……魔法少女になって僕と、世界一のVチューバーになろうよ」
やらかした。あまりに酷い配信を見たせいで、色々と混ざってしまった。これが魔法少女のナビ役を務める人生の中でダントツワーストの自己紹介になったと共に、このSNSに支配された令和の時代が生み出した承認欲求の怪物との邂逅の瞬間であり、苦悩の日々の始まりでもあった。
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